23-1 嫌じゃない
バレンタインに、角くんは律儀にチョコレートタルトを作って持ってきてくれた。
わたしもいつものお礼にってチョコレートを持ってきていたから、交換し合うことになった。
ボドゲ部(仮)の部室で、さくりとしたタルト生地と滑らかなチョコレートを味わいながら、角くんとこうして過ごすのが当たり前になっているな、なんて思う。
なんだか落ち着かない気もするけど、こうやって二人で過ごすことは嫌じゃない。
嫌じゃない、気がしている。
そっと隣を見上げれば、角くんと目が合った。
角くんはそっと微笑んで、それからなんだか言いたいことがあるような、ちょっと困ったような顔で目を伏せた。
「角くん、どうかした?」
瞬きして尋ねれば、角くんは目を伏せたまま口を開いた。
「うん……ずっと、どうしようかなって考えてたことがあって」
そうやって少しだけためらってから、角くんは言葉を続けた。
狭い部室、第三資料室の中で、角くんの静かな声ははっきりと聞こえた。
「三年になったら、ボドゲ部の活動をやめようと思って……受験もあるし」
瞬きをしながら、わたしは小さく「そっか」と応えた。
なんだかうまく言葉が出てこなかった。
ぼんやりとチョコレートタルトを食べ終わる頃には、角くんはもういつも通りに機嫌の良さそうな笑顔を浮かべていた。
わたしはそんなに簡単に気持ちを切り替えられなくて、考えていることを伺うように角くんを見上げた。
角くんはちょっと困ったように眉を寄せて笑った。
「三年になってすぐかどうかも決めてないし、いつかはって話だから。言い出したのは俺だけど、まだ気にしないで、ごめん」
気持ちを切り替えるように、角くんは大きなリュック──いつものカホンバッグから、ボードゲームの箱を取り出した。
大きめの白い箱。手前には赤と青の三頭のドラゴンが、それぞれ口から炎を吹いている。その奥は、明るく楽しそうな町並み。
町並みを歩く人も、お店の人も、みんなドラゴンを連れている。オープンカフェだろうか、給仕の人の腕に収まったドラゴンが、テーブルの上のお皿に炎を吹き出して、どうやらキャラメリゼしているみたいだ。
箱の上の方には、アルファベットで『Flamecraft』カタカナで『フレイムクラフト』と書かれていた。
「とにかく、今はボドゲを遊ぼうか、瑠々ちゃん」
微笑む角くんから目を伏せて、それでもわたしは頷いた。一緒に遊びたかったから。
こうして、一緒に過ごして、一緒に遊んで、それはいつまでも続くと思っていたけど、そうやって気付けばもう二年も経つんだ。
角くんがボドゲ部(仮)の活動をいつやめるかはわからないけど、でも、きっとずっとこのままではいられないのは確か。
受験だってあるし、その先では高校生活が終わってしまう。終わったらもう──。
「これ、すごく可愛いボドゲなんだ。見て」
角くんは穏やかに微笑んで、箱の蓋を持ち上げた。そして、中から筒状のものを出す。
筒状のものは、どうやら巻かれていたらしい。角くんがそれを広げると、細長い布のマットになった。
そこには、噴水や、木々や、お店が並ぶ町の様子が描かれていた。
「これが、ゲームボードなんだ。それから、これがプレイヤー駒」
そうやって取り出した駒は六つあって、カラフルなドラゴンの形をしていた。
角くんはドラゴンの駒を布のマットの上に置く。
町の中にドラゴンが並ぶ様子は可愛くて、思わず笑ってしまった。
「可愛い」
言葉をこぼせば、角くんはほっとした顔をした。
「これは『フレイムクラフト』っていって、ドラゴンやお店を手伝って、町を発展させるゲームなんだ。今日はこのゲームで良い?」
角くんが、わたしの顔を覗き込むように首を傾ける。わたしはそれに改めて頷いてみせた。
それで、角くんの大きな手が、箱からさらにいろんなものを取り出してゆく。
ドラゴンの絵が描かれたカード。お店の絵が描かれた大きなカード。黄色いコイン。色とりどりのチップ。
それを眺めながら、今はこのゲームを楽しもう、と考える。いつかは終わっちゃうのかもしれないけど、今は、楽しんでいたい。
気付けば、耳の奥で水音が聞こえていた。絶え間なく流れ続ける水の──噴水の音。それと、心地良いざわめき。
それでもう、わたしと角くんは、その『フレイムクラフト』のボードゲームの中だった。
目の前に、噴水があった。石畳に囲まれた噴水の真ん中にはドラゴンの石像があって、その口から水を出し続けている。
揺れる水面は穏やかな陽射しを受けて、きらきらと輝いていた。
パンが焼けるにおいと、お肉が焼けるにおい。良いにおいに周囲を見回せば、噴水を挟んで向かい合うように、パン屋さんとお肉屋さんがあった。
お肉屋さんの店先では、猫くらいの大きさの赤いドラゴンが口から火を吹いて、バーベキューを焼いていた。
隣を見上げれば、角くんは赤いショート丈のマントを肩にかけて、前のところをブローチでとめていた。革のロングブーツに黒いズボン。ベルトには革のポーチ。
瞬きをして、それから自分の姿を見回す。赤いショート丈のマントは角くんとお揃い。白いワンピースと、革のショートブーツ。ウェストにはやっぱり革のポーチ。
被っていた帽子を手にとって見れば、広いつばと羽飾りの赤いとんがり帽子だった。
このゲームでのわたしの役割はなんだろうか。角くんはなんて言ってたっけ。
確か、町を発展させる?
帽子を手に首を傾けると、わたしを見下ろしていた角くんが、何度か瞬きをしてから口元に手を当てた。
「赤い色、似合ってるし……良いと、思います」
急に褒められて、なんだか恥ずかしくなって、わたしは慌てて手にしていた帽子を深く被りなおした。




