24-2 ルールは簡単だから
いつの間にか、ハンドバッグを手にしていた。前もそうだった。
前と同じなら、この中に灯りがあるはず。
ハンドバッグを開くと、中から橙色の光が四つ飛び出してきた。
頭上をふわふわと漂うその光を、目を細めて見上げれば、それは太陽のマークみたいだった。
前に遊んだときに、橙色の太陽か、青い色の月か、それがプレイヤーカラーなのだと角くんが教えてくれた。
あのときのわたしのプレイヤーカラーは、青白い月の灯りだった。
だからどうやら今回は、橙色の太陽がわたしのプレイヤーカラーみたいだ。
その光の中、見回せば近くにオープンカフェにでもありそうなテーブルと椅子のセットがあった。
椅子の数は一つきりで、わたしが今は一人きりだということが、はっきりとわかってしまった。
ともかく、椅子に落ち着いて自分の服装を見下ろす。
ぴったりしたブラウス。白い手袋。ドレープが作られたオーバースカート。たっぷりと布が使われて膨らんだアンダースカート。まとめ上げられた髪とつばの広い帽子。
前にこのゲームに入り込んでしまったときと、同じような服装だった。
角くんは何年のパリって言っていたっけ。万国博覧会があった年が舞台なんだって教えてもらったことを思い出す。
角くんと話すのが怖くて一人になったのに、なんだか考えるのは角くんのことばかり。
あのときは、紳士みたいな格好をした角くんが隣にいて、いろいろと教えてくれた。
今もここに角くんがいてくれれば、なんて思う自分勝手さが嫌になった。自分で逃げ出したくせに。
テーブルに突っ伏して、腕の中に顔を埋める。
わたしはどうしたかったんだろう。何がしたかったんだろう。何を思っているんだろう。自分のことなのにわからない。
そのまましばらく突っ伏していたけど、不意に角くんの言葉を思い出す。
──大丈夫。ルールは簡単だから。
なんだか目の前に角くんがいるような気がして、顔を上げた。
当然そこには誰もいない。真っ暗な空間が広がっている。それでも頭上では、橙色の灯りが暖かく柔らかく揺らいでいた。
うん、そうだ、大丈夫。これはゲームだから。
自分の気持ちはまだよくわからない。
だからわたしは逃げ出した。角くんと話すのが怖くて。
でもやっぱり本当は、角くんと一緒の方が良い。角くんに一緒にいて欲しい。
そのためには、このゲームを終わらせなくちゃ。
──ゲームって、楽しんだ人の勝ちだと思うんだよね。
そう、わたしはきっと、このゲームを楽しめる。それは角くんが教えてくれたことだから。
わたしはハンドバッグから、このパリの街の地図──ゲームボードとルールブックを取り出した。
一度遊んだことのあるゲームだけど、ルールを覚えているかは自信がなかった。
いつも角くんがルール説明──インストをしてくれて、わからなくなっても隣でフォローしてくれるから、それに甘えていた。
ルールブックを開いて、自分でちゃんと読んでみる。
このゲームは前半と後半に分かれている。
前半は、石畳タイルを置くか、建物タイルを一つ選んで確保するか。
後半では、確保した建物タイルを石畳の上に置くか、ポストカードの効果を使うかができる。
全部終わったら点数計算。基本の点数は建物の大きさとその建物に隣り合った街灯の数の掛け算。それから、一番大きく繋がった自分の建物の大きさ。
それと、ポストカードの点数があれば、それも。
置けなかった建物タイルは一つマイナス三点。
それで点数の多かった人の勝ち。
──うん、ばっちり。焦らなくても大丈夫だよ。
角くんの声を思い出して、一回深呼吸する。
前に遊んだときのことも、ちょっと思い出してきた。
石畳タイルには色が塗ってあって、それはプレイヤーの色だ。橙色なら太陽のプレイヤーだけが、青い色なら月のプレイヤーだけが建物を置ける場所。紫色はどちらでも早いもの勝ちで建物を置ける。
それから、石畳タイルには街灯もある。建物は街灯の隣に置かないと点数にならないから、街灯の場所はとても大事だった、気がする。
街灯を自分の色の隣に置いて、相手の色からは離す。自分の色はできるだけ繋げて大きくなるように。逆に、相手の色は繋がらないように。
そんなふうに石畳を置いていくんだった。
それで、石畳を全部置き終わったら、前半が終わっちゃう。
それまでに後半で置きたい建物を選んで手に入れておかなくちゃいけない。建物は、石畳の並びで置けそうなものを選べば良かったと思う。
それで、前はぎりぎり三つ置けたんだった。四つ置きたいけど、四つは難しいのかもしれない。
後半になったら、建物を置く。紫色──特に相手の色と隣り合った場所は先を越されちゃうかもしれないから、早めに置いてしまいたい。
それ以外にも、ポストカードで点数が伸びそうなものがあるなら、それも早めに使った方が良かったはず。そうだ、前回はポストカードの点数で勝つことができたんだった。
あの頃はまだ、角くんのことをよく知らなかった。わたしは、ボードゲームの世界の中に入ってはしゃぐ角くんの姿を、ちょっと不思議に思ったりもしていた。
でも、ゲームが終わって二人でパリの街並みを散歩して──それは、とても綺麗な景色で楽しかったんだ。
──じゃあ、ゲームを始めようか。
想像の中の角くんに励まされて、わたしはルールブックと地図を持って、立ち上がった。




