10
テーブルにピザを並べて食べる。和葉もにこにこしながら食べている。
美味いな。かわいいな。
食の好みも合いそうだ。瑞樹は少食の子より、パクパク食べる子の方が好きだ。
真里にお膳立てなんてされなくても俺は自力で和葉と仲良くなれるんだぞーっと。ついでにあいつのワイン飲んでやれ。
姉の結婚式の記念ワインは、フランスの老舗メーカーに特別にボトリングしてもらったものである。特注のボトルには、2人の名前と『ラブフォーエバー』と書かれている。
はっはっはっ愉快だな。
上機嫌でワインボトルを叩いたところで、左手の呪いが音を立てた気がした。
「ケケケケケケケ」
とっさに誤魔化したが、また音がした。
「ケケケケケケケ」
「……」
「……」
「和葉!こいつ呪われてるんだぜ!」
悪魔がいきなり現れて、肘のところでスパッと瑞樹のシャツの袖を破った。
あぶねーな!俺の腕まで落とす気か!
「おまっ!なにすんだよ!」
瑞樹はとっさに露になった自分の左腕を押さえた。ちなみにこれはまだマシなほうの絵だ。小さい頃に真里が描いた数々の地獄絵が飛び出てくるものよりだいぶマシである。
ちらりと和葉を見ると、左腕を凝視している。
しまった!少年病だと思われる!違うんだ!俺はそういうんじゃなくて!
「俺がやったんだぜ!絵描いたのはこいつのねーちゃんな!」
悪魔がドヤ顔で言い切った。慌てて捕まえようとした瑞樹の手を悪魔は簡単に避ける。
「あの…」
と和葉が遠慮がちに声をかける。
なんと和葉は悪魔と知り合いらしい。悪魔を胸の中に抱き込んで、けろっとした顔をしている。ウチが悪魔を飼っていることも平然と受け止めているようだ。しかも悪魔と飯を食っているなんて…
和葉の胸に収まった悪魔は勝ち誇った顔で瑞樹を見ている。
くそっ。そこは俺のポジションになる予定なのに。
…それにしてもこの落ち着きよう。もしかして和葉も魔女なんじゃ…
いや、真里が他の魔女にちょっかいを出すはずがない。獲物の男(もし俺が和葉に狙われてたらだけど)を横取りするのは決闘状を顔に叩きつけるのと同じことだと聞いたことがある。
「これが笑ってたんですねー。」
和葉がじっと顔を見つめていった。
「いや、はい、その…清水さん気持ち悪くないですか?」
まじで。キモくね?
「和葉、こいつの呪いを解けるのは和葉だけだぞ。」
悪魔が楽しそうに和葉に告げる。
瑞樹は慌てて悪魔を引ったくってごまかそうとしてた。
驚いた和葉だったが、
「あの、私は何をすれば。」
と聞いてくれた。天使だ。
「いえ!いいんです!ただのお隣さんに頼むことではないですから!」
言った瞬間、しまったと思ったのだ。明らかにあやしいだろう。
案の定、和葉は血相を変えて立ち上がった。
「あの、私そろそろ…」
「待ってください!誤解です!なに考えてるのかだいたい分かりますが違います!」
違うんです!エロ展開とかじゃないんです!そうだったらよかったなとちらっとは思いましたが誤解です!
瑞樹の心情は野生の鹿を落ち着かせようとするレンジャーだ。どうどうどう、触らないよー、怖いことはしないよー、落ち着いてねー。
自身も冷や汗をかきながら、瑞樹は必死に冷静になろうとした。
「体の接触は一切必要ありません。血も、その他もろもろも、必要ありません。」
と言った瑞樹に、じゃあ、と和葉が言ったのは、お布施?だった。
うーん、惜しい。恵んでもらうことに変わりはないんだけど、金じゃないんだな。
「いや!金もかかりません!ちょっとなら、10円、いや、20円あれば足ります!」
コンビニで四角いアレを買ってくれれば20円くらいで済むはずだ。だがもちろんそんなことは言えない。呪いの規制がかかっているのもそうだが、チョコレートをくださいなんて男のプライドが許さん。
「にじゅうえん…」
和葉が分からないといった顔でつぶやいた。
「まあ安くつくか高くなるかはケースバイケースだな。ニンゲンの欲望は限りないから。」
ぎょっとした瑞樹をよそに、やれやれと悪魔が肩をすくめた。
どうしたものかなと瑞樹がパニクっていると、
「あっ佐々本さん、よかったら時々うちのご飯食べませんか?」
と和葉が言った。
うん?
