24-1 真っ暗な中に
気付けば、真っ暗な中にわたし一人だった。
隣を見上げても、いつものように角くんが立っていることもない。
入り込んだボードゲームはわかっている。『パリ─光の都─』という二人用の綺麗なゲーム。
もしかしたら、角くんはもう一人のプレイヤーなのかも。
今までだって角くんとばらばらなことはあったし。
そんなこともちらりと考えたけど、そうじゃないことをわたしは知っている。
わたしは、角くんの前から逃げ出したから。
逃げ出して、一人でこのゲームの世界の中に入ってしまったから。
このゲームの中で、今、わたしは一人だった。
バレンタインのあの日から、わたしはずっと混乱していた。
角くんは、三年になったらボドゲ部(仮)の活動をやめようと思う、と言い出した。受験もあるし、と。
それはすぐのことじゃないって言っていたけど、でもそれでわたしは気付いてしまった。
角くんとずっとこうやって遊んでいられると思っていたけど、そんなことはないって。
この時間には終わりがある。いつかは、終わらないといけない。
気付いたのはそれだけじゃない。
わたしは角くんとボードゲームを遊ぶこの時間を、楽しみにするようになっていた。
それは、ボードゲームのことを好きになっていたってことでもあるし、そして、角くんを特別に思っているってことでもあった。
角くんと一緒に遊ぶこと、一緒にどこかに出かけること、ボードゲームの中で手を引かれていろんな景色を一緒に見ること。
全部が大切で、失くしたくないものだと思っている。
それってつまり、わたしは角くんのことを──。
だけど、角くんが好きなのはボードゲームで、角くんがわたしと遊んでいるのはわたしの体質があるから。
角くんが特別だと思っているのはわたしの体質であってわたしじゃない。
もし本当にそうなら、やっぱり今まで通りが良い。ただ今まで通り、楽しく遊んでいたい。それじゃ駄目なのかな。
そんなふうにいろんなことを考えるようになってしまって、わたしは角くんとうまく話せなくなってしまったのだ。
幸い、そのあとはテスト期間で部活動は休み。テスト後の休みの間も、メッセージのやりとりは最低限。
そうやって、角くんから離れてほっとしてるくせに、気付けば角くんのことを考えたりしてしまって、なんなら角くんの方からボードゲームに誘ってくれないだろうか、なんて思ったりもしていて、わたしはとにかく混乱していた。
そんな調子で、学校で久し振りに角くんと顔を合わせて、わたしはちっとも落ち着かないでいたのだけど、それでも角くんの誘いを断ることはできなくて、結局は角くんと一緒に第三資料室に向かったのだった。
ボドゲ部(仮)の仮の部室。第三資料室。校舎四階の端っこの狭い部屋。
そこに向かうのにこんなに緊張したのは、久し振りのことだった。
「瑠々ちゃんは、テストどうだった?」
「えっと……いつも通りくらい、だと、思う」
何気ない、どうってことない会話。だと思うのに、なんだかうまく言葉が出てこない。
ボドゲ部(仮)の活動をやめるなら、こうやってボードゲームを遊べなくなってしまうのかもしれない。だったら、この遊べる時間を大事にしなくちゃとも思うのに、いろんな気持ちが邪魔をして、いつも通りに喋ることができないでいた。
角くんは、もしかしたらわたしの態度がおかしいことに気付いているのかもしれない。
だけど、なんでもないかのように、いつも通りに機嫌の良さそうな顔をしていた。
「俺は、もうちょっと点数伸ばしたかったなって思って」
角くんが言うと、テストのことなのになんだかボードゲームの話に聞こえる。
あるいは角くんのことだから、テストもゲームだと思って取り組んでるのかもしれない。なんでも楽しんでしまう人だから。
「最近になって、将来やりたいことのイメージができたんだ。そのために必要なこととか考えると、もっと勉強しなくちゃって思って」
第三資料室のドアを開けながら、角くんはそんなふうに言った。
角くんのやりたいことってなんだろう。ボドゲ部(仮)の活動をやめるのも、そのためなのかな。わたしはまだ、一緒に遊んでいたいんだけどな。
ちょっと寂しくなって、慌てて角くんを追いかけて第三資料室に入る。
ドアを閉めて、それでも今は、この狭い部屋で、角くんと二人で、遊んでいられるんだってことに安心する。
いつもみたいに、角くんは大きなリュック──カホンバッグからボードゲームの箱を取り出す。
いくつかの箱を取り出した、その一番上に見覚えのある箱があった。
青い油絵のような綺麗なその箱は『パリ─光の都─』というボードゲーム。
ずいぶんと前に、角くんと二人で遊んだ覚えがある。パリの街に石畳を敷き詰めて、建物に街灯の灯りを届けるゲーム。
確かあの頃は、高校に入ってまだすぐだったはず。まだ角くんのこともあまり知らなかったし、わたしはずいぶんと警戒していた。
それでも、ボードゲームの楽しさみたいなものが、ちょっとわかってきた頃。すごく悩むし、難しいけど、でも怖いばっかりじゃないんだって、思えてきた頃。
そんなふうに思い出していたら、耳の奥でこつりこつりと足音が聞こえた。石畳を叩く靴の音。
それは、いつもみたいにボードゲームの中に入ってしまう合図。
そのときのわたしの心の中には、角くんと一緒に遊びたいって気持ちと、角くんの前から逃げ出したいって気持ち、両方あった。
だからだと思う。
わたしは角くんと一緒じゃなくて、一人きりでボードゲームの中に入り込んでしまった。
ゲームが始まる前のこの世界は真っ暗で、混乱しているわたしの心、どうして良いかわからなくて何も見えない今のわたしそのものだった。
ラストゲームです。




