20-5 『明月院』と『報国寺』
次の順番で、ようやく青の『徒歩で移動』を選ぶことができた。角くんに『北鎌倉駅』まで移動してもらう。
その次の順番では青の『観光』も選べた。ここまで順調だ。
「駅の近くに池があったよ。白鷺池だって」
そんなことを言いながら角くんが送ってくれたのは、池のすぐ脇を電車が走っている写真だった。
「散歩してるうちに駅からはちょっと離れちゃったけど」
今度はそう言って、どこか高いところから街並みを見下ろす写真。桜か梅かわからないけど、写真の中にところどころ花の色がこんもりとして写っている。
これが角くんの『観光』なんだ。その写真だけでも、角くんがこの『観光』を楽しんでいるのが伝わってきた。
そして思い出ボードには、観光地のスタンプが四つ並んだ。色は左から緑、青、赤、青。
次は角くんに『明月院』に行ってもらえば青が揃う。その次は赤の観光地に行きたい。
わたしは今はまだ『長谷寺』にいる。ここから赤の観光地まではどうやってもちょっと遠い。何回も『移動』をしないといけない位置だ。
だったら、また角くんに『円覚寺』に行ってもらおうか。でも、それだって一回では難しい。うまく『人力車で移動』できれば良いのかもだけど。
悩んでいる間に次の順番がやってくる。
そしてやりたいと思っていた青の『徒歩で移動』は塞がっていて、角くんは『明月院』に移動できない。『人力車で移動』はできるけど、わたしが移動するとしても、どこに向かえば良いのかなかなか決められない。
「瑠々ちゃん、今なら『報国寺』が空いてる」
わたしが悩んで黙ってしまったからか、角くんが心配そうにそう教えてくれた。
改めて地図を見る。地図の右側の『報国寺』には、さっきまで青のプレイヤーの駒があったはず。青のプレイヤーは『光明寺』に移動していた。
「そうか、タクシーチケット」
今ならタクシーチケットで『報国寺』に移動できる。
その後に角くんに『明月院』で『観光』してもらって、それからわたしが『報国寺』で観光すれば、スタンプの色も揃う。『報国寺』から一マス動けば青の『光明寺』だから、青ももう一つ『観光』できるかもしれない。
「じゃあ今回は、わたしがタクシーチケットを使って『報国寺』に行くね。角くんは青の『徒歩で移動』ができるタイミングで『明月院』にお願い」
「良いと思うよ。そういえば『報国寺』は竹林が有名なんだって。写真見せてね」
角くんは本当にいつも、楽しむことを忘れない。どうしてそんなに余裕を持っていられるんだろう。わたしなんか、ゲームのことですぐにいっぱいになってしまうのに。
きっと隣にいたらいろいろ教えてくれて、もっと楽しく『観光』できたと思うのに。わたしたちはなんでばらばらに『観光』してるんだろう。
それはもちろん、これがボードゲームだからなんだけど。
わたしがタクシーで『報国寺』に移動した後は、角くんは無事に青の『徒歩で移動』で『明月院』に移動できた。その後の『観光』も順調だった。
それで送られてきたのは紫陽花の写真だった。
「すごいね、ここも紫陽花が見所らしいよ」
「写真ありがとう、綺麗だったよ」
「瑠々ちゃんは『長谷寺』で紫陽花見たんだよね。俺も紫陽花見れて良かった。場所は違うけど、同じものが見れて、一緒に『観光』した気分になれた」
わたしは、言葉を止めてしまった。
楽しそうにしてる角くんだけど、いつもみたいにわたしのフォローをしてくれる角くんだけど、わたしと同じで一緒に『観光』できたらって思っていてくれている。
それに気付いたら、なんだか、急に落ち着かなくなってしまった。
黙ってしまったわたしをどう思ったのか、角くんは写真を何枚も撮って送ってくれた。そして何度も「すごく綺麗な場所だよ」って教えてくれた。
最後に送られてきたのは、有名な丸窓の写真。
不思議なことに、窓から覗いた外の景色は秋の紅葉の姿だった。紫陽花と紅葉が同時にあるなんて、これもゲームだからなんだろうか。
「紅葉も見れるなんて思ってなかった」
「わたしも、びっくりした。うん、綺麗。良いな、わたしも見たい」
「雰囲気もすごく良いよ、静かで、落ち着くっていうか」
「うん」
それが五つ目のスタンプ。スタンプの絵は丸窓の姿だった。
次の六つ目は、わたしが『報国寺』で『観光』した。竹林が有名って角くんは言っていたけど、お寺に入ってまず見たのは庭だった。
こういうの、枯山水っていうんだっけ。白い砂と石と苔の庭。歩いてゆけば、苔の中に石塔があったり、お地蔵様が並んでいたりした。
もちろん竹林もあった。真っ直ぐに空に向かって伸びる竹が並ぶ姿を見上げると、なんだか自分がすごく小さくなってしまったように感じる。
