20-3 『あんみつ』と『葛餅』
ルール説明──インストが終わって、そのまま角くんと通話で作戦会議をした。
このゲームは基本的に観光地で『観光』をして点数を増やすものらしい。ただし、それは早い者勝ちで一箇所につき二人まで。
だから、どの観光地から『観光』をするのか、それが大事になってくる。と、角くんは言った。
その考える材料になるのが、モデルプラン。
今回のゲームのモデルプランは、『奥鎌コレクター』と『長谷コレクター』と『散策マスター』と『スイーツマニア』というものだった。
そのうちの二つ、『奥鎌コレクター』と『長谷コレクター』は、コイン三枚で点数になる。
それぞれ必要なコインはまるっきり違っていて、『奥鎌コレクター』は『天園ハイキングコース』と『鎌倉宮』と『報国寺』の三箇所で六点。地図で言えば右側だ。
もう一つの『長谷コレクター』は、大仏様のある『高徳院』と『長谷寺』と『長谷駅』の三箇所で五点。地図で言えば左側。
それから『散策マスター』は青い観光地のコインを四枚集めたら四点。『スイーツマニア』は『あんみつ』と『葛餅』と『パンケーキ』の食べ歩きコイン三つを集めたら五点。
地図上の食べ歩きのマークを眺めたら、『あんみつ』は真ん中近くだけど『葛餅』は右上、『パンケーキ』は下側で、場所がばらばらだった。どれも食べたいけど、これを集めるのは大変そうだ。
「モデルプランに関係する観光地は取り合いになると思う。だからまずは、どれを狙っていくかを考えるのが良いと思う。まあ、俺たちの順番は四番目で一番最後だから、選択肢が残ってない状態かもしれないけど」
「これって、順番が最初の方が有利じゃない?」
「そうなんだよね。その分、手番が後だと最初から点数を持った状態で始まるんだ。瑠々ちゃんは最後だから最初から三点持ってるよ。手番が最初の青のプレイヤーは零点」
画面上では、その青のプレイヤーが『人力車で移動』のアクションを選んで『天園ハイキングコース』に向かう道を進んでいた。
止まったマスで『たい焼き』を食べたらしい。『たい焼き』は一点だ。点数もだけど甘いものが羨ましい。
わたしも食べたい、なんて言ったらまた角くんに笑われそうだ。
誤魔化すつもりはなかったけど、わたしは全然別のことを口にした。
「青のプレイヤーは、『奥鎌コレクター』を狙ってるってことだよね」
「そうだね。『奥鎌コレクター』は点数も高いし」
角くんの嬉しそうな声が返ってくることにほっとする。
その次の黄色のプレイヤーは、いきなり『観光』を選んだ。スタート地点の『北鎌倉駅』も『鎌倉駅』も観光地になっている。その『北鎌倉駅』を観光していた。
「『北鎌倉駅』は青い観光地だから『散策マスター』のために青いコインを集めるつもりなのかも」
角くんの解説になるほど、と頷く。
次の緑のプレイヤーは、移動で一マス進んで『カレー』を食べていた。その様子に、角くんが「んん?」と変な声を出す。
「どうかした?」
「うん、いや、てっきり緑の『徒歩』で『長谷駅』に行くかな、と思ってたから。そうすれば『長谷コレクター』に近付くわけだし」
「食べ歩きって早い者勝ちで一人だけだし、そっちを優先したとか?」
「それでも、モデルプランを狙った方が強いと思うんだけどね、俺は。うーん、でもまあ、それも俺の考えでしかないし、地道に食べ歩きで点数を伸ばすのもありなのかな。俺にはちょっと判断つかないけど」
角くんにわからないなら、わたしが考えてもわからなさそうだ。
「緑の『徒歩』が空いてるから、この後の手番で瑠々ちゃんはいきなり『長谷駅』に行けちゃうけど……どうする?」
角くんの口振りだと、どうやら食べ歩きよりもモデルプランを優先した方が良いらしい。でも、とわたしは地図を見て考える。
「移動って確か、移動先に駒があると、それを飛び越えてもう一歩進めるんだよね?」
「そう。駒は一マスに一つしか入れないけど、そうやって飛び越えて先まで進める。最終的に止まるマスの色と同じ『徒歩』を選ばないといけないけど」
「じゃあ、今動いた緑の駒を飛び越してもう一マス進めるんだよね?」
「そうだけど……瑠々ちゃん、食べ歩きしたいの?」
角くんの面白がるような声に、わたしは口を尖らせた。
「だってここで二マス進めるでしょ、そのさらに一マス先は『あんみつ』だよね。『あんみつ』だってモデルプランの条件なわけだし、狙っても良いかなって思ったんだけど」
ふふっと角くんの笑い声が聞こえた。
「そうだったね。正直『スイーツマニア』は集めるの難しいかなとは思うけど、他の人が集めるのを阻止する意味でも手に入れておくのは悪くないと思うよ」
角くんは穏やかにそう言ってくれたけど、どうにも笑いを堪えている気配を感じる。なんだかわたしが食べたいだけだと思われてそうだ。
実際のところ、食べたいって気持ちはあるにはある。
でもちゃんと、ゲームとしても考えた上での行動ではあるって、角くんにも伝わってるって思いたい。
わたしは散策ボードで緑の『徒歩で移動』のアクションを選ぶ。それからメインボードで移動先を選んだ。
そうしたら、タブレットの画面がナビゲーションのようなものに切り替わった。わたしは立ち上がって喫茶店を出る。
どうやらここからは、実際に歩き回らないといけないらしい。
緑の駒は『鎌倉駅』から一つ左のマス。わたしはそれを飛び越えて、もう一つ左のマスに移動した。
タブレットのナビゲーションに従って、『鎌倉駅』を出て西に歩く。
到着した先には抹茶アイスのお店があった。お店でタブレットの画面を見せれば、抹茶ソフトが出てきた。
思い出ボードの上の段の左端にスタンプが押されたみたいに、ソフトクリームの絵が表示される。なんだか本当にスタンプラリーみたいだ。
写真を撮って角くんに送ってから濃い緑色のソフトクリームを楽しむ。苦味もあるけど甘さとのバランスが良くて美味しい。
「美味しそう」
「うん、美味しい」
「瑠々ちゃんが楽しそうで良かったけど」
「ゲームのことだって、ちゃんと考えてるから」
わたしの言葉に返事はなくて、代わりに笑い声が聞こえてきた。また笑われてしまった。それでも美味しいものは美味しい。
わたしが抹茶ソフトを楽しんでいる間に、他のプレイヤーはアクションを終えていた。
青のプレイヤーが一マス進んで『葛餅』を食べてしまった。『スイーツコレクター』の一つ。わたしが他のものを食べても、もう『スイーツコレクター』は達成できなくなってしまった。
それでもわたしは『あんみつ』を食べることにした。
わたしの一マス隣には『長谷コレクター』の一つ『高徳院』があるけど、そこには黄色のプレイヤーが人力車で到着していたから、もう入れない。
それに『あんみつ』の先は『長谷寺』か『長谷駅』があるから、結局は目的地に近付いているってことだ。
それだけじゃない。このまま『あんみつ』を放っておけば青が『スイーツコレクター』を達成してしまう可能性もあるし、それを阻止するためにも今は『あんみつ』を食べた方が良いって判断した。
ちゃんと考えた結果だ。
「良いな、俺も食べたい」
そんなことを言う角くんに、せめてもと写真を送る。本当に、角くんも一緒だったらもっと楽しかったのに