228 制御不能!
一方、竜血島――――
ぽちゃん――白い果実が一つ、深湖の水面に浮かぶ。
「………………」
セランとブラミィはそれを見つめたまま固まる。
「これ……蜻蛉の卵も毒で死ぬんじゃね……」
セランがぼそっと言う。
「大蛙、そもそも果物に興味ないし……」
ブラミィは大きく落胆した。
彼らの蜻蛉育成計画は、完全に行き詰まっていた。
…
猟竜団――――
「………………」
数十人が顔を上げると、ついに山脈の上に巨大な龍の頭が姿を現した。
「ナスティア様、ここで野営できますか?」
カルロフが問う。
「…………うん。洞窟を探して……野外はもう危険すぎる」
ナスティアは唾を飲み込み、厳しい表情で答える。
猟竜団はついに、上位竜族の領域――山脈の縁へと到達した。
…
ブゥン――水蛍蜂の群れが大草原を高速でかすめる。
羽がちぎれそうなほど振り回し、必死に前へ突き進む。腹部には白い果実を一粒挟んでいる。
「旋回!」
セランが尾を振るように右へ滑り、後続の蜂群もその軌道をなぞって疾走した。
「だめだ……曲がりすぎだ! 飛ぶ距離が……どんどん伸びてる!」
ブラミィは息も絶え絶えで叫び、蜂の脚も痺れて白い果実をうまく挟めない。
「バカか! 直線で飛んだら追いつかれるだろ! 曲がれ!」
セランはプロのレーサーのようにS字軌道を描く。太い腹部を左右に振りながら、一気に加速した。
「ギィィ~~グォ!」
斑点野猪が追ってくる――狙いは白い果実だ。
猪は圧倒的な筋力を誇り、蹄で地面を蹴るたび数メートル跳ぶ。全身は鍛え上げた肉体のように隆起した筋肉で覆われ、着地の衝撃が波紋のように四肢から背へ伝わる。
あっという間に距離を詰めてきた。
蜂群はすでに限界で、安全距離を維持できない。ブラミィはさらに五個の白い果実を捨てた。
「もうない!」
AIの水蛍蜂が次々と力尽きて墜落し、ブラミィも限界に達して草の上で休む。
セランは一言も発さず、冷静に迎え撃つ。反射する羽をバックミラーのように使い、猪の動きを捉える。泥色の大きな牙を剥き、唾を撒き散らしながら最後の蜂へ噛みつこうとしていた。
「ハンドル……クラッチ……アクセル……行けぇ!!!」
セランは命がけのレースに完全に没入し、頭の中では頭文字OのBGMが鳴り響く。
「Stop~ your self control~~」
ヒュッ――蜂群は軽やかにテールを振り、再び猪を引き離す。タイヤ二本分ほどの差を作った!
「まさか……これは……」
ブラミィは口元を押さえ、震える声で呟く。
「勝負は……最後のヘアピンだ!」
セランは高らかに笑い、蜂群を深湖へ一直線に導く。
「グルルル!」
猪は怒り狂い、尻の筋肉を締め上げ、尾を一直線に伸ばす。速度がさらに五%上昇した。
「フン……たかが5%!」
セランは即座に差を詰められるのを見て、ドリフトで突入し再び急旋回する。
「ギャオオオオ!!(二倍速)」
猪が騎兵スキルを発動し、全身を赤く輝かせて弾丸のように突進した。
「なにぃ!?」
セランは驚愕する。AO86にはGTOの爆発力はない。
ガチャ――
加奈が制御室の扉を開け、騒ぎの元を覗く。
「気をつけろ!!」
ブラミィが飛び上がって叫ぶ。
「うおおお!!」
セランは全力で前へ!
蜂群は草原で三十度の鋭角ドリフトを決めた。
猪は赤い残像を残すほどの速度で突進し、口を開いて――パクッ!
紙一重で蜂群は噛みつきを回避し、生還する。
加奈は猪と蜂と二人のバカを見て、半秒固まり、静かに扉を閉めてその場を去った。
「ダメだ! 白い果実は捨てる!」
セランはもう余裕がなく、AI蜂の白い果実をすべて放棄した。
「バカ!! お前――」
ブラミィは全身を震わせ、怒り狂って叫ぶ。
「黙れ! 走りの神の前で逃げ方を語るな!」
セランは一言一言叩きつけるように言い返す。
「違うだろ! 方向間違ってるぞバカ! 逆だ、深湖はそっちじゃない!!」
ブラミィは肺が裂けそうな勢いで叫び、血を吐きそうになる。
「な……なに!?」
セランは愕然とする。さっきのドリフトに夢中で、深湖の位置を見失っていた。
頭上が暗くなる。
気づいたとき、すでに猪の口の中だった。
「やば――」
横からの衝撃に弾き飛ばされた!
ブラミィは数匹の水蛍蜂を操り、猪の口の中へ突っ込ませてセランの魂が憑依した蜂を救い出す!
パクッ――猪の口が閉じ、水蛍蜂の群れは同時に全滅。しかし猪は止まらず、そのままセランを追う。
セランは樹林帯へ飛び込み、密林の中で若木を避けながら左右に躱す。
深湖はすぐ前だ!
