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瑞樹は金曜日の朝からそわそわしていた。今夜は和葉と食事に行く予定だ。イタリアン。おしゃれすぎず、カジュアルすぎず、無口な店長が黙々と美味い店を出してくれる穴場である。今日は絶対に残業しない。そう心に決めた瑞樹は朝からがんばって働いた…のだが。
…予約とかそういう雰囲気の店じゃないんだ、言い訳をさせてもらえば。
『ばかね、初デートで予約しないなんてバカじゃないの』という姉の声が聞こえてきそうだ。
イタリアンはなんと満席だった。
「申し訳ありません、ただいまの時間はご予約でいっぱいでして…」
と申し訳なさそうに言うスタッフ。どうやらどっかのSNSでバズったらしい。
な、なんとかしなくては。確かこの近くには何軒かいい感じの店があったはず!
必死でグルメサイトを見ていた瑞樹に、和葉はあっさりと告げた。帰りましょう、と。
ちょっと待ってくれ!あと少し!あと少しで見つけるから!
焦る瑞樹をよそに、和葉はすでに歩き出している。
「いえ、ピザです、佐々本さん。うちの近くの商店街に『ボンジョールノピザ』というデリバリーのお店があるのは知ってますか?あそこで買って家で食べましょう。店まで取りに行けば3割引です。」
…ピザ?
どうやら和葉はイタリアンと聞いてからずっとピザが食べたかったらしい。
いつか食べてみたかったんです、とはにかんだ和葉は瑞樹の心に刺さった。
ピザ屋でメニューを真剣に見る和葉を瑞樹はじっと見つめる。寒い外から暖かい室内に入ったから、ほっぺたが赤くなっている。かわいい。風で髪の毛がぴょこんと跳ねている。
これは髪の毛を撫でてそのまま抱きしめてもいいんじゃないだろうか。
思わず手が動きそうになったところで、メニューから目を離した和葉が瑞樹を見た。
「佐々本さん、何が食べたいですか?」
おっとー、いかん妄想が。
とっさに目についたピザを指す。それはよいチョイスですね、と真面目に頷いた和葉に、瑞樹はほっとした。
ピザを買って帰る途中、瑞樹と和葉はピザの生地は厚めか薄めかについて議論した。薄めもサクサクして美味しいが、もっちり厚いのも捨てがたい。
シカゴピザみたいな生地の存在感があるやつも美味しいですけど、ミラノ風ピザみたいなクリスピーなのもいいですよね。親戚のおばあちゃんが作るピザは手作りの生地なんでそれも美味しいんです、と食べ物の話をする和葉はキラキラしている。
うんうん、どっちもいいよね。君が好きなものは俺も好きだよ。
瑞樹は二人で歩く幸せを噛み締めながら家まで帰った。
家に近づくと、瑞樹はそわそわし出した。今日は外食の予定だったので家は掃除していない。だが親しくない女性の家に上がり込むのはいかがなものか…
うちに来ますか?と和葉に聞くと、では荷物を置いてきますと言ったので、瑞樹は急いで家を片付けた。窓を全開にして、寝巻きやその他もろもろを洗濯機にぶっこんで、手当たり次第に物をクローゼットに押し込んだ。
掃除機を!かける時間はあるか!?
瑞樹の携帯が鳴る。和葉はサラダを作ってきてくれるらしい。少し遅れます、ごめんなさい、とうさぎがぴょこんと謝っているスタンプが押されていた。
…天使か。
ちなみに掃除機は父が買ったものである。『家が綺麗ならママも来てくれるかなと思って』とはにかみながら言った父さんは健気という言葉がよく似合う。
 




