21-2 星の光の魔力が星苺になる
ルール説明──インストを始めようとした角くんだけど、そんなわたしたちの前に、小さな妖精が現れた。
わたしの前には、小さなキノコの妖精。ぴょこんとキノコの頭を下げてから、わたしに六枚のカードを手渡してきた。
そのカードは、第三資料室で見せてもらった妖精たちのカードと同じものみたいだった。
もう一体、小さなねずみのような姿の妖精もやってきた。そして角くんの前でお辞儀をすると、角くんにカードを手渡した。やっぱり六枚。
角くんがそれを見て、考えるように口元に手を当てる。
「どうやら、今回は俺もプレイヤーみたいだね。瑠々ちゃんと俺との二人で勝負になるみたい」
わたしは角くんの表情を見上げる。
こうやって角くんと競うのは正直に言えば不安だ。角くんと同じプレイヤーで助けてもらいながら遊べる方が安心はできる。
でも、こうやって対戦するのだって、最近はそこまで嫌じゃない。
角くんはわたしを見下ろして、楽しそうな顔で首を傾けた。
「いつも通り、手加減はしないからね」
角くんの言葉に、わたしはちょっと嬉しくなってしまう。
だって角くんが手加減をしないということは、本気で遊ぶってこと。
わたしは角くんとちゃんと一緒に遊んで、一緒に楽しみたくて、そのためにはわたしも角くんも本気で遊ぶ必要があると思っている。
だからつまり──角くんのその言葉は、ちゃんと一緒に遊べるってことだ。
ボードゲームでこんな気持ちになるのが、自分でも不思議なのだけど。
「わたしも、勝てるように頑張る」
わたしの言葉に、角くんは嬉しそうに笑った。
小さな妖精たちが持ってきてくれたものは他にもあった。
大きな紙をいくつ折りかに畳んだもの。広げたら、どうやらこの森の地図みたいだった。
地図のところどころにぼんやりと光る場所がある。不思議なことに、その光は星の光のように紙の上で瞬いていた。そして光の隣には「1」とか「2」とか数字が書かれている。
「じゃあ、インスト……って思ったんだけど。このゲーム、最初に説明するより一回遊んでみた方がわかりやすいと思うんだよね。一プレイ短いし。一回遊んで雰囲気を掴んでからまた遊ぶのはどう?」
「えっと……わたしはよくわからないから、角くんがやりやすいようにしてくれたら良いよ」
角くんは「じゃあ」と言って、人差し指をぴんと立てた。
「このゲームはさっきも言ったけど、星苺っていう特別な果実を集めるゲーム。ゲームの最後に星苺をたくさん持っていた方の勝ち。それは大丈夫?」
「大丈夫」
わたしが頷くと、角くんは立てた人差し指の先を地図に向けた。
「これは、今から収穫できる星苺の場所を示してるんだと思う。数字は、その順番だね。一から五まで、五回の収穫のチャンスがある。一回目の場所は三つ光ってるから、三つの星苺が手に入る。まずはそこまで行ってみよう。えっと、こっちかな」
それで、地図と六枚のカードを手に、角くんと二人で夜の森を散歩することになった。
暗い夜の森だけど、今は妖精になっているせいか、怖くはなかった。木々の隙間から星が降ってきそうなほど明るいし、周囲には妖精たちがたくさんいて、その密やかなお喋りの声が聞こえてきて賑やかだ。
わたしと角くんも妖精の笑い声につられて、くすくすと笑いながら森を歩いた。
「ここだ。あそこ、見て」
やがて、角くんが足を止めて少し先の茂みを指差した。
そこには、ふわふわとした光が三つ、見えていた。
「あれが星苺だ。あれを瑠々ちゃんと俺で取り合う」
「取り合うってどうやって?」
首を傾けて角くんを見上げれば、角くんは手にしていたカードを持ち上げた。
「このカードを使って。カード、というか、カードに描かれた妖精の力を借りてって言った方が良いのかな、世界観的には。本当はテーブルがあると良いんだけど」
角くんがそう言ったとき、わたしたちの足元からキノコが生えてきた。キノコはぐんと大きくなって、あっという間にテーブルと椅子になった。
ぽかんとして角くんと顔を見合わせる。
「キノコ……わたしがキノコの妖精だから?」
「かもしれないね。座ろうか」
キノコの椅子はふかふかと座り心地が良かった。弾むような座り心地を楽しんでいる間に、角くんはインストを再開した。
