21-6 秘密の果樹園にはたくさんの星苺が実る
わたしの手札は「10」「13」「14」「17」「21」それから「25」だった。全体的に魔力が大きい。つまり、後半の手札は小さい魔力の妖精が多いってことだ。
地図を見ながら、どうしようかと考える。数の少ない星苺は諦めて、数の大きい星苺で勝負をしよう。
それから……やっぱり鍵は欲しい。それでうまくいかないこともあったのはわかってるけど、秘密の果樹園に入ってみたい。
「良いよ、始めよう」
キノコの椅子に座って、向かい合った角くんにそう言うと、角くんはにっこりと笑って頷いた。
そして、カードを一枚選んで伏せて置く。
その顔をじっと見る。これは、本当に狙ってるのかな。最初だからとりあえず出してみてる? 手に入ればラッキーくらいには考えてるのかもしれない。
わたしはパスをした。
角くんのカードの魔力は「3」だった。ころんとした姿の小さなネズミ。猫の被り物をしているのがなんとも可愛い妖精だ。
それで二つの星苺は角くんのもの。
二ヶ所目の三つの星苺でも、角くんがカードを一枚伏せてわたしはパス。角くんの魔力は「4」。
二ヶ所とも、様子見みたいなカードの出し方をしている。もしかしたら今回、角くんの手札は全体的に魔力が小さいのかもしれない。
もしそうなら、後半に角くんの手札の魔力は大きくなる。だったらやっぱりわたしも後半に備えて大きな魔力のカードは残しておきたい。
三ヶ所目は星苺六つ。
いつもみたいに角くんが一枚選んで伏せて置いた。今度はわたしも一枚、「17」のカードを伏せる。二枚目は二人とも出さなかった。
角くんの魔力は「7」。やっぱり、角くんは魔力の小さいカードが手札に多かったみたいだ。
そして四ヶ所目の鍵。今度はわたしから。
わたしは「21」のカードを伏せる。角くんも一枚カードを伏せる。わたしは悩んで、二枚目のカードも出すことにした。
角くんは鍵を邪魔しにこないような気はしたけど、でも念のためだ。「10」のカードを選んで伏せる。角くんは二枚目を出さなかった。
結果はもちろんわたしの勝ち。角くんの魔力は「12」で、野菜かごを手にしたネズミの妖精は星苺を一つ持っていた。だから、わたしは銀色の鍵と星苺一つを手に入れた。
前半最後の五ヶ所目。星苺五つ。
わたしは「13」のカードを伏せて置く。角くんが伏せて置いたのは「16」で、これはわたしが負けてしまった。
木の妖精が持っていた星苺一つを角くんに取られてしまう。
ここでは勝つつもりでいたから悔しい。それに、星苺の数は今のところ角くんの方が多い。
それでも、まだ後半で勝てる見込みはあるはずだ。
角くんと二人、だんだんと言葉が少なくなってくる。だと言うのに、何を考えているかは最初の頃よりもずっとわかる気がしてきた。
ああ、角くんの手元のカードはこんな感じかな、とか。本気で考えてくれてるんだな、とか。
きっとわたしの考えてることなんかも、角くんにはわかっちゃってるんだと思う。わたしの手元に大きい魔力が多いとか。秘密の果樹園に入りたいって思ってるとか。
それでもお互い何も言わなくて、ただ顔を見合わせては妖精たちの忍び笑いみたいに、くすくすと笑うだけだった。
後半の新しい手札を確認する。
新しく増えた六枚は「2」「5」「6」「9」「18」「22」。それから持ち越したのは「14」と「25」。
それから星苺を二人で確認する。
一ヶ所目は四つ、二ヶ所目は二つ。三ヶ所目は秘密の果樹園の門。そして、四ヶ所目が四つで五ヶ所目が六つ。
角くんは門を邪魔してくるだろうか。でも、角くんが後半に持ち越したカードは一枚だけ。わたしは二枚持ち越したから、わたしの方がカードの枚数は多い。なんとかなるんじゃないだろうか。
一ヶ所目で、角くんはカードを一枚伏せる。角くんの顔をじっと見上げる。いつもみたいに機嫌の良さそうな顔で、何を考えているかは表情からはよくわからない。
でも、なんとなくだけど、星苺四つ、角くんは本気で狙ってる気がした。
それでわたしもカードを一枚伏せる。魔力は「2」だけど、わたしも星苺が欲しいって気持ちでそのカードを出す。これは大きい数、と自分に言い聞かせる。
緊張で鼓動が跳ねる。それを悟られないように、できるだけなんでもない顔でカードを出す。
角くんはわたしの顔をじっと見て、少し悩んでから二枚目のカードを伏せた。わたしはもちろん、二枚目は出さない。
カードを公開するまでの時間、どきどきと鼓動が収まらない。すごく苦しいのに不思議と楽しい。
角くんの魔力は「23」と「11」だった。わたしは魔力「2」でカードを欲しいフリをして、角くんに二枚のカードを使わせることができた。
