45 ブチャ大天使長
典獄長は兜を外し、整ったエルフの美貌を露わにした。
銀の長髪を振り、深紫の大きな瞳で五人を見据え、不気味な微笑を浮かべる。
「私は……もうすぐ自由よ」
次の瞬間、三叉の光槍を振るい、最も近い天使守衛へ突進――一撃で貫いた。
残る二体の天使守衛は即座に槍を構え、典獄長へ集中攻撃を仕掛ける。
まこは好機と見て魔法を放とうとしたが、むぐち やよいに制止された。
「待って……まずは、潰し合わせる」
天使守衛の戦闘力は典獄長に劣らず、素早く入れ替わりながら次々と傷を刻む。
「ブチャ。片翼では飛べない。抵抗を続けるなら、死刑を執行する」
銀槍を舞わせながら、天使守衛が告げた。
狭い空間では典獄長の動きは鈍く、次第に壁際へ追い詰められる。
「高位祈祷!」
ニフェトが――典獄長を回復した。
「ちょっと! 何してるの?!」
まつみが杖を押さえ、叫ぶ。
「羽翼が成熟し、頭を垂れるすれば悪魔の力を得る」
ニフェトは冷静に、村長の言葉をなぞった。
むぐち やよいは息を呑み、顎に手を当てて考え込む。
「どういう意味?!」
まつみが声を上げる。
「彼女、最初から戦意が高くなかった……それに、天使は私たちじゃなく彼女を囲んでいる」
ニフェトは状況を見据え、さらに詠唱する。
「高位祈祷!」
「人間め――――」
天使が激怒し、振り返って叫ぼうとした瞬間、典獄長の巨大な投槍が直撃した。空には羽毛だけが舞い落ち、もう一体は破れた天井から逃げ去った。
典獄長はゆっくりと振り返り、五人を見下ろす。深い双眸から放たれる威圧は増していたが、すぐには攻撃してこない。
「……で、どうする? 頭を垂れる、する?」
むぐち やよいが迷いながら問う。
「分からない……私の解釈が正しいかも……」
ニフェトは自信なさげに答えた。
「女王さま!!!!!!!」
まつみは全力で駆け寄り、典獄長の足元にひれ伏した。
「……………」
典獄長は応えず、視線だけを他の四人へ向けた。
「試してみよう」
他の者たちも、ゆっくりと膝をついた。
「お前たちは、なぜ樫の牢獄に来た?」
典獄長が問いかける。
「あなたの鍵を手に入れて、囚人を助けるためです」
ニフェトは正直に答えた。
典獄長は腰から巨大な黒鍵を取り出し、床へ投げ捨てる。五人は息を呑んだ。
「……それだけか?」
典獄長は淡々と続ける。
ニフェトは言葉に詰まった。圧倒的な力を持つ魔物と、こうして対話するのは初めてだった。
「なぜ、同族に襲われたんですか?」
むぐち やよいが間を切り裂くように問う。
「……………」
典獄長は頭上の破れた天井を一瞥し、再び彼らを見下ろして、静かに息を吐いた。
「私は元々、精霊評議会の天使長――ブチャ。ある日突然、評議会の命でこの牢を守れと言われた。“評議会の決定が最優先”だとね。拒めば翼を斬り落とすと言われ、一本だけ残されて武器代わりにされた。……あなたたちが鎖を壊してくれなければ、羽翼を繋ぎ直すこともできなかった」
ブチャの眼差しが、わずかに柔らぐ。
【システムメッセージ: 典獄長 は ブチャ大天使長 に改名されました】
【システムメッセージ: ブチャ大天使長 好感度+1】
「……じゃあ、私たちの戦いはここまで?」
むぐち やよいは怯まずに聞いた。
「運が良かったな。私は失った翼を探しに行く。でなければ、次に天使守衛に見つかったら終わりだ」
ブチャは感情を抑えた声で言う。
「手伝おうか?」
まこが思わず口にした。
「おい、まこ!!!」
パシュスが慌てて口を塞ぐ。
「だって、助けられるなら助けたいよ!」
まこは眉を寄せて言い返す。
【システムメッセージ: ブチャ大天使長 は まこ への好感度が+10されました】
ブチャの表情が揺れ、整った眉が震え、やがて大粒の涙が床に落ちた。