「星苺は、少なくても二つ、多ければ六つ見付かる。今は三つだね。その星苺を取るために、どの妖精に力を借りるか決めるんだ。力を借りることができるのは、手元のカードの妖精たち。カードは六枚あるから、今はそのどれかだね」
言いながら、角くんは手元のカードから一枚選んで目の前に裏向きに伏せて置いた。
「俺はこの妖精の力を借りようと思う。瑠々ちゃんも、力を借りたい妖精を一枚選んで置いてみて。まだ裏向きでね」
「え、どうやって選んだら良いの?」
「カードの左上の数字がその妖精の魔力。魔力が大きい方が勝ち。今俺が出したカードよりも大きい数字を出せば、あの星苺は瑠々ちゃんのものだ。簡単でしょ?」
角くんの説明に、わたしは手元のカードを見る。小さなキノコの妖精や、トカゲみたいな妖精、木の妖精、姿は様々だ。
魔力の数は「6」「13」「14」「17」「22」「25」になっていて、確かに数が小さい妖精は体も小さいし、数が大きい妖精はなんだか強そうだ。
どれを選べば良いのかわからなくて悩んでしまったわたしに、角くんがふふっと笑う。
「ただの説明だから勝ち負けはあんまり気にしなくて良いよ。気楽にね」
「あ、そうか。まだルール説明なんだっけ。じゃあ」
一番小さい数は不安だからと、二番目に小さい「13」を選ぶことにした。木の手足と木の帽子、葉っぱをまとった木の妖精だ。
「ゲームはこうやって、順番にカードを選ぶことで進んでいく。最初のプレイヤーがカードを選んだら次のプレイヤーが選ぶ。次は二枚目のカードを出すかどうか選べる。俺は今回は一枚だけにするから出さない。瑠々ちゃんは二枚目どうする?」
「えっと……じゃあわたしも出さない」
角くんは頷いて、それから自分の目の前に伏せたカードに触れた。
「それが終わったらカードを公開する」
「わかった」
角くんの指がカードをひっくり返す。それに合わせてわたしも自分のカードをひっくり返した。
ぴちゃり、と水音がして、角くんのカードから小さな魚が出てきた。足ひれに靴を履いてぺたぺたと歩いている。
わたしのカードからも、カードに描かれているのと同じ妖精が出てきた。
二体の妖精は少し向こうの茂みで光っている星苺に向かって進んで、その途中で顔を見合わせた。魚の妖精の方が体が小さい。それでなのか、魚の妖精は水面で跳ねるような動作をして、そのまま消えてしまった。
木の妖精が三つの星苺を摘んで、戻ってくる。そしてわたしのところに三つの星苺を置いて、どこかへ行ってしまった。
「俺が出したのは魔力が『4』、瑠々ちゃんは『13』だから、瑠々ちゃんの勝ち。今回の三つの星苺は瑠々ちゃんのもの」
「わたしの勝ち?」
「そう、今回はね。で、妖精は一回手伝ってもらったらどこかに行っちゃう。二度は手伝ってもらえない」
「つまり、どういうこと?」
「今使ったカードはもう使えないってこと」
わたしたちの目の前で、テーブルに置いたカードがふわりと消えてしまった。
瞬きをするわたしに、角くんが言葉を続ける。
「これで手札のカードはお互い五枚。こうやって、星苺を集める間に手札はどんどん減っていっちゃうってこと」
「そっか。大きい数を先に使ったら後から使えなくなるってことか」
「そういうこと。ばっちり」
そう言って、角くんは立ち上がった。
「じゃあ、次の場所に行こうか」
「待って。星苺、どうやって持っていったら良いかな」
テーブルの上でぼんやり光っている星苺は、名前の通りに苺くらいの大きさだけど、そのまま手で持っていくのは落としそうで不安だ。
振り向いた角くんが、首を傾ける。
「何か入れ物があると良いんだけどね」
「入れ物って言っても」
困って周囲を見回すと、小さなキノコの妖精が茂みから姿を現した。キノコの妖精はわたしと角くんに向かって持っていたものを差し出してくる。
受け取って広げてみれば、それはわたしのワンピースに似た網目模様のバッグだった。
「えっと、ありがとう」
わたしがお礼を言えば、その小さな妖精はすぐに茂みの中に戻っていってしまった。
バッグを手にぽかんとするわたしに、角くんが星苺を持ち上げて渡してくれる。それをバッグで受け取れば、ぼんやりとした光が網目模様を通して見えた。
星苺のその光は、なんだか本当に星の光を捕まえたみたいで、わたしは角くんと顔を見合わせて、またくすくすと笑ってしまった。




