22-2 隣にいるから
角くんと二人で可愛らしい木の椅子に並んで座る。椅子にはパッチワークのクッションが置かれていて、座り心地が良い。
テーブルの上の裁縫道具の中から、角くんはいくつかのものを見付け出して目の前に並べた。それで、ルール説明──インストが始まる。
まずは、小さな木彫りの可愛い箱に入ったボタン。この小箱はどうやらボタン入れらしい。
「このボタンは、このゲームの得点になる。得点というだけじゃなくて、布の端切れを買うのにも必要なんだ。言ってしまうとお金の代わりだと思って良いよ。で、ゲームの終わりに、ボタンの数の多い方が勝ち」
角くんの言葉に頷いて、わたしは小箱からボタンを一つ手に取って眺めた。きらきらと輝く太陽のような、黄色のボタンだった。小箱の中には全部で五つ入っていた。
次に角くんは、近くにあった紙を広げた。そこには、いろんな形がぐるりと円を描くように並んでいた。例えばLの字やHの字の形。まっすぐな形。
形の側にはボタンの絵と砂時計の絵。それぞれの絵の隣には数字が描かれている。
角くんの指先が、その中の一つ、Wの形を指した。
「これは、このゲームで買うことができる布の端切れ。布の端切れはいろんな形があって、それぞれ値段も違うし、縫い付けるのに必要な時間も違う。それが、この脇に描いてあるマークだね。例えば」
角くんが指差したWの形の脇、ボタンのマークの隣には「10」、砂時計のマークの隣には「4」と書かれている。
「この端切れを買うためには、ボタン十個が必要。縫い付ける時間は四必要ってこと」
「今はボタンを五つしか持ってないから買えないってことだよね」
「そういうこと」
「縫い付ける時間っていうのは?」
「そのまんまだよ。端切れをこの布に縫い付けるのには、時間がかかるんだ。このゲーム、パッチワークを作るための時間は決まっていて、その時間の中でこの布のマス目を埋めないといけない」
「つまり、縫い付ける時間が短い端切れならたくさん縫い付けることができるし、時間が長い端切ればっかり縫い付けてると時間がなくなっちゃうってこと?」
角くんは嬉しそうな顔をして、頷いた。
「そう。ばっちり」
角くんにそう言ってもらえると、ほっとする。角くんはわたしがわからないことがあっても嫌な顔もしないで根気強く、優しく教えてくれるし、こうやってわたしが理解できた部分についてもちゃんと声に出してくれる。
それは照れくさくて、でもちょっと嬉しいなと、最近は思う。わたしはちょっと目を伏せて、そんな喜びをこっそり噛み締めていた。
角くんは紙の上で指を動かして、説明を続けた。
「だけど、好きな端切れが買えるわけじゃないんだ。買える端切れは、これ」
角くんの指差した先には、端切れと端切れの間に赤いクリスマスツリーみたいなマークが描かれていた。
「このマークからこっちに数えて三つだけ。今なら、四角に出っ張りがついた端切れと、このL字の端切れ、それからこの隣の端切れ、この三つだね」
「え、思ったより少ないね」
「そうなんだよね。で、例えばこのL字の端切れを買ったとするよね。そうしたら、この赤いマークはL字の端切れが売れてなくなったところに移動する。そうすると、買える三つの端切れはまた変わる」
「好きな形が選べるわけじゃないのか。思ったより大変そう」
「まあ、そこが面白いところなんだけどね。でもって、この端切れの在庫は相手プレイヤーと共有なんだ。相手が買った端切れはもう選べない。赤いマークも二人で共通。瑠々ちゃんがマークを進めたら、相手も次はそこから選ぶ」
「欲しい形でも、先に選ばれたらもう選べないってことだよね?」
「そういうこと」
角くんが頷いて、わたしも理解できたことを示すために頷いた。
「で、これもこのゲームの面白いところなんだけど」
次に角くんが広げた布は、ぱっと見てもなんなのかわからなかった。真ん中から、渦を巻くように外に向かってぐるぐると道のようにマス目が並んでいる。そのところどころにボタンが縫い付けられていたり、金のリボンのプレゼントの箱が刺繍されていた。
「これは?」
「これは、現在の時間を示すボード。さっき端切れを縫い付けるのに時間がかかるって言ったよね、その時間がこのボードのマス目なんだ。外側のここからスタートして、砂時計のマークの数字の分だけこのボードのマス目を進む」
「えっと、さっきのWの形の端切れだと四マス進むってこと?」
「そう。そして、このゲームの手番は、このボードで後にいるプレイヤーに回ってくる」
「どういうこと?」
わたしが眉を寄せて首を傾けても、角くんはいつもみたいに穏やかに微笑んで、説明を続けてくれた。角くんの指が、布の上を動く。
「例えば、まず瑠々ちゃんが四マス進んだとするよね? そうしたら、このボードで後ろにいるのは相手プレイヤーになるから、次は相手プレイヤーの手番。で、相手プレイヤーが二マス進んだとしても、まだ相手プレイヤーの方が後ろにいるから、また相手プレイヤーの手番」
「そういうことか。縫い付ける時間が短い方が、何度も自分の順番がきて、いっぱい行動できるってこと?」
「そうそう、そういうこと。その辺りも見極めて、端切れを選ばないといけないんだ」
そう言って、角くんは楽しそうに笑う。
「後、このボードの途中にあるボタンは、収入の時間」
「収入……ってことは、ボタンが増える?」
「そう。増えるボタンの数は、自分の布に縫い付けた端切れに付いてるボタンの数」
言われて、端切れの形が並んだ紙を眺める。確かに、いくつかの端切れにはボタンの模様が描かれていた。ボタンが一つだけの端切れも、二つや三つ描かれている端切れもあった。ボタンが描かれてない端切れもある。
「ボタンが付いている端切れなら、後で収入になるってことだよね?」
「ばっちり。それから、こっちのプレゼントの箱の刺繍。これは早いもの勝ちで、一マスの端切れがもらえる」
「早いもの勝ちってことは、先に着いた人だけ?」
「そういうこと。このゲーム、一マスの隙間を埋められるのは、これだけだからね」
「わかった……と、思う」
考えないといけないことがたくさんになってきた。角くんの言う通り、これは難しそうなゲームだ。わたしは端切れが描かれた紙を見て、不安になってしまっていた。
「で、二人とも真ん中のマスに到着したら点数計算。点数は、持っているボタンの数。それと、七マス掛ける七マスを先に埋めた人がもらえるボーナス七点。それから、自分のこの布の中で埋まってない一マスにつきマイナス二点」
「マイナス二点?」
「そう。埋まってないペナルティが大きいんだ。だから、できるだけ自分の布は埋めるようにしないといけない」
きっとわたしは不安そうな顔をしてたんだと思う。角くんはわたしの顔を覗き込んで「大丈夫」と笑った。
「俺も隣にいるし、フォローするから。とにかく、楽しく遊ぼう」
それでわたしは角くんを見上げて、なんとか頷いた。
「ありがとう。頑張ってみる」
わたしはやっぱり、角くんが隣にいてくれて良かった、と思っていた。
いつもは角くんと対等に遊びたいなんて思っているのに。こういう時に都合良く頼ってしまって、角くんは嫌じゃないだろうか。




