219 血海の氷舞姫
ドンッ、サラサラサラサラ。
ドンッ、サラサラ。
上空には淡い青空に白い雲が二つ浮かび、下には深い海が鮮やかな紺青に広がっている。遠くの波しぶきがきらきらと光を反射し、海面はまるで輝くサファイアのように美しい。戦艦は風を受けて進み、透き通る青の海を白い航跡で切り裂いていく。
艦隊はやがて水流の穏やかな竜尾湾を離れ、波は次第に荒れ始めた。
ナスティアは船室の中で沈んだ表情をしていた。これは賭けだと分かっている。たとえ運よく竜玉を手に入れても、城戦が始まる前に秘薬へと精製し、ヴラジに飲ませなければならない。時間はあまりにも少ない。
「ナスティア様、反乱軍の奇襲に備えて増員しますか?」
水夫が尋ねた。
「必要ない。ミノーヴァと反乱軍の主力はハゲグで城戦の準備をしている。私がこのタイミングで海に出るなんて、想像もしていないはず」
ナスティアは答えた。
「ナスティア様……今回の上陸は、本当に危険ですね……」
水夫は不安げに言った。
「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」
「龍血島は龍族の拠点だと聞いています。もし連携して攻撃されたら……」
「心配しすぎよ、同志」
ナスティアは苦笑した。
「戦術を教えてください。上陸してからじゃ、もう練習する時間がありません」
水夫は焦って言った。
「無事に上陸できたら、そのとき考えましょう」
ナスティアはかすかに笑った。
涼しい風が頬を撫で、誰も言葉を発せなかった。
…
出航から二時間、竜尾湾の輪郭はすでに水平線の彼方へ消えていた。
パタン――一匹の水蛍蜂が甲板に落ち、六本の脚を痙攣させる。
「かみこ!!!」六口はすぐにそばへ飛び寄り、慌てて声をかけた。
「う……うぅ……すごく……気持ち悪い……吐きそう……」
「そうだ、初めて船に乗ったんだ」
ニフェトはようやく気づいた。
「どうする?バッグが使えない、応急処置もできない……」
六口は眉をひそめた。
「大丈夫……少し……横に……な/な/な/な/な/な」
かみこが言いかけた瞬間、全員の通信にラグった。この現象は大量のデータ転送時にしか起きない――
ドンッ!!
船体が激しく揺れた刹那、かみこと六口を含む四隊の水蛍蜂は同時に意識を失った。
最後尾の戦艦の左舷に巨大な穴が開き、冷たい海水が一気に流れ込む。
カンカンカンカン!水夫たちはすぐに警報鐘を打ち鳴らした。
「うわああ!!逃げろ!!」
船内では悲鳴があちこちから上がる。
静寂だった艦隊は一瞬で騒音の渦に包まれ、断末魔と木材が砕ける音が混ざり合い、地獄のような音楽を奏で始めた。
「何が起きた?!」
先頭の旗艦にいたナスティアが甲板へ駆け上がり、後方を確認する。
「三号艦が襲撃されました……海蛇です!」
水夫は震える声で報告した。
甲板に、一瞬の静寂が落ちる……。
「狙撃手、配置につけ!両舷の砲、装填!見張りは何をしていた?!」
ザバッ――。
太い巨木のような海蛇が海面を突き破って現れた。全身は深い青の艶やかな鱗に覆われ、腹は淡い黄白色。巨大な頭部が三号艦に突っ込み、内部を破壊し尽くす。船体はほぼ空洞化し、三十名近いプレイヤーが跡形もなく消えた。
右舷の海面から、二十メートル近い尾が突如そびえ立つ。それはまるで突然現れた高層建築のようだった……そしてゆっくりと倒れ込む。
ドゴォン!!
