付き合ってそうで付き合ってない友人たちを眺めている
大須さんの友人視点です。
二年目の夏前くらい。
英語の課題の話。明日あるという現国の漢字小テストの話。部活の話。
教室のざわめきの中、前の席の瑠々ちゃんが振り向く。制服はもうみんな夏服で、白い半袖のシャツの胸元に赤いリボンが揺れる。
「図書委員の当番て今日だよね」
瑠々ちゃんの質問に、わたしは頷く。
「そう。これから」
「明日の放課後は時間ある?」
「あるけど。今度は何?」
「マンゴーとパッションフルーツのフラペチーノ」
その言葉を口にしながら、味を想像しているのか、瑠々ちゃんはうっとりとした表情を浮かべる。わたしは笑って頷いた。
「良いよ」
「やった、楽しみ」
そんな他愛のないおしゃべり中、視線を感じてふと教室に目をやれば、ちらちらそわそわとこちらの様子を伺っている男子の姿が目に入る。
背だけはクラスの中でも高い方で、いつもやたらと大きな四角いリュックを背負っているけど、それ以外は地味な角くんという男子。
わたしは瑠々ちゃんの方に視線を戻す。
「瑠々ちゃんは、今日は部活?」
「そう」
屈託無く頷く様子に、やっぱりどこか変わったなと思う。
中学のときからずっと、ゲームは好きじゃないと話していた。教室で遊ぶようなトランプだとかウノだとかも避けていた。だから、高校でボードゲームを遊ぶ部活に入ることになったと聞いた時は驚いた。
その理由も「ちょっといろいろあって」としか話さないものだから、心配もしていたのだ。最初の頃は少し憂鬱そうな顔をしていたり、渋々といった感じで角くんについていったりしていたし。
それでも、一年経った今はなんだか楽しそうに見える。
「瑠々ちゃん、部活楽しい?」
わたしの言葉に、瑠々ちゃんは首を傾けた。少し色素の薄い髪が揺れる。
「そうだね。最近は、ゲームも少し楽しくなってきた、かも。角くんと一緒じゃないと、怖いんだけど」
その言葉の意味を捉えそこねて瞬きしている間に、瑠々ちゃんは立ち上がって、わたしに向かって手を振って、ぱたぱたと角くんのところに行ってしまった。慌てて手を振り返す。
角くんはあからさまに嬉しそうな顔で大須さんを見下ろして、二人で何か話しながら教室を出てゆく。
背の高い角くんを見上げて笑う瑠々ちゃんの横顔。歩幅の小さな瑠々ちゃんに合わせる角くんの歩みの遅さ。二人の間の微妙な距離。
それらは以前と変わらないようでいて、やっぱりどこか変わったように見える。
二人を見送った後、するりとクラスの男子が近付いてきた。
「なあ、あの二人、本当にまだ付き合ってないのか?」
「付き合ってないって」
単刀直入に聞かれたので、単刀直入に返す。
「前より距離感近くないか?」
「それは思う。だからわたしも聞いたんだ。そしたら」
一度言葉を切って、隣に立つ男子を見上げる。
「『そういうんじゃないと思う。だいたい、角くんはボードゲームが好きなだけだし』って」
そう言ったときの、瑠々ちゃんの赤く染まった頬を思い出す。
中学のときから瑠々ちゃんとはよく話すけど、それは初めて見る表情だった。本人の自覚はともかく、やっぱり何か変わったように見えるし、その変化のきっかけが何かあったんじゃないかと想像してしまうにはじゅうぶんだった。
だというのに、角くんはただゲームが好きなだけなのだと、瑠々ちゃんは割と真面目にそう思っているらしい。角くんが瑠々ちゃんに声をかけるのも、瑠々ちゃんのお兄さんが同じゲーム好きだから、なのだそうだ。
しばしの沈黙の後、男子が口を開いた。
「前と反応が違わないか?」
「違うね。一年のときは何を聞いても『そんなわけない』『全然ない』ってあっけらかんとしてたから。何か心境の変化があったんじゃないかって気はする。でも、付き合ってはいない」
「角の方は相変わらず『付き合ってるとかじゃないけど』って言ってるけど、態度が前よりあからさまになってる気がして。これはきっと春休みあたりに何かあったって思ったんだけど」
「まあ、何かはあったのかもね。ただ、付き合うには至ってないだけで」
隣に立つ男子は教室の入り口を振り返る。もちろん、もうとっくに二人の姿はない。
「さっさと付き合えば良いのにな。デートもしてるってのに」
「デートじゃないらしいよ。それも部活の活動なんだって」
「休みの日に一緒に動物園に出かけるのの何が部活なんだよ、二人で新宿を散歩するのの何が活動なんだよ、それもうデートだろ」
「本人たちの認識の問題だね」
そろそろ図書委員の当番の時間だ。わたしはリュックを手に立ち上がる。
「まあ、友人としては、あんまり余計な手出しはせずに見守ることにするよ。本人たちは楽しそうにしてるし」
そう。本人たちが本当はどう思ってるのかはわからないけど、なんだか楽しそうにしているのは間違いない。だったら、できることは見守ることだけだ。
「いや、まあ、そうなんだけどさ」
男子は溜息混じりに髪の毛を掻き回した。もどかしい気持ちはわかるので、わたしは苦笑を返して、リュックを背負う。
わたしだってこの男子だって、二人の様子をもどかしく思いつつもなんだかんだ微笑ましく楽しく眺めてしまっているのだ。さっさと付き合えば良いのに、なんて言いながら、本当にそうなる姿は想像できていない。
それでもきっと、という予感はある。きっと、いずれは決定的な変化が二人にも訪れるんだろう。
だって高校生活は有限だ。誰だって変化しないわけにはいかない。それはもちろんあの二人のことでもあるし、それだけじゃない。みんな、わたしだって、何か変わっていってしまうのだと思う。
その変化がどんなものなのかは、まだ誰にもわからないけど。
図書室に向かいながら、瑠々ちゃんとの明日の約束を思い出して、もどかしい思いをフラペチーノと一緒に飲み込むことになるんだろうな、と考えた。
きっと、今日も明日もまだ変わらない。決定的な変化は、多分だけどまだ先の話。それでもいつかは変わってしまうという予感に、本当は少し寂しい気持ちになったりもするのだけど。
そんな気持ちも、夏らしいフラペチーノと一緒に飲み込んでしまおうと思う。




