208 翼ある悪魔
ジジジジジ~
強烈な酸臭が狭い坑道を這い回り、地面には分厚い虫の死骸の絨毯が敷き詰められていた。
育児室はすでに酸蟻に制圧され、今では毒の詰まった風船みたいに危険な場所になっている。ニフェトはすべての兵蟻を育児室の出口に回し、中の酸蟻を絶対に外へ出させまいとしていた。
兵蟻の方が強くはあったが、蟻酸にじわじわ削られ、防衛線にもついに綻びが生まれる。
一匹、二匹、五匹―――!!!
酸蟻が裂け目から育児室を這い出し始めた。
「この先は女王蟻の居室だ!絶対に突破させるな!迎え撃て!!」六口は坑道が突破される寸前、プレイヤーの操作する働き蟻を率いて最前線へ飛び込み、果敢に応戦した。
黒と白の働き蟻が再び真正面から激突し、戦いは異様なほど凄惨になる。
さっきまで隣にいた黒い仲間が、次の瞬間には引き裂かれ、首を撥ね飛ばされた。
「うああ~!!」一匹の働き蟻が蟻酸を浴びる。体はゆっくりと柔らかく崩れ、ねじれ、最後には水たまりへと変わった。その無残な死に様は、魔王制御室のモニターを通じて多くのプレイヤーへ生々しく伝わり、彼らを震え上がらせる。恐怖に耐えきれず、働き蟻の操作を放棄して戦闘から離脱する者まで現れた。
魔法もなければ戦術もない。プレイヤーたちは胸の奥に潜む獣じみた残酷さをむき出しにし、この原始の戦争へ身を投じていた。
六口とプレイヤーたちも次々に戦死し、育児室の入口にはさらに多くの酸蟻が雪崩れ込む。酸蟻は巨顎兵蟻の全身にまでびっしりと張りついていた。
ドォン――ついに巨顎兵蟻たちも攻撃に耐えきれず、倒れ伏した。
「育児室入口の防衛線が突破されました!巨顎兵蟻が後退しています!」
「大量の酸蟻が主坑道から女王蟻へ向かっています!」プレイヤーたちが次々と報告する。
防衛線は破られた!
「アンドリア、なんでまだ前線に出てこないの?!」六口は怒鳴った。
「はぁ?!何の話?やだってば!!!」アンドリアはいつものわがままを爆発させる。
「KS02は280ポイントで購入した有料ユニット!魂附したプレイヤーの性能で数値が強化されるから、翼騎兵のあなたが一番適任なの!みんな女王蟻のところまで下がって、私は坑道にKS02を投入する!」ニフェトが叫ぶ。
「ちょ、待ってよ!何それ、私そんなの……」アンドリアは話が見えない。
「KS02、実戦投入!」ニフェトが大声で命じると、坑道の中に巨大な袋が出現した!
【システムメッセージ: ユニット KS02 に意識を接続します。(Y/N)】
アンドリアの目の前にメッセージが浮かび上がる。
「はぁ?!なんでこんなのが……」
「あなたをKS02に割り当てたの、お願い!アンドリア!」ニフェトはピアノでも弾くみたいに蟻群を操作して後退戦を続けながら、同時に働き蟻へ命じて育児室の背後へ回る迂回坑道を掘らせていた。
「うっ……でも……」
「早くしてアンドリア!」六口が怒鳴る。
「分かった分かった!そんな怒鳴らないでよ!」
アンドリアはついにYを押した。
ドォン!!!
KS02が一瞬で坑道いっぱいに広がった。
その体は巨顎兵蟻より何倍も巨大で、坑道そのものを押し広げてしまう。
土壁に張りついていた酸蟻は一瞬で圧殺された。しかもKS02の滑らかな表面には耐酸性があり、蟻酸は甲殻を伝ってそのまま滑り落ちていく。アンドリアは自分の赤茶色の体を見下ろした。六本の脚は力強く、酸蟻など小さなザコが周囲をうろついているにすぎない。奴らの噛みつきなど、まるで効いていなかった。
「こ、これは……」全身を震わせながら、自分の体を信じられない目で見つめた。
真子はすぐに働き蟻の意識から離脱し、制御室の隅にしゃがみ込んで頭を抱え、耳を塞いで震え続ける。
「……だから誰も操作したがらないんだ……」六口も困った表情で、思わずじりじりと後ずさった。
「迷ってる時間はない!前に出て酸蟻を蹴散らして!アンドリア!」ニフェトは唾を飲み込みながら叫び、士気を奮い立たせる!