そんな写真を何枚か撮って角くんに送る。
「すごいね、『報国寺』も綺麗だ」
「うまく写真撮れなかったんだけど、実物見るとすごいよ。竹がみんなすごく大きいから」
「瑠々ちゃんの写真、雰囲気わかるよ。それに、庭も綺麗だね」
わたしが見た景色を角くんにちょっとでも共有できたのが、なんだか妙に嬉しかった。
本当は隣で一緒に見上げて「すごいね」って言い合えたら良かったと思ってる。でも、こうやって伝わるのも、それはそれで嬉しい。
そうやってお互いの『観光』を終えて、次にどうするかの作戦タイム。
わたしが今いる『報国寺』の隣には青の観光地の『光明寺』がある。地図でそれを確認して、わたしは口を開いた。
「それで、次はわたしが『光明寺』に行けたら、青の観光地を『観光』できるから、それを目指そうと思ってる」
「そうだね。今はちょうど『光明寺』に誰もいないけど、多分取り合いになると思うから頑張って」
「そっか、みんな青の観光地を狙ってる感じ?」
「それはまあ『散策マスター』もあるし。残りの青の観光地は『稲村ヶ崎』だけど、そっちは黄色のプレイヤーが観光した後に緑のプレイヤーが到着してて、多分もう無理なんだよね。だから『光明寺』に入れなかったら、もう青は諦めるしかないって状況」
「え、大丈夫かな」
「どうかな」
いつもの角くんは「大丈夫だよ」って言ってくれそうなものだけど、今は悔しそうな声を出すだけだった。
もしかしたら『光明寺』の観光はすごく難しい状況なのかもしれない。
「でも、とにかく次に順番回ってくるまではわからないし、頑張ってみる」
「そうだね。頑張ろう」
そう言い合ったのだけど、次の順番がくる前に黄色のプレイヤーが『光明寺』に到着してしまった。青の観光地で『観光』はもうできなくなってしまった。
自分の順番で何をすれば良いのかわからなくなって、地図を眺めて悩んでしまう。
ちょうど良くかどうかはわからないけど『人力車で移動』のアクションができる。これでどこかに──でも、どこに行けば良いんだろう。
「『散策マスター』も、七枚目を青にして上下の色を揃えるのも、諦めるしかないね」
「やっぱりそうだよね」
わたしは長い時間悩んでしまっている。長考というやつだ。しかも、どうすれば良いのかわからないまま悩み続けていた。
角くんは明るい声で励ましてくれるけど、ここまでは順調だったのに、と思うばかりでなかなか頭が切り替えられない。
「まあ、本当に目の前だったから悔しいよね」
角くんの言葉に、角くんに見えないとわかっていながら頷くしかできなかった。
そうだ、わたしは悔しいんだ。うまくいかなくて、思う通りにいかなくて、それが悔しいんだ。泣きそうなくらいに悔しい。
「でも、ここから切り替えて立て直すのも楽しいよ」
「角くんだって、うまくいかないときはすごく悔しがって落ち込むくせに」
わたしの言葉はちょっと意地悪だったかもしれない。それでも角くんは、ふふっと笑った。
「それは、まあね。でも、悔しいときに悔しがるのも、失敗したって落ち込むのも、それが楽しいからだよ。ちょっと大袈裟に悔しがったり落ち込んだりすると、それも楽しくなってくるんだ、本当だよ」
「そうなの?」
「そう。それで、落ち込むだけ落ち込んだらそこから切り替えるんだ。どうやって取り戻そうって。その瞬間が、めちゃくちゃ楽しいんだよね」
角くんらしい。そう思ったら少し笑うことができた。
「だから、ここからまた考え直そう。七枚目はもう、瑠々ちゃんが行きたい場所で選んじゃっても良いと思うよ。これはゲームだし、ゲームって結局、そうやって楽しんだ人の勝ちなんだからさ」
「うん……あのね」
「何?」
わたしは息を吸って、思い切って口を開く。
「わたし今、とっても悔しい。うまくいってたのに。『光明寺』も行きたかった。それで『散策マスター』達成したかったし、スタンプの色も揃えたかった。悔しい」
「わかる。俺も悔しい」
わたしが吐き出した悔しさに角くんが同意してくれた。
こうやって、自分が悔しいことを認めて吐き出して、角くんもそれを認めてくれて、そしたらまたどうするか考えられるような気がしてきた。角くんの言う通りに。
「うん、悔しい。でも、最後まで頑張りたい」
「そうだね。一緒に頑張ろう」
声だけでも、角くんが一緒にいてくれるような気がして、心強かった。
すっきりした気持ちで、地図に向かい合うことができた。ここからもう一度、どうすれば良いのか考える。
それができるようになったのは、角くんのおかげ。




