23-5 焦らなくても
次は予定通りに紫のマークの「ポータブルポーション」を訪れた。ドリンク屋さんだ。
奥でベリーを絞っていたエルダーベリーがわたしに気付いて手を振ってくれた。もう一頭、濃い紫色のタンニンというドラゴンも働いている。
お店に入れば、ふわりふわりと光が浮かぶ。両手を差し出せば、その光は三つの小さな塊になってわたしの手のひらの上に落ちてきた。
紫色の綺麗な宝石。炎の理解者が扱う「商品」。このお店の嬉しいって気持ち。
わたしまで嬉しくなって、小さく笑う。そしてその「商品」を大事に腰のポーチにしまった。
それから、わたしの足元にいたムーンビームもこのお店で働いてもらうことにする。
水色のマークのムーンビームの得意は、ガラスや宝石を扱うこと。ムーンビームはこのお店で、ドリンクの器を管理することになった。
ムーンビームの働き先を見付けた報酬に、伝説ドラゴンを紹介してもらった。
今度のドラゴンの名前はスパークル。スパークルもトゥインクルに似ていて、魔法を使った後に呼び出すと使える能力だ。
角くんによれば使うタイミングが重要、らしい。忘れないようにしなくちゃ。
それから、ムーンビームにはもうちょっと手伝ってもらうことにした。
水色のマークのムーンビームの能力は、違う色の「商品」を一つずつ、全部で三つ手に入れること。
わたしはそれで、黄色と赤と緑の「商品」をお願いした。
ムーンビームが吐く炎は淡く透き通った青い色。その炎の中で、きらきらと、黄色と赤と緑の色が形になってゆく。
そして炎の中で揺らめいていた色は、最後にはぎゅっと硬く集まって、わたしの手のひらの上にぽとりぽとりと落ちてきた。
「ありがとう」
しっかりと握り締めてお礼を言えば、ムーンビームは少し照れたように、くすぐったそうに、鼻先を動かした。
そんな様子も可愛い。
ともかく、これで「運命の指輪」の魔法を使う準備はできた。
他の炎の理解者は、水色のマークのジュエルハートというドラゴンに、ガラス細工の店「フラジール・レプトル」で働いてもらうことにしたみたいだった。
このお店も水色のマーク。そして、そのお店に「炎の心臓」の魔法がかかる。お店に水色のマークが増える。
さらに、空き家だった建物が新しいお店になった。
パン屋の「クリティカル・ロール」と、花屋の「ハロー・ナーセリー」の間に挟まれたそのお店は、緑のマークの野菜屋さん「オー・マイ・ゴード!」。
角くんはこのゲームは一人用のソロゲームだって言っていた。
だからわたしは、一人でのんびり遊ぶ雰囲気なのかなって思っていたけど、思ったよりもどんどんと町は大きくなっていく。
なんだか自分が出遅れている気がして、そわそわと落ち着かない。
次の自分の手番のために、噴水から遠い「フラジール・レプトル」まで歩く。急がなくちゃって思っていた。
「待って、瑠々ちゃん」
角くんに腕を掴まれて呼び止められて、わたしは自分がだいぶ早足になっていたことにようやく気付いた。
見上げた角くんは、心配そうに首を傾けた。
「なんでそんなに焦ってるの?」
「焦ってる、ように見える?」
聞き返せば、角くんは困ったような微笑みを浮かべた。
「これはゲームなんだから、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。瑠々ちゃんが行動終わるまでは、進まないから」
言われて、確かに焦っていた自分に気付いて、恥ずかしくなって帽子のつばを引っ張って俯いた。
けど、角くんは逃がしてくれなかった。
背を丸めてわたしの顔を覗き込んでくる。
「せっかくなんだから、町並みを眺めてみない? ゆっくり歩こう」
それから、角くんはちょっとためらうように視線を揺らして、そっとわたしの手を持ち上げて握った。
見上げれば、思いがけず真面目な表情が見えた。
「嫌ならやめるけど……大丈夫?」
言葉とともに、指が絡められてぎゅっと握られる。
ゲームの中でこうやって手を握られるのは、初めてじゃない。でもなんだかいつもと違う気もして──だからって嫌なわけじゃないけど。
そう、嫌じゃない。
それは言葉にならなくて、わたしは俯いて小さく頷いた。
小さな息遣いが聞こえて、それから角くんはわたしの手を引いて歩き出した。ゆっくりと。反対方向に。
なんで反対方向に、と思ったのも、言葉にならなかった。
じんわりと、手のひら越しに体温を交換している。そんな気がした。
「せっかくだから『ポータブルポーション』のドリンクを飲んでみない? それに、ドラゴンたちが働いてる様子だって、見たいし」
角くんは、さっきのお店に戻ろうとしているのか。
わたしの歩幅に合わせてゆっくりと歩く角くん。その横顔をそっと見上げる。
角くんの視線は忙しい。わたしを見下ろして、次には脇にそれて。
道の脇に並ぶ石畳、その向こうに見える花壇。道ゆく人たち、ドラゴンたち。そんなものを次々追いかけているみたいだった。
角くんはきっと、そうやってこのボードゲームの世界を楽しもうとしているんだ。ゆっくり、時間をかけて。
それはとても角くんらしいな、と思った。
それでわたしも、「ポータブルポーション」のお店の前に戻る頃には、焦っていた気持ちが消えて、落ち着いて周囲の景色を楽しめるくらいにはなっていた。
お店の人は戻ってきたわたしたちにちょっとびっくりしていたけど、ドラゴンたちが絞ったベリーのポーションをおすすめしてくれた。
エルダーベリーも、ムーンビームも、楽しそうに働いていた。
ジュースを受け取るために、角くんはわたしの手を離した。そして、二つ受け取ったポーション瓶の片方を差し出してくる。
濃い紫色のベリーのポーション。
受け取って、一口含めば、酸味が舌を刺激する。なんだか頭もすっきりした気がした。
「良かった。瑠々ちゃんがいつもみたいに笑って」
角くんの言葉に、わたしは瞬きをする。
「わたしそんなに……難しい顔してた?」
「ちょっとね」
角くんはふふっと笑って、瓶に口をつけた。こくり、と喉が動くのが見えた。
恥ずかしかったけど、そっと、声をかける。
「ありがとう」
「別に。せっかく遊ぶなら、楽しく遊びたいなって思っただけだよ」
ああ、なんだかやっぱり、角くんらしいなって思った。
それでわたしは、ほっと力を抜くことができたのだった。