「ふざけんなニフェト!これ『G』じゃないの!?」アンドリアは少女みたいな悲鳴を上げた。
「これはレベル5の生体兵器よ。相手はレベル2の酸蟻にすぎない。任務は前方の宝物庫にある魔力の結晶を確保すること。完了後は状況に応じて行動して!」ニフェトは畳みかけるように指示を出し、アンドリアは口を挟む隙もなかった。
「ちょっと!!!ちゃんと話を聞いてよ!私は―――」
「全員聞け!アンドリアに続いて宝物庫へ反撃!勝利以外は許されない!残りは120体しかいない!」ニフェトは再びアンドリアの言葉を遮る。
「アンドリア様に続けぇ!!」Kanatheonと銀龍の刻印のメンバーが雄叫びを上げ――数十対の触角が揺れた。
「裏切り者どもが!!」アンドリアが勢いよく振り返る―――
「うわあ~!!」プレイヤー操作の働き蟻が一斉に後退し、何人かの女子は恐怖で意識を切って顔を覆い、泣き出した。
振り返った瞬間、アンドリアの蜚蠊の触角が目の前にぬっと伸び、ぴくぴくと震えたからだ。連合は一瞬でパニックに陥り、士気は崩壊した。
「ちょ、アンドリア!こっち見ないで!マジで気持ち悪い!!」六口は反射的に蟻の脚で目を覆いながら叫ぶ。
皆がアンドリアに向ける視線は、嫌悪と拒絶に満ちていた。
かつては“輝く騎士王”と呼ばれ、飛竜に乗って城の上を通れば誰もが見上げた存在……そのアンドリアが、今や誰もが恐れる不快なゴキブリへと変わっていた。
悔しさに、目の奥で涙がにじむ。
「何あれ?!」ニフェトは育児室の土壁から突然いくつも白い肉塊が突き出してくるのを見て叫んだ。
肉塊の表面は贅肉が重なり合い、三段腹しわだらけ――酸蟻兵だ!
「酸蟻兵?!なんで兵蟻まで宝物庫に連れてきてるの?!」六口は球状の巨大蟻を見て驚愕する。宝物庫からは次々と肉塊があふれ出し、酸蟻側の兵力はプレイヤーより遥かに多いようだった。
「早く行ってアンドリア!」
「アンドリア様!!!」
「アンドリア!ここで踏ん張って、お願い!!!」プレイヤーたちが一斉に懇願する。
ゴゴゴ――蟻穴全体が激しく揺れた!
「うあああああ!!!!!」制御室に悲壮な叫びが響く――アンドリアは悔し涙を流しながら、覚悟を決めてたった一人で酸蟻へ突っ込んだ!
ゴキブリが全速で突撃し、平たい体で坑道の両側を強引に押し広げる。その速度は蟻族の四倍近い、勢いは止められない!
「全部ぶっ殺してやる!!! 」アンドリアは怒りと鬱憤をすべて、不運な酸蟻へ叩きつけた。
坑道のあちこちが崩れ落ち、瞬く間にその背中は見えなくなる。アンドリアの激しい咆哮だけが制御室に響き渡り、プレイヤーたちは呆然と立ち尽くした。
「追え!」六口はプレイヤーを率い、死に物狂いでゴキブリがこじ開けた坑道へ突入した。
天井が崩れ、大きな土くれが落ちてきたせいで、働き蟻たちは迂回せざるを得なかった。育児室に近づくほど、背筋が凍るような引き裂く音がはっきりと聞こえてくる。
空気は湿り気を帯び、顔にじわりとした熱と痒みが走る。
「気をつけろ!!!」
銀龍の刻印のメンバーの一人が喉を潰さんばかりに叫ぶ。
一斉に上を見上げる。緑色の蟻酸の流れが育児室から逆流してきていた――アンドリアが倒した酸蟻の残骸が原因だ!
