22-1 パッチワーク
十二月二十五日、兄さんが一緒にボードゲームを遊びたいと我が儘を言い出して、角くんを呼び出した。
角くんは嫌な顔もせずに、手土産の手作りクッキーを持ってやってきた。
というのに、呼び出した当の本人はバイトが長引いているとかで、まだ家に帰っていない。
それで角くんのクッキーを食べて紅茶を飲んだりしていたのだけど、『パッチワーク』というボードゲームの話になって、せっかくなら待ってる間に遊ぼうかって角くんが言い出した。
そうやって角くんが出してきた箱が『パッチワーク:冬の贈り物』というボードゲームだった。
もともと『パッチワーク』というボードゲームがあって、これはそのデザイン違いなのだそうだ。ルールは同じ。でもデザインが冬っぽく──もっと言えばクリスマスっぽくなっている。
箱の真ん中には青い包みに金のリボンのプレゼントの箱が描かれているし、カラフルな布のパッチワークが広がる周囲にも、冬らしく雪の結晶が散っている。
その箱の隅に「特別付録クッキー型付き!」と書かれていた。角くんが今日持ってきたクッキーは、どうやらこのクッキー型を使ったものらしい。
「これは、名前の通りパッチワークを作るゲームなんだ。いろんな形の布の端切れがあって、それを自分のボードの中に収まるように並べていく。ボードが埋まらないとマイナス点だから、できるだけボードは埋めないといけない」
「怖いことなさそう。それに、可愛いし」
「まあ、ただ……なんていうか、難しいゲームだよ」
わたしはびっくりして角くんを見上げた。
だっていつも、角くんはどんなゲームも「簡単だよ」って言うのに。難しいなんて言うの、はじめてかもしれない。
「難しいの?」
「ルールは簡単なんだけどね。点数を伸ばすのが案外難しいというか……運の要素がほとんどないから、割とはっきり強い人が勝つゲームなんだ」
苦笑するようにそう言った後、角くんは首を傾けてわたしの顔を覗き込んだ。
「それでも、大丈夫? 面白い、良いゲームだよ。でも、うまくいくかはわからない」
角くんに気を遣われているのがなんだか悔しくて、わたしは頷いた。
「遊びたい」
わたしの表情を見て、角くんは「じゃあ」と箱の蓋を開けた。
中から出てきたのは、いろんな形でいろんな模様のカラフルなタイルがたくさん。それから、太陽みたいな黄色のボタン。金色のリボンが描かれた四角いタイル。赤いクリスマスツリー。
角くんの大きな手が、丁寧な手付きで中身をテーブルの上に出してゆく。
それから最後に、四角いボードが三枚出てきた。
「瑠々ちゃんは、金色と銀色どっちが良い? ただのプレイヤーカラーだから、好きな方を選んで良いよ」
「えっと、じゃあ、金色」
「はい、どうぞ」
金色の丸い駒と、金色の縁取りのボードを受け取る。ボードには小さな四角が並んでいて、それは九マス掛ける九マスの大きな四角を作っていた。
「このゲーム、二人用なんだ。二人でパッチワークの出来栄えを競うゲーム」
角くんは様々な形のタイルを並べていた。その横顔を見上げて「二人用」と呟く。
二人用ってことは、わたしと角くんの二人で遊ぶってことだろうか。角くんだってプレイヤーとして遊びたいだろうし。それに、対等に、プレイヤーとして扱って欲しい、対等なプレイヤーでいたいって気持ちだってある。
でも──なんだか不安があった。さっき難しいゲームだって聞いたせいかもしれない。今は、角くんに隣にいて欲しい。
そんなの、我が儘だろうか。
ぼんやりとそんなことを考えている間に、耳の奥にすごく微かな音が聞こえた。なんだろう、と耳をすませる。かちこち、と時計の音。それから、なんの音だろう、この音は──。
そして気付けば、ボードゲームの世界の中に入っていた。
暖炉の炎がぱちりと爆ぜた。振り向けば立派な暖炉があって、柔らかに火が揺れている。
見回せばこじんまりとした部屋だった。大きな振り子時計。何かの棚。壁にはどこかの景色が描かれた絵がいくつか飾られていた。
目の前には木のテーブル。その上に裁縫道具。それから、薄い四角い布。布は金のリボンで縁取られていて、さっき見せてもらったプレイヤーボードによく似ていた。中に黒い糸で小さな四角が並ぶように仮縫いされているのも、そのままだ。
テーブルの前には可愛らしい背もたれ付きの木の椅子が二つ、並んでいる。
隣を見れば、角くんも同じように椅子に座っていた。角くんは、カラフルなパッチワークのストールを肩から羽織っていた。金色のリボンが縫い付けてあって、そのリボンが肩のところでちょうちょ結びされている。
それで気付く。わたしも同じようなパッチワークのストールを肩から羽織っている。わたしのストールにも金色のリボンが飾られていて、胸元でちょうちょ結びを作っていた。
「この布がプレイヤーボードだよね。ストールのリボンも二人とも金色だし、これがプレイヤーカラーってことかな。俺たち、二人とも金色のプレイヤーだ」
そう言って、角くんは金のリボンで縁取りされた布を両手で広げて持ち上げた。
「あ、ごめん」
思わず謝ってしまったわたしを、角くんが不思議そうに振り返る。
「あの、さっき、ボードゲームの中に入るとき、今日は難しいゲームだって言うし、角くんと対戦するんじゃなくて、隣にいて欲しいなって思ってたから……それでかも」
「え、あ、隣に……?」
角くんはびっくりしたような顔で、手に持っていた布をテーブルに戻して、それから大きな手で口元を覆うと、視線をうろうろとさせた。
「ごめん。角くんだって、プレイヤーとして遊びたいよね。それはわかってたんだけど、でも、今日はなんだか不安で」
「あ、いや、大丈夫。その……今までだって別に瑠々ちゃんが思った通りになってたわけじゃないし、今日のだって瑠々ちゃんのせいとも限らないし、その、そうじゃなくて……」
角くんの言葉が途切れる。なんだか角くんに、余計に気を遣わせてしまった気がする。
俯きかけたわたしの両肩に、角くんの手が置かれる。そうして、角くんはわたしの顔を覗き込んでくると、いつもみたいに微笑んだ。
「大丈夫。できるだけフォローするし、それにその、隣にいるから」
わたしは角くんの顔を見上げて、ほっとしていた。それはきっと、やっぱり我が儘なんだと思うけど。




