24-3 隣に角くんがいれば
順番は、どうやらわたしから。
ハンドバッグから石畳タイルを取り出す。石畳タイルを手のひらに置いて、色を確認する。
石畳タイルは、四マスに別れていて、それぞれのマスごとに色が塗られている。
今わたしが持っているのは、橙色が三マスと青い色が一マス。わたしは街の端っこ──つまりボードの端っこまで歩いていって、手にした石畳タイルをその場所にかざした。
見えない絵筆が絵の具を置いてゆくみたいに、地面に石畳の色が置かれて、陰影の線が引かれて、気付けばわたしの手から石畳タイルは消えて、代わりにしっかりとした石畳が地面に敷かれていた。
青い月のプレイヤーは、わたしの橙色のスペースを邪魔するように、紫色と青を隣に並べてきた。
わたしはさっきの橙色の隣にさらに橙色を並べて、T字の形を作る。これで建物が置けると思ったけど、すぐに駄目だと気付いた。
このゲームの建物は、隣に街灯がないと点数にならない。わたしの橙色のT字のスペースは、周囲に街灯がない。
相手プレイヤーが順調に街灯の隣に青い色を増やしているのを見て、わたしはそっち側に行くことにした。
──うん、良いと思うよ。
想像の中の角くんに励まされて、石畳タイルを持って、石畳の上を歩く。
かつん、とヒールの音が響いて、周囲の暗さと静けさが急に怖くなった。
前は角くんが隣にいたから平気だったんだな、なんて隣を見上げる。すっかり見上げ慣れてしまったいつもの高さ。
でも今は、そこに角くんはいない。
街灯を通り過ぎる。その隣の橙色、その隣の紫色、さらに隣に橙色。そのスペースを挟むように街灯。建物を置くなら断然こっち側だ。
見えない絵筆が伸びやかな線で黒い色を空中に描き出す。一筋の黒い線は見る間に立体的になって、そのてっぺんに仄かに温かみのある白い色が置かれ、街灯に光が灯った。
暗い、まだ石畳しかない空間を、街灯の揺れる灯りが照らし出す。
そうやって石畳タイルを半分くらい置いたとき、青のプレイヤーは石畳タイルを置かずに建物タイルを選んだ。
それでわたしも慌てて建物タイルのことを考える。
今ならL字のタイルは確実に置ける。赤い屋根のL字の建物タイルを選んで手にする。
盤面の中央に青い石畳がどんどん広がってゆく。
でも、わたしも負けるつもりはない。その隣に並んだ街灯二つを囲むように、橙色のスペースを広げる。
そして思い切って、六マスも必要なコの字の大きな建物を選んでみた。
さっきのL字と今のコの字。手にした地図の塗り分けられた色の並びを見て、大丈夫、頷く。
ちゃんと置けるから、大丈夫。
──ちゃんと橙色のスペースが作れてるんだから、不安になることなんてないよ。
角くんならきっと、そう言って笑ってくれる。
相手も六マスのL字の建物を選ぶ。
あんなにたくさんの青いスペースがあるから、きっとそれは置けてしまうはずだ。
悔しいけど、仕方ない。
わたしは青いスペースが広がるのを止めきれなかった。
でも、わたしの橙のスペースだって、広がっている。
──大丈夫だよ、まだ全然取り戻せるから。ゲームはこれからだよ。
角くんの声が聞こえた気がして、わたしは笑った。
うん、大丈夫。ちゃんと楽しいよ、角くん。
わたしは三マスのL字の建物タイルも選ぶ。
相手プレイヤーは四マスのT字の建物タイル。
そうして、気付けばゲームの前半はあっという間に終わっていた。
わたしの手元には三つの建物タイル。
確保した橙のスペースは、青いスペースより少し小さく見えるけど、ちゃんと近くに街灯があって建物タイルはちゃんと置けそう。
なんとかなりそうだって気がしていた。
それになんだか、自分で考えられている手応えがあった。
前に遊んだときはあんなに悩んでいたのに。何をして良いかわからなかったのに。
今は自分が何を目指しているのか、どうすれば良いのか、どう考えたら良いのか、わかっていた。そして、そうやって考えるのが楽しかった。
──ゲームに慣れてきたよね。ボードゲーマーっぽくなってきたっていうか。
角くんの言葉を思い出して、一人で笑う。
わたしはボードゲーマーになった覚えはないけど。確かに、前よりはボードゲームを楽しめていると思う。
一人きりでも。
それでも、と隣の空間を見上げる。
隣に角くんがいれば、きっともっと楽しかったのにな。




