22-6 冬の贈り物
兄さんの部屋のローテーブルの上に、キルトボードがある。キルトボードの上にはカラフルな端切れタイルが並んでいて──もちろん、全部は埋められていないから穴だらけだけど、それは確かにわたしが作ったパッチワークだった。
クリスマスツリーの形の赤い駒。時間ボードの真ん中には、銀の駒と金の駒が重なっている。
さっきまでの、暖かな暖炉の部屋と鞄を下げたリスを思い出してしまう。
「勝てなかったね」
角くんの声に振り向けば、角くんはやっぱり悔しそうにキルトボードを見ていた。
「うん、勝てないとやっぱり悔しいな」
素直にそう言えば、角くんはぎゅっと眉を寄せて俯いた。
「ごめん、俺がもっと……」
角くんがまた謝るものだから、わたしは身を乗り出してその俯いた顔を下から見上げた。目が合って、角くんの言葉が止まる。
「わたしは、角くんが隣にいてくれて、嬉しかったよ。一緒に考えたり悩んだりとか、一緒に遊べた気がして、楽しかったし」
わたしをじっと見たまま、角くんの口が小さく開いて、また閉じた。角くんが何も言わないのを良いことに、わたしは言葉を続ける。
「それに、一緒に悔しがることができるのも、嬉しかったっていうか。その……お互いにプレイヤーとして勝ったり負けたりするのも面白いんだけど、今日みたいに、一緒に遊ぶのも……時々はこうやって遊べたら良いなって思ったんだけど。角くんはやっぱり、プレイヤーとして遊びたいよね」
慌てたように、角くんが首を振った。
「そんなことない。プレイヤーとしてでも、そうじゃなくても、瑠々ちゃんと遊ぶのが……俺はめちゃくちゃ楽しくて」
「じゃあ、今日は? 今日は楽しかった?」
きっと角くんは楽しかったって答えてくれる。でも、聞かずにはいられなかった。「ごめん」なんて謝らないで、いつもみたいに「楽しかった」って言って欲しかった。
じっと見上げるわたしから目を逸らさずに、角くんはなんだかちょっと困ったように眉を寄せて笑った。
「楽しかった……です」
「良かった」
ほっとして、わたしも笑った。角くんが、ちょっと照れたように目を伏せて、でもまたすぐに視線を上げて、ちゃんとわたしを目を合わせる。
「楽しかったよ。それに、めちゃくちゃ嬉しかった。悔しかったけど、めちゃくちゃ楽しかった」
「わたしも。悔しくて、でも楽しかったし、嬉しかった。ゲームも可愛かったし、また遊びたいって思ったよ」
角くんの手が、わたしの両肩を掴んだ。妙に真面目な顔で、角くんがわたしの顔を覗き込む。
気付けばうっかりと、わたしはまた角くんに近付きすぎていた気がする。それに、さっきはボードゲームの中だったけど、今はゲームの中じゃない。
「角くん……?」
瞬きをして角くんを見上げるけど、角くんは何も言わなかった。こんなに、呼吸もできないような緊張感の理由がわからなくて、混乱する。
角くんが、何か言いたそうな顔で口を開くのが、妙にゆっくりと感じられた。
「……瑠々ちゃん、あの」
その時、ぴろん、とわたしのスマホが鳴った。
びくりと、角くんは大袈裟なほどに驚いて、わたしの肩から手を離した。
「あ、ごめん、音消してなかった」
床に置いてあったスマホを持ち上げて、通知の中身を確認する。
「兄さん、バイト終わってもうじき帰るって。ケーキ買ってきてくれるって言ってる」
「……そっか」
角くんは大きな手で口元を覆うと、溜息のように息を吐いた。
さっき、何か言いかけてたの? とは聞けなかった。なんだか怖い気がして。
二人で「ありがとうございました」と挨拶をして、テーブルの上を片付ける。
「面白かったけど、難しかったな」
十字の端切れタイルを持ち上げて、どうすれば良かったんだろうか、と悩む。
どこで何をしていたらもっとうまくいっていたのか、こうやって思い返しても全然わからなかった。
「そうなんだよね。可愛い見た目の割に容赦がないっていうか」
「一個一個、割と悩んで考えて選んでたつもりなんだけどな」
「多分なんだけど、もっと何手も先を読めるようにならないといけないんだと思う。このゲームって、情報が全部見えてるから、例えば自分がここでパスしたら次に相手はどうするか、そしたらその次に自分は何ができるか。あるいはこれを買った次の次は何ができるか。みたいなさ」
「え、角くん、そんなに考えてるの?」
「俺もそんなには考えられてないよ。それも、長考しないと無理だから。強い人はそれをぱっとやっちゃうんだよね。敵わないんだよ」
ゲームが始まる時にも言ってたけど、角くんでも勝てないなんて、だったらわたしなんか何もできないんじゃないかって気がする。
「わたしなんか、勝つの無理なのかな」
手にしていたタイルを箱にしまえば、角くんはふふっと笑った。
「本当に強い人と遊ぶとさ、最後に点数がマイナスになるんだよね」
「マイナス?」
「そう、まともにタイルを選ばせてもらえなくて。キルトタイルが全然埋まらなくて、それでマイナスになるんだよね。初めて遊んだときは、点数ってマイナスになるんだって、悔しくなるより前にびっくりしたよ」
負けた話だっていうのに、角くんは楽しそうに笑った。
「瑠々ちゃんは今回、点数がマイナスにならなかったし、それだけでもうすごいと思う。それに最後、結構うまく置けてたよね」
「マイナスにならなかったからすごいって言われても」
「本気でそう思ってるよ」
大真面目な顔で言うものだから、わたしは笑ってしまった。
角くんはボードゲームならなんでも遊んでしまう人だ。どんなボードゲームでも上手に遊んでしまうんじゃないかって、わたしからは見えていた。
そんな角くんでもそんな負け方をするんだって思ったら、こんな言い方は角くんに申し訳ないけど、そのことにほっとしたというか、ちょっと嬉しかった。
タイルを片付ける大きな手を見ながら、どうしてそれが嬉しいんだろうって、不思議だったけど。