うまくいったと思うと、顔が自然と笑ってしまう。
「なるほどね」
角くんがそう言って、溜息をつく。それからわたしを見て、楽しそうに目を細める。
なんだか今、角くんと対等にゲームしているって気がしていた。
二ヶ所目は星苺二つ。角くんはパスをした。カードの枚数が少ないから、星苺二つは諦めたってことじゃないかと思う。
わたしは手札の中で一番魔力が小さい「5」のカードを出して、星苺二つを手に入れた。
そして、三ヶ所目。秘密の果樹園の門。
わたしの手元には門を開くための銀色の鍵がある。門を開いて秘密の果樹園に入ることができれば、星苺が十二個も手に入る。
手札の中から一番魔力の大きい「25」のカードを伏せて置く。角くんはきっと、わたしが秘密の果樹園に入りたがってるってわかってると思う。だったら、変に駆け引きなんかしたってしょうがない。
カードを置いて、角くんを見上げる。角くんはわたしから目を逸らして、何か考えるように黙り込んだ。その表情をじっと見る。
角くんの手元には、まだ大きい数が残っていたような気がする。だから、邪魔されたらわたしは秘密の果樹園に入れないかもしれない。角くんはどうするだろう。
息が苦しいくらいの沈黙の後、角くんは不意に視線を上げてわたしを見ると、にいっと笑った。その笑顔に、わたしは一瞬呼吸を止める。
角くんが、カードを一枚選んで伏せる。大きな手のその指先の動きが、やけにはっきりと見えた。
わたしは今の角くんが笑った意味を考える。
秘密の果樹園に入るのを邪魔できるから? そんなの、これまでだって何度も邪魔された。でも、こんなふうに笑ったのは初めてだ。
「さ、瑠々ちゃんの番だよ。二枚目は出す?」
「待って。今どうするか考えてるから」
そんなやり取りをしながら、もしかして……と角くんの表情を見る。目が合うと、角くんは余裕そうに微笑んだ。
角くんは、邪魔するフリをしてわたしに二枚目を出させようとしてるのかもしれない。と、ふと感じた。
それって、わたしが星苺を十二個手に入れても、角くんは勝てるってことだろうか。
ここまで手に入れた星苺の数はいくつだったっけ。前半の最初は二つとかで、パスして角くんに譲った気がする。二回くらい。
その後、六つを手に入れて、その次が鍵だった。それから五つの星苺では負けたんだった。
そうやって考えると、今のところ星苺の数ではわたしの方が負けている気がする。もちろん、十二個手に入れればわたしの方が勝つけど。
でもその後の星苺は四つと六つ。両方手に入れれば十個になる。
わたしがここで十二個の星苺を手に入れても、角くんがその四つと六つを両方手に入れてしまえば、角くんの方が勝てるってことかもしれない。
角くんはきっと、それを狙っているんだって気がした。
つまり、わたしが秘密の果樹園で大きな数を使ってしまえば、この後の勝負で角くんは楽になる。そうやって四つと六つの星苺を手に入れて勝つつもりなんだ。
自信があるわけじゃない。でもわたしは手札の中で魔力が一番小さい「6」のカードを選んで伏せた。
次の角くんの動きをじっと待つ。角くんが口を開く。
「俺は二枚目は出さない」
その言葉に、わたしはそっと息を吐いた。
そして公開された角くんのカードは「11」。
やっぱり。わたしの考えは当たっていた。角くんは、わたしに二枚目のカードを、魔力の高いカードを使わせたかったんだ。
もちろん、まだ勝負はわからない。この後の四つと六つの星苺を両方角くんに取られたら、きっとわたしは負けてしまう。角くんはそのつもりってことだ。
それでもわたしは、角くんの思惑がわかったことが嬉しかった。
大きな木の老人の妖精と、小さなキノコの妖精が、門の前でわたしを待っている。
わたしは銀の鍵を手に角くんを見上げた。
「収穫、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
角くんはもういつも通りの機嫌の良い顔で、何を考えているのかわからない。でもきっと、まだ勝つつもりでいるってことはわかる。
でもわたしだって。
わたしだって、まだ勝つつもりだ。この後の勝負で、どちらかだけでも星苺を取れたら、きっとわたしが勝てるんだ。
そんなことを考えながら、門に駆け寄って、鍵穴に鍵を差し込む。金属がこすれあう感触を指先に感じながら、鍵を回す。
大きな門をそっと開けて、その隙間から秘密の果樹園に入り込んだ。
たくさんの木が並ぶ果樹園の中で、そこかしこに淡く光る星苺が実っている。妖精たちと一緒にその光を追いかけて、捕まえる。
宝石のような不思議な木の実は、わたしたちの手の中で、星のように輝いていた。