猪は力任せに若木をなぎ倒し、道を切り開く!
「行けぇ!! あと少しだ!!」
ブラミィが叫ぶ。
ここではドリフトする余地がない。セランは目を閉じ、必死に羽ばたきながら祈る。
「うおおお!!」
水面のきらめきが目前に迫る――その瞬間、視界が闇に覆われた。
次の瞬間、巨大な牙に噛み砕かれた。
………………
ドボン――
猪が跳び上がり、水蛍蜂と白い果実をまとめて飲み込み、そのまま湖へ落ちる。
突然、四肢を痙攣させ、水面で暴れ回る。やがて一分ほどで動きを止め、静かに浮かんだ。
「成功した!?」
セランの意識が制御室へ戻り、ブラミィの視界越しに浮かぶ猪の死体を見る。
「ま……まだわからない……」
ブラミィは鋭い視線で水中の動きを見張る。
……水が突然濁り、大量の泥が巻き上がる。
数百匹の大蛙が水面に押し寄せ、競うように猪の死体を食い荒らす。
水しぶきが飛び散り、凄惨な光景に二人は息を呑む。
ゲロゲロゲロゲロ――
やがて、黒く濁った水面に、腹を上にした大蛙の死体が数百匹もぷかぷかと浮かび上がった。
「……成功だ!」
二人は興奮して叫ぶ。
「うるさいわよザコ!!」
加奈がドアを蹴り開け、怒鳴り込んできた。
「か……加奈様! すみません、でも成功しました!」
セランは慌てて飛び寄る。
「アンタ……チッ。静かにしてよ、うるさいのよ」
加奈は眉をひそめ、そのまま気まずそうに去っていく。
「ん?」
セランは不思議そうに見送る。
加奈は苛立ちながら考え込む。
「『いい態度』って……なんなのよ、もう……」
…
竜首山脈は、ごつごつとした黒石が積み重なってできており、鋭い峰には白雪がうっすら積もっていた。
近衛兵の鉄靴は尖った石を踏むたびにじわりと痛み、魔導士系の職はシステムにより移動速度が1%低下している。だが、皮鎧をまとった弓職だけは身軽に駆け回り、足取りも軽かった。
うねうねと曲がる山道が、プレイヤーたちを頂上の竜首へと導いていく。
生き残った数十名の猟竜団の面々は、二つの壮大な山脈に挟まれたガレ場の斜面を、苦しみながら進んでいた。
冷えた高山を登る彼らの周囲には、薄い白い霞がたなびいている。
振り返って南の山麓を見下ろすと、竜血島の奇妙な景色が一望できた。墨緑の樹林帯、黄緑の草原、淡い青の浅湖、そして赤い砂浜。どの区域も鮮やかな色でくっきり分かれ、色付きの水盤のように幻想的だ。あれほど巨大だった旗艦も、今では遠い海岸線に落ちた小さな塵のように見える。ナスティアは小さくため息をつき、一刻も早く帰路につきたいと強く願った。
山々の奥から、かすかに竜の咆哮が響いてくる。皆は唾を飲み込み、そのまま前へ進み続けた。
「カルロフ、今日はこのへんでいい」
ナスティアがカルロフに声をかける。
「了解だ。洞窟を探して一晩明かそう」
ナスティアは微笑んでうなずき、胸のつかえを少しだけ下ろした。だがサーバー時間を確認した瞬間、ほどけかけた心臓は再びきつく締めつけられる。
「あと数時間で攻城戦が始まる……時間がない……」
「ナスティア様、カルロフ隊長がお呼びです。洞窟を確認してほしいと」
哨兵がそう告げる。
ナスティアは手も使いながら右手の細い山道を登っていく。ようやく尖った硬いガレ場を離れ、柔らかな雪を踏んだ彼女は、思わず小さく吐息を漏らした。足裏を冷たい積雪に押しつけ、痛みをやわらげる。
「洞窟? どうして私が確認するの?」
ナスティアは道の先を見やるが、洞窟の入り口は見えない。
「この先を右に曲がれば見えます。理由はわかりません。カルロフ隊長が、ほかの者は中に入れるなと」
哨兵に案内されて進むと、角を曲がった先の雪道に、五人の猟竜団員が座って休んでいた。彼らはナスティアの姿を見るなり慌てて立ち上がり、軽く会釈して道端へ下がる。
その背後の山肌には、直径五メートルほどの真っ黒な円形の洞口がぽっかりと開いていた。カルロフが入り口で手を振っている。
「どうしたの?」
ナスティアは眉をひそめ、そのままカルロフに続いて洞窟へ入る。
「俺たち……たぶんエレナの猟竜団を見つけた」
「…………全滅?」
ナスティアはもう慣れきった冷えた声で聞く。
カルロフは黙ってうなずいた。
洞窟の奥には、いくつもの光塵が浮かんでいる。
どうやらセラン家は、豆腐屋をやっているみたいだ……( ̄∀ ̄)ニヒヒ
あの操縦、どう考えても本職じゃない……