「壁を登れ!!!」ニフェトが画面越しに叫ぶ。
黒い蟻たちは慌てて両側の土壁へよじ登る。しかし中央に取り残された働き蟻は逃げきれず、緑の流れに呑み込まれ、まるでアイスの飴のように黒い液体となり流されていった。
酸の流れは曲がりくねった細い坑道をゆっくりと進んでいく。
六口は触角を鋭く動かし、異変に気づいた。
「違う!全軍反転!急いで坑道に防壁を築け!でないと蟻酸が女王蟻を殺す!!」
全員がはっと我に返り、全速で引き返す。
ニフェトは最後のAI働き蟻に命じ、防壁の建設を開始させた。
【システムメッセージ: 簡易土壁 建設中—1%】
【システムメッセージ: 簡易土壁 建設中—7%】
女王蟻の居室は一瞬で騒然となる。数十匹の蟻が力を合わせ、土を運んで壁を築き、坑道の両側を少しずつ塞いでいった。
プレイヤーたちもようやく居室へ戻るが、中央部分がまだ塞がっていないのを目にする。すでに酸の流れが目前まで迫っていた。
【システムメッセージ: 簡易土壁 建設中—65%】
「アンドリア様を無駄死にさせるなぁ!!!」先ほど酸流を見つけた銀龍の刻印のメンバーが叫び、迷いなく酸の中へ飛び込む!
「うああ!!」
ジュウッ――体が強酸に焼かれ白煙を上げ、瞬時に黒い液体となって消えた。
「アンドリア様のために!!」十数匹の働き蟻も続いて坑道へ飛び込み、体で酸の流れを食い止める。
【システムメッセージ: 簡易土壁 建設中—81%】
防壁にはまだ兵蟻一匹分ほどの隙間が残っている。
「もう仕方ない、行くぞ!!」六口は打つ手なく、Kanatheonのメンバーと体を押しつけ合い、小さな蟻の塊となって隙間を塞いだ。
その瞬間、蟻酸が押し寄せる!
「来るぞ!!」
「うああ~!!」
「痛い!!」
「手を離すな!!」
蟻の塊は岩のように酸流を受け止め、接触した瞬間、白煙が噴き上がる!まるで灼熱の溶岩に身を沈められ、千度の炎で焼かれているかのようだった。
「うわああああ!!!」
【システムメッセージ: 簡易土壁 建設中—93%】
【システムメッセージ: 簡易土壁 建設中—100%】
【システムメッセージ: 建築 簡易土壁 完成】
「完成した!みんな早く戻って――」ニフェトは歓喜しながら視点を壁の外へ向ける。
そこには、もう、誰もいなかった。視界に映るのは、静かに流れる緑色の酸の川だけ。さっきまで隙間を塞いでいた十数匹の姿は、跡形もなく消え去っていた。
「もう戻りたくない!怖すぎる!」制御室では数人が抱き合い震えている。
「急げ!」六口は生き残った働き蟻の意識に再び入り、戦線へ復帰する。
彼らは防壁を越え、天井を這って育児室へ向かった。そこはまさに地獄のような惨状だった。
アンドリアはたった一人で、敵の兵蟻およそ百匹をすべて殲滅していた。灰白色の酸蟻の死骸が、あちこちに散乱していた。
育児室の奥は、赤茶色ぬめった塊に塞がれていた。
「アンドリア様!!」銀龍の刻印のメンバーが叫ぶ。
「は、早く……もう……限界……」アンドリアは全身を震わせながら言った。わずかに気を抜けば、敵の圧力に押し返されそうになる。次の瞬間、自身の腹下で大量の酸蟻兵を押しとどめているのが目に入った。
六口は違和感を強める。なぜ酸蟻はこれほど大規模な兵力を宝物庫に送り込んでいるのか?
残りはおよそ60体。ポイントユニットのゴキブリもすでに限界寸前。このままでどうやって前方の蟻群に勝てる?
「お待たせ……みんな……」ニフェトが静かに言った。
振り返ると、三十匹の兵蟻が坑道の天井を伝って育児室へ侵入してくる。
「ここから反撃よ……」
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