尾が戦艦に叩きつけられ、船体に深くめり込んだ。
海蛇は頭を引き抜き、正面をさらす。尖った三角形の頭部から紫色の舌が伸び、歯の隙間から海水が滝のように流れ落ちる。砲弾のような黒い瞳が、三号艦の甲板に立ち尽くすプレイヤーたちを見下ろしていた。
やがて大きく口を開き、両頬が扇状に広がり、血管の浮き出た膜が震える。まるで古代の獣のように威嚇の咆哮を放った。
「シャァァァァァァ――!!」
「うわああああ!!」
三号艦のプレイヤーたちは戦意を完全に失い、次々と海へ飛び込んで逃げ出した。
「撃て!!」
二号艦と一号艦がようやく転舵を終え、三号艦へ向けて一斉砲撃を開始する。
一部の砲弾は海蛇の滑る鱗に弾かれ、火花を散らした。だが残りは確実に命中し、蛇体に傷を刻む。血が飛び散り、三号艦の甲板は濃い赤に染まり、強烈な臭気が立ち込めた。
「グルルルルル……!」
海蛇は振り返り、襟膜を広げて二号艦の水夫たちを威嚇する。彼らは小動物のように震え、冷や汗を拭った。
「狙撃手、目を狙え!撃て!!」
ナスティアの号令とともに、銃弾が一斉に海蛇の眼へと集中する。海蛇は苦痛に顔を背け、そのまま水中へ潜り込むと同時に尾で三号艦を締め上げ、強引に海へ引きずり込もうとした。
「すぐに救命筏を降ろせ!水面の負傷者を救助しろ!その後、全速離脱だ!!」
二号艦の艦長が命令を下した。
三号艦は太い蛇体に絡め取られ、どう足掻いても逃れられない。沈むのは時間の問題だった。
「助けてくれ!たす――!」
海面では多くの者が手を振り、必死に叫んでいる。
その瞬間、外側にいた水夫たちが見えない力に引きずり込まれ、声を上げる暇もなく水中へ消えた。その場所には泡だけが残る。
やがて白い泡の中から、濃い血と大量の光粒が浮かび上がる。しかしプレイヤーの姿はどこにもなかった。
「尖鰭ザメだ!水から上がれ、早く!!」
救命筏の上のプレイヤーが叫び、周囲の海面に無数に浮かぶサメの背びれを指差した。
「うわああ!!」
水夫たちは我先にと二号艦の救命筏へ泳ぎ出す。
四十人が三十五人に、三十五人が三十人に減り、海面は一瞬で静まり返った。
「ナスティア様、すぐに撤退を!」
副長が叫ぶ。
「黙れ!この戦力でどうやって龍を狩るつもりだ?さっさと負傷者を回収しろ、無駄口を叩くな!」
ナスティアは怒鳴りつけた。
その時、三号艦はすでに海蛇に引きずられ、海中へと完全に沈んでいた。
「三十分だ!海蛇は一度攻撃した後、三十分は浮上しない!今のうちに救助しろ!」
副長が二号艦へ向けて叫ぶ。
「でも……来るぞ!!」
救命筏のプレイヤーが北側の海面を指して叫んだ。
それは波ではなかった。鉤槍を手にしたナーガたちの群れだった。
ナーガの下半身は長い蛇尾で泳ぎに適し、上半身には二本のたくましい腕が生え、細長い槍を握りしめている。
狙撃手たちがすぐに発砲し、ナーガを撃ち抜く。
青い海は瞬く間に金色の弾幕に覆われ、無数の水柱が立ち上がった。それでもナーガたちは次々と押し寄せ、数の力で迫ってくる。
「待て、何をする!?ナスティア様!!」
髭の副長が必死に飛び出し、船縁にしがみついて腕を伸ばす。しかしその手は空を掴んだ。
ナスティアはそのまま、広い海へと舞い降りた。
白いローブを翻し、まるで天から舞い降りるかのようにゆっくりと落ちていく。
チリン――澄んだ鈴の音。
チリン、チリン、チリン、チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン。
一歩ごとに花が咲くように、ナスティアは海面を駆け始めた。
足を踏み出すたび、水面に氷の波紋が広がり、氷の花の道が伸びていく。救命筏とナーガの間で急停止し、冷たい霧を弾けさせた。薔薇水晶の杖を高く掲げて一回転し、チンと音を立てて海面に突き刺すと、足元に氷塊が形成され、身体を持ち上げる。
海上のプレイヤーたちはその光景に呆然とし、逃げることすら忘れていた。
「さっさと船に上がれ、この馬鹿ども!ギルマスが時間を稼いでくれてるんだぞ!!」
二号艦の艦長が怒鳴りつける。
ナーガたちは即座に標的をナスティアへ切り替えた。
「ふぅ……」
ナスティアは薔薇水晶の杖を後ろへ引き、力を溜める。鷹のような鋭い目で距離を見極めた。
ナーガたちは左右に散開し、巨大な網のように包囲する。光を反射する鱗がはっきりと見える距離まで迫っていた。
「……ふん」
ナスティアの目が鋭く光り、右腕に力を込めて薔薇水晶の杖を突き出す――
海面から突如、氷の巨龍の頭部が出現し、ナーガたちへと襲いかかった。通過した水面は一瞬で凍りつき、白い氷の道が伸びていく。
ナーガたちはそれを見て左右へ散開した。
「おおおおお!!」
ナスティアが鋭い叫びを上げる。右腕に力を込め、薔薇水晶の杖を振り下ろすように突き刺すと、氷の龍頭が大きく口を開き、海面へ噛みついた。
ドンッ!!