和葉は、一人暮らしだと作り過ぎてしまうので、ときどき飯をお裾分けしてくれると言う。
天使だ。和葉は天使決定だな。
ぜひ飯は一緒に食おう。
瑞樹は頭の中で仕事のスケジュールを確かめた。
目指せ定時。目指せデート。和葉の飯も魅力的だが、外食もたまには行きたい。人がいるところには悪魔は出てこないからな。
おやすみなさい、と言って出ていく和葉にさりげなくついて行こうとした悪魔を瑞樹は捕まえた。
和葉がドアを閉めてから、悪魔の頭をひっぱたく。
「いてっ何すんだよ!」
「何すんだじゃねーよ。さっき何で欲望がうんぬんとか言ったんだよ。和葉がびびってただろうが。」
「『和葉』ねえ。おーおーいきなり呼び捨てか。もう彼氏気取りかよ。呪われヘタレ野郎のくせに。」
「お前らが呪ったんだろうが!解け!今すぐ解け!」
「真里に言え。」
「俺が言って聞くならとっくにそうしてるわ!それより!欲望ってなんだ。」
「欲望じゃねえか、ニンゲンの。たかがチョコレートのためにいくらでも払うってやつはこの世にいっぱいいるんだよ。カカオなんてな、たいていは現地の人間が汗水垂らして栽培して買い叩かれてるんだよ。チョコレートなんて食ったことないっていうやつがほとんどだ。こっちじゃガキですら買えるっていうのにな。」
悪魔はけっと吐き捨てる。
「…お前ときどきまともなこと言うな、悪魔のくせに。」
「なんだと!俺様はいつでも深いこと言ってるだろうが!たかが数十年しか生きてない若造が!頭が高い!」
「わかった。お前の言う通りだ。チョコレートはこれから大切に食べるよ。」
「まっお前は食えないけどな。」
「……」
「……」
「だから!解けって!まあいいさ、真里もそのうち飽きて解くだろう。あいつは昔から瞬間湯沸かし器だからなー。」
はっはっはっと瑞樹は笑う。
「それ真里でも解けないぞ。」
「え?」
「お前、呪いをかけられた時に寝てたから知らないだろうけどな、あんとき真里の下僕なりそこない野郎がいきなり連絡よこしてきたんだよ。」
「下僕なりそこない野郎って元旦那のことだろ。」
「あいつがな、『俺のどこが悪かったかフィードバックをくれ!今後の人生に活かすから!』って言ってきてな。それを聞いた真里が激おこでな。」
「激おこ…」
義理兄、いや元義理兄は少しずれているのだ。こういう男が魔女の婿になるのか、と恐れ慄いたものだが。
「『お前の人生がどうなるかなんて知るか!朽ち果てろ!のたれ死ね!』って言ってな。それはそれはドス黒い魔力を振り撒いていてな。」
すげー美味かった、と悪魔はほうと息を吐く。
「『男なんて、男なんて』って言いながら呪いをつくっててな。」
…寝ててよかった。その光景がありありと思い浮かぶ。
「で、お前にかけたんだよ、ソレ。」
悪魔はちらっと瑞樹の腕を見る。
…起きているべきだった。止めろよ、家族。
「真里の魔力が乱れてたからな、解除の定義が定まらないままかけちまったんだよ。だから、解けない。」
きっぱりと言い切った悪魔に返せる言葉は瑞樹にはなかった。




