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22-4 近すぎた

 銀色のプレイヤーは、わたしが悩んで買わなかったトの字の端切れを買った。そしてそれを左下に寝かせるように縫い付けた。

 その縫い付けが終わってもまだ、わたしのL字の端切れの縫い付けは終わらなかった。だから次も相手の番。

 次はコの字の形の端切れを買って、トの出っ張りを囲むように置いて縫い付ける。その縫い付けが終わっても、まだわたしの縫い付けは終わらない。

 相手プレイヤーは、次にはパスをした。一マス進んで、ボタンが一つ。

 それでようやく、わたしの縫い付けが終わった。やっぱり六マス分の縫い付けは、とても時間がかかるものらしい。

 縫い付けが終われば、またリスがやってくる。出迎えてドアを開ければ、リスは入り口で体を振って雪を落としてから、部屋の中に駆け込んできてするするとテーブルの上に登った。大きな鞄から三つの端切れ布をテーブルの上に並べて、(かど)くんとわたしを見上げてくる。


「今回の商品はこちらです」




 ゲームはその繰り返しだった。

 端切れ布を買って、買えなくてパスして、ボタンが減ったり増えたりする。そして、わたしの布地はカラフルに埋まっていった。

 (かど)くんと相談しながら端切れ布を選んでいると、リスがその小さな足でテーブルをたんたん、と叩く。


「お決まりですか?」


 そう言われて、慌ててお喋りを止めて、端切れを選ぶ。でも、リスのその仕草が可愛くて、その度に(かど)くんと顔を見合わせて笑い合っていた。

 どうしようもなくパスして悔しいこともあったし、ちょうど良い形の端切れが買えて嬉しいこともあった。気付けば収入でもらえるボタンは十を超えていて、ボタンに困ることはほとんどなくなっていた。

 ゆっくりと、でも隙間なく着実に布地は埋まっていて、だからなかなか順調なんじゃないかって自分では思っていた。

 もしかしたらそうでもないかも、と気付いたのは、対戦相手が七マス掛ける七マスを全部埋めて、ボーナスの七点を手に入れた後だった。

 わたしは十字の形の端切れを縫い付けて、それでできた一マスの隙間を一マスのプレゼントで埋めた。時間で四マス。

 その縫い付けの時間の間にふと、自分の布地が半分くらいしか埋まっていないことに気付いたのだ。

 対戦相手の布地は随分と埋まっていた。もうほとんど、端切れ布を置く場所が残っていないくらいに。

 改めて気付けば、ゲームの残り時間ももうかなり少なくなっていた。金と銀の刺繍は、時間ボードの布地の上でもうだいぶ真ん中に近付いてしまっている。数えたら真ん中まで七マスしかない。

 こんな状態で残りの布地を埋めることができるのか、と急に不安になってしまった。

 (かど)くんが、いつもみたいに微笑んでわたしの顔を覗き込んでくる。


「大丈夫だよ、時間がかからない端切れを中心に選んでいけば、まだ結構埋められるから」

「でも……こんなに埋まってないのに」

「必要な時間が一マスとか、二マスとかの端切れ、まだ結構あるよね。その辺りを選んで、ちょっとずつ埋めていけば大丈夫」

「七マスのボーナスのことも、わたし、すっかり忘れてたし」

「それは……」


 言葉を詰まらせた(かど)くんを見上げれば、気まずそうに(かど)くんは目を伏せた。


「七マスのボーナスのこと、俺がちゃんと説明してなかったから。ごめん。俺がもっとちゃんと、言っておけば良かった」


 わたしは瞬きをして、それから首を振る。


「そんなこと……わたしきっと、説明されてても忘れてたと思う。それどころじゃなかったし、それにまだこんなに埋まってないし、どっちにしても先越されてたと思うし」

「でも、それだって俺がもっとちゃんと言っていれば」


 わたしは(かど)くんのパッチワークのストールを掴むと、いつも(かど)くんがしてくれるみたいに(かど)くんの顔を覗き込んだ。目が合うと、(かど)くんは落ち着かないように視線を彷徨わせた。


(かど)くんが悪いわけじゃないよ、大丈夫。この布地だって、これから埋めていけるんだよね。さっき、大丈夫って(かど)くんが言ってくれたんだよ。だから大丈夫。わたしも頑張るし、大丈夫だから」


 (かど)くんはいつも「大丈夫」って笑ってくれる。だから、わたしも「大丈夫」って気持ちで笑った。いつも(かど)くんがわたしを励ましてくれるみたいに、わたしも(かど)くんのことを励ませているだろうか。

 (かど)くんは何度か瞬きをして、それからちょっと眉を寄せて困ったような顔をしてから、ようやく微笑んだ。


「うん、ありがとう。後ちょっとだけど、できるだけ頑張ろう」


 その言葉にほっとして、わたしは頷いた。


「わたし、(かど)くんが隣にいてくれて、本当に良かったと思ってるんだから。だから、一緒に頑張りたい」


 (かど)くんは大きな手で口元を覆うと、ふいと横を向いた。その耳の赤さに、わたしは自分が随分と身を乗り出して、(かど)くんに近付きすぎていたことに気付いた。


「あ、ごめん」


 慌てて(かど)くんのストールを手放して、椅子に座り直す。


「いや、別に、大丈夫……です」


 (かど)くんはそっぽを向いたまま、小さな声でそう言った。

 わたしはなんだか今更恥ずかしくなってしまった。やっぱり距離が近すぎた気がする。それに、わたしが大丈夫なんて、言ってもどうしようもないのに。

 銀の針が動きを止めるまで、わたしは何を言えば良いのかわからなくなってしまって、何も言えなかった。(かど)くんも口元を覆ったまま、何も言わなかった。





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