25-6 一緒にいる理由は
気付けば、なんだか温かかった。包まれるような安心感もあった。
何度か瞬きをしてから気付く。わたしの体は角くんに寄りかかって、角くんに抱きしめられていた。
「え、何?」
混乱に声を出せば、角くんの手がわたしの肩を掴んで引き剥がした。
「ご、ごめん! その」
見上げて目が合えば、角くんは頬を赤く染めて視線を逸らした。
「これは、その……なんとかして、瑠々ちゃんのところに行けないかと思って、それで……」
肩に置かれた手が熱いのが、制服越しにも伝わってきた。
今更ながらに角くんの体温を意識してしまって、わたしは俯いて大きく首を振った。
「だ、大丈夫。その……来てもらえたのは嬉しかったし……ありがとう」
「いや、でも、なんていうか……勝手にごめん」
「大丈夫」
「ううん、ごめん。これ以上のことは何もしてないから、本当に」
「うん、大丈夫」
「うん、ごめん」
そうやってしばらく、ごめんと大丈夫を二人で繰り返しているうちに、目を合わせられるようになって、二人で顔を見合わせたら笑ってしまった。
なんだかいつも通りって気がして、気が抜けて緊張がほぐれる。
角くんが姿勢を良くするから、わたしも背筋を伸ばす。それで二人で頭を下げて「ありがとうございました」って挨拶をして、片付けを始めた。
第三資料室の長机の上に広げられた、パリの観光名所が描かれた色とりどりのポストカード。立体的に見える建物タイル。
やっぱり雰囲気のある、素敵なゲームだった。
片付けながら、ふと、隣の角くんを見上げる。わたしの視線に気付いたのか、角くんが手を止めてわたしを見下ろした。
「どうかした?」
「あ、えっと……その」
角くんに言いたいこと、聞きたいことはたくさんあって、何から話せば良いかと迷いながら口を開く。
「今日は、角くんはボードゲーム楽しめなかったよね?」
「なんだそんなこと」
「そんなことって……角くんはボードゲームを遊びたくて、ボドゲ部をやってるんでしょ?」
角くんはちょっと溜息を付いて、それから静かに微笑んだ。
「俺は、瑠々ちゃんと遊びたいからボドゲ部を始めたんだよ」
「それだって、わたしの体質があるから」
「それは確かにきっかけだけどね。でも、今は違うよ」
角くんの手が、わたしの手から束にしたポストカードを取り上げて、箱の中にしまう。
「たとえ、瑠々ちゃんの体質がなくなったとしても、俺は瑠々ちゃんと遊びたいって思うよ。なんなら、一緒にボドゲを遊べなくても良い。いや、やっぱりそれは嫌かな、ボドゲは遊びたい。でも、今はボドゲが遊びたいからってだけじゃないんだよ、瑠々ちゃんと一緒にいる理由」
チップも、タイルも、全部箱の中にしまって、ルールブックもしまって、箱の蓋を閉める。
そうやって、箱も全部カホンバッグの中にしまって、角くんはわたしの方を見た。
まっすぐな視線を、わたしも見返す。
カーテン越しの光は柔らかく、部屋全体を明るく照らしていた。いつもと同じ蛍光灯の光が、やけに眩しく見えた。
「瑠々ちゃん。俺は、瑠々ちゃんのことが好きです」
恥ずかしくて目を伏せたいけど、角くんから目を逸らすことができなかった。
角くんは緊張した面持ちで、わたしの応えを待っている。そうだ、応えなくちゃ。
わたしの気持ちを、ちゃんと角くんに伝えなくちゃ。
三年になって、ボドゲ部は(仮)ではなくなってしまった。
というのも、ボードゲームが好きだという一年生が部員になってしまったからだった。しかも、友達二人も連れてきて、新入部員が一気に三人増えた。
それで、これまでの活動実績もあって、ボドゲ部は正式な部活動になってしまった。
角くんもわたしもまだ一応ボドゲ部ってことになっているけど、活動は一年生三人だけでやっている。あの狭い第三資料室で。
わたしは体質があるからともかく、角くんは一緒に遊べば良いのに。実際、一年生の子も角くんと遊びたそうにしてるのに。
角くんはそうしなかった。
「俺の中でボドゲ部の役目は終わったから」
なんて言って、わたしの顔を見て微笑むものだから、わたしもそれ以上のことは何も言えないでいる。
角くんが勉強を頑張りたい理由についても、教えてもらえた。
どうやら角くんは、ボードゲームを作りたくなったらしい。
そのためにどんなことを勉強すれば良いのか考えて、調べて、その選択肢を増やすために成績をあげるんだって言っていた。
角くんが話すと、やっぱりなんだかゲームのことのように聞こえてしまう。
「自分で何かを作るとか、興味なかったんだけどね。でも、瑠々ちゃんが安心して遊べるボドゲを作れたら、楽しそうだなって思い付いちゃったから。それに、そうやっていろいろ試すうちに瑠々ちゃんの体質のことも、何かわかるかもしれないし」
そう言って笑う角くんに、わたしは──わたしのことばっかりじゃなくて良いのにって思いながらも、そう言われて嬉しい気持ちもあるのは確かで。
角くんの言葉一つで、表情一つで、こんなに気持ちが動かされるものなのか、と自分に戸惑うことばっかりだ。
それでなんというか、ちょっと浮かれてもいる、のだと思う。
ボードゲームだとか体質だとかボドゲ部だとか、そういう理由がなくても、わたしは角くんと一緒にいることができるようになって、それは落ち着かないけど嬉しいことでもあるから。
角くんは相変わらずボードゲームが好きだし、わたしの体質も相変わらずだけど。
ともかく、ボドゲ部(仮)の活動は以上でおしまい、です。
ボドゲ部(仮)の話はこれでおしまいです。
ここまでありがとうございました。
少しでも面白いなと思っていただけたなら、評価(★)をしていただけると励みになります。




