表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/220

23-1 嫌じゃない

 バレンタインに、(かど)くんは律儀にチョコレートタルトを作って持ってきてくれた。

 わたしもいつものお礼にってチョコレートを持ってきていたから、交換し合うことになった。


 ボドゲ部(仮)(カッコカリ)の部室で、さくりとしたタルト生地と滑らかなチョコレートを味わいながら、角くんとこうして過ごすのが当たり前になっているな、なんて思う。

 なんだか落ち着かない気もするけど、こうやって二人で過ごすことは嫌じゃない。

 嫌じゃない、気がしている。


 そっと隣を見上げれば、角くんと目が合った。

 角くんはそっと微笑んで、それからなんだか言いたいことがあるような、ちょっと困ったような顔で目を伏せた。


「角くん、どうかした?」


 瞬きして尋ねれば、角くんは目を伏せたまま口を開いた。


「うん……ずっと、どうしようかなって考えてたことがあって」


 そうやって少しだけためらってから、角くんは言葉を続けた。

 狭い部室、第三資料室の中で、角くんの静かな声ははっきりと聞こえた。


「三年になったら、ボドゲ部の活動をやめようと思って……受験もあるし」


 瞬きをしながら、わたしは小さく「そっか」と応えた。

 なんだかうまく言葉が出てこなかった。




 ぼんやりとチョコレートタルトを食べ終わる頃には、角くんはもういつも通りに機嫌の良さそうな笑顔を浮かべていた。

 わたしはそんなに簡単に気持ちを切り替えられなくて、考えていることを伺うように角くんを見上げた。

 角くんはちょっと困ったように眉を寄せて笑った。


「三年になってすぐかどうかも決めてないし、いつかはって話だから。言い出したのは俺だけど、まだ気にしないで、ごめん」


 気持ちを切り替えるように、角くんは大きなリュック──いつものカホンバッグから、ボードゲームの箱を取り出した。


 大きめの白い箱。手前には赤と青の三頭のドラゴンが、それぞれ口から炎を吹いている。その奥は、明るく楽しそうな町並み。

 町並みを歩く人も、お店の人も、みんなドラゴンを連れている。オープンカフェだろうか、給仕の人の腕に収まったドラゴンが、テーブルの上のお皿に炎を吹き出して、どうやらキャラメリゼしているみたいだ。

 箱の上の方には、アルファベットで『Flamecraft』カタカナで『フレイムクラフト』と書かれていた。


「とにかく、今はボドゲを遊ぼうか、瑠々(るる)ちゃん」


 微笑む角くんから目を伏せて、それでもわたしは頷いた。一緒に遊びたかったから。


 こうして、一緒に過ごして、一緒に遊んで、それはいつまでも続くと思っていたけど、そうやって気付けばもう二年も経つんだ。

 角くんがボドゲ部(仮)の活動をいつやめるかはわからないけど、でも、きっとずっとこのままではいられないのは確か。

 受験だってあるし、その先では高校生活が終わってしまう。終わったらもう──。


「これ、すごく可愛いボドゲなんだ。見て」


 角くんは穏やかに微笑んで、箱の蓋を持ち上げた。そして、中から筒状のものを出す。

 筒状のものは、どうやら巻かれていたらしい。角くんがそれを広げると、細長い布のマットになった。

 そこには、噴水や、木々や、お店が並ぶ町の様子が描かれていた。


「これが、ゲームボードなんだ。それから、これがプレイヤー駒」


 そうやって取り出した駒は六つあって、カラフルなドラゴンの形をしていた。

 角くんはドラゴンの駒を布のマットの上に置く。

 町の中にドラゴンが並ぶ様子は可愛くて、思わず笑ってしまった。


「可愛い」


 言葉をこぼせば、角くんはほっとした顔をした。


「これは『フレイムクラフト』っていって、ドラゴンやお店を手伝って、町を発展させるゲームなんだ。今日はこのゲームで良い?」


 角くんが、わたしの顔を覗き込むように首を傾ける。わたしはそれに改めて頷いてみせた。

 それで、角くんの大きな手が、箱からさらにいろんなものを取り出してゆく。

 ドラゴンの絵が描かれたカード。お店の絵が描かれた大きなカード。黄色いコイン。色とりどりのチップ。

 それを眺めながら、今はこのゲームを楽しもう、と考える。いつかは終わっちゃうのかもしれないけど、今は、楽しんでいたい。


 気付けば、耳の奥で水音が聞こえていた。絶え間なく流れ続ける水の──噴水の音。それと、心地良いざわめき。

 それでもう、わたしと角くんは、その『フレイムクラフト』のボードゲームの中だった。




 目の前に、噴水があった。石畳に囲まれた噴水の真ん中にはドラゴンの石像があって、その口から水を出し続けている。

 揺れる水面は穏やかな陽射しを受けて、きらきらと輝いていた。


 パンが焼けるにおいと、お肉が焼けるにおい。良いにおいに周囲を見回せば、噴水を挟んで向かい合うように、パン屋さんとお肉屋さんがあった。

 お肉屋さんの店先では、猫くらいの大きさの赤いドラゴンが口から火を吹いて、バーベキューを焼いていた。


 隣を見上げれば、角くんは赤いショート丈のマントを肩にかけて、前のところをブローチでとめていた。革のロングブーツに黒いズボン。ベルトには革のポーチ。

 瞬きをして、それから自分の姿を見回す。赤いショート丈のマントは角くんとお揃い。白いワンピースと、革のショートブーツ。ウェストにはやっぱり革のポーチ。

 被っていた帽子を手にとって見れば、広いつばと羽飾りの赤いとんがり帽子だった。


 このゲームでのわたしの役割はなんだろうか。角くんはなんて言ってたっけ。

 確か、町を発展させる?


 帽子を手に首を傾けると、わたしを見下ろしていた角くんが、何度か瞬きをしてから口元に手を当てた。


「赤い色、似合ってるし……良いと、思います」


 急に褒められて、なんだか恥ずかしくなって、わたしは慌てて手にしていた帽子を深く被りなおした。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