「私の翼は、精霊評議会に隠された……どこにあるかも分からない。あなたたち、私の翼の在処を知っているの?!」
「知ってる。ただし探すのに時間がかかる。一緒に行動する? そうすれば天使守衛も怖くない」
むぐち やよいは大胆にも嘘を重ねた。
「……それなら……お願いします」
ブチャは幸せそうに微笑み、両手を合わせた。
パァッ――
室内に白煙が噴き上がる。
ブチャの姿はその場から消え、床には一本の橙色の光柱と、二本の紫色の光柱が立ち上った。
【システムメッセージ: 取得 ギルド守護像──片翼のブチャ大天使長】
……
「えっ?!」
五人は我先にと報酬を確認しに走る。
橙色に輝くカードが一枚、その横に金色の袋が二つ、そして経験カードが五枚。
【ブチャ──精霊族の堕天使の一人。
翼を失った後、樫の牢獄に縛られ、自由を取り戻す日を待ち続けていた。
注意*ギルド守護像はギルドの礎石の近くに配置する必要があり、移動不可。
*ギルド守護像の配置はギルド会長のみ可能。】
カードには、使用方法と詳細が記されていた。
「ギルド守護像?!」
まつみが声を上げる。
「アンドリアが言ってた。会長がログアウトすると人形になるって。敵に壊されたら、会長撃破扱いになる。たぶん、それを守るNPCなんだ」
ニフェトは慎重に橙カードを持ち上げた。
「なんで銀龍の刻印にはギルド守護像がないんだ?」
パシュスは眉をひそめる。
「隠しクエストだからだろう。知られてない。
それに、私たちは偶然ふたつの隠し条件を踏んだ。村長から典獄長の情報を引き出したことと、まこが助けを申し出て信頼を得たことだ」
むぐち やよいは興奮を隠しきれず、笑って言った。
彼らは最初の金色の袋を開けた。中には小さな袋が六つ入っている。
「紫装備って、レアなの?」
まつみは興奮で落ち着かない。
「品質は下から、灰、白、青、緑、紫、金、橙。どのゲームも大体同じだ」
むぐち やよいが小袋の一つを開くと、それは黒い鎧へと変わった。
漆黒の表面から不吉な黒煙が漂う――典獄長が纏っていた防具、堕天使の深淵装甲だ。
「わあ~、名前からして強そう」
まつみは革装タイプの深淵鱗甲を手に入れる。
「名前はベタだけど、性能は相当だな。
物理防御+180、魔法防御+220、聖属性耐性+30。物理ダメージ10%軽減、それに《神隠し》――敵に感知されにくくなる」
むぐち やよいは装備情報を見て目を輝かせた。
パシュスは魂を抜かれたように、隣の黒き少女を凝視する。
まこは深淵の魔導衣に着替えた。目元には黒い薄布、唇はなぜか黒く染まり、上は胸元の開いた黒のベスト、下は黒の短いボトム。仕上げに、黒い薄紗のフード付きローブを羽織る。
薄紗の表面から立ちのぼる黒煙が、まこに不気味な気配をまとわせる。
「めっちゃクールだよ、まこ!!!」
パシュスは親指を立てて称賛した。
まこはゆっくりと召喚杖を持ち上げ、ニフェトを指す。
「まこ……?!」
ニフェトは思わず一歩下がる。
「でしょ?! これで相手を怖がらせられるよ!!」
まこは大笑いし、嬉しそうに跳ね回る。
「喋った瞬間に台無しだな」
むぐち やよいは笑った。
「魔法使いの衣装って、やっぱり一番きれい~」
まこはローブを回して眺める。
他の者たちも深淵装備に着替える。重装は兜、軽装はアイマスク、布クラスは目隠しが付随する。
むぐち やよいとまつみは兜のデザインが気に入らず、外見表示をオフにした。
五人はまるでPK解放状態のような殺気をまとい、底知れぬ雰囲気になる。
「まだ一着あるけどさ~、競売に出せる?」
パシュスが尋ねる。
「え、まだ?」
むぐち やよいが確認すると、確かに六つ目の袋が残っていた。
「とりあえず持っておこう。王都に戻ってから価値を聞けばいい。私たちだけの無価値じゃないお宝かもね」
ニフェトは笑って言う。
……