海面が爆ぜ、白い氷霧が大きく広がる。広範囲の海面とナーガたちが一瞬で凍りついた。
ダダダダダッ――二号艦の狙撃手たちが援護射撃を行い、動けなくなった敵を次々と撃ち抜いていく。
「ナスティア様、早く船へ!負傷者は全員回収済みです!」
救命筏の隊長が叫ぶ。
しかし、一部のナーガは水中に潜り、氷結を逃れていた。次の瞬間、水面から飛び出し、高速で迫ってくる。
「私から離れて!!」
ナスティアは叫び、再び薔薇水晶の杖を振る。頭上にパチパチと弾ける雷雲が生まれた。
「急げ!!全力で漕げ!!」
隊長が船員に怒鳴る。
怪物たちが一斉に跳び上がり、槍を突き出して襲いかかる。
「超圧落雷!!」
薔薇水晶の杖を掲げた瞬間、雷雲と杖の先端を結ぶ白い線が走った。
ブゥン……バチバチバチバチバチ!!
ドォン!!
極太の純白の雷が一直線に落ちる。海面には銀色の電流が走り、無数の電弧が這い回った。強烈な閃光が視界を奪う。
「…………」
再び視界が戻ったとき、怪物はすべて消えていた。ナスティアは海の中で浮き沈みし、周囲の海水は赤く染まっている。
血に濡れた左手をかろうじて持ち上げて振ると、救命筏がすぐに彼女を回収し、二号艦へ運び込んだ。
「げほっ……げほげほっ」
「ふざけるな!!左舷の見張りを任せたのに寝ていただと!?」
二号艦の艦長が水夫に怒鳴り散らす。
「な……何が……?」
ナスティアは魔力を大量に消耗し、意識がぼやけていた。
「配置通りなら、三号艦が右舷、二号艦が左舷、旗艦が前方を監視するはずだった!三号艦の左舷が襲われたのに、こいつは警報も出さずに眠っていたんだ!」
艦長は顔を真っ赤にして怒る。
「今は……責任を追及している場合じゃない。持ち場に戻りなさい」
ナスティアはめまいに耐えながら言った。
「ありがとうございます!」
見張りは慌ててマストへ登っていった。
「ナスティア様、それでどうやって統率を取るおつもりですか!?」
艦長は不満を隠さず言う。
「時間がない。全員聞け、二号艦は放棄する。物資を旗艦へ移せ。海蛇が二号艦を喰らっている隙に、この海域から離脱する」
全身ずぶ濡れのナスティアは海水を吐きながら命じた。
乗員たちは即座に動き出す。
「え!?なんで皆、旗艦に……!?」
職務を怠った見張りが気づいたとき、二号艦にはすでに彼一人しか残っていなかった。
その手足に突如、刺すような冷気が走る。全身が一瞬で凍りつき、マストに縛り付けられたように動けなくなる。
「しっかり……任務を果たしなさい」
ナスティアは冷たい視線を向け、静かに薔薇水晶の杖を下ろした。
「出航!!全・速・離・脱!!」
副長が怒号を上げる。旗艦は戦場を離れ、見張りの叫びはやがて遠くへ消えていった。
「副長、被害報告を……」
ナスティアは首を振って金髪の水気を払う。水滴をまとった顔はきらめき、どこか精霊のような気高さを帯びていた。木樽に腰掛けて身なりを整えるその姿は、周囲の屈強な男たちを圧倒する威厳に満ちている。
「失ったのは五十一名、物資は二割。主に淡水です。生存者はおよそ百五十名」
副長が報告した。
「……そう。海賊にも注意して……少し休む……」
ナスティアはゆっくりと船長室へ戻っていった。
...
ナスティア様、強くて美しい……。好きになっちゃった。 (ㅅ´ ˘ `)♡
今日も一話追加します!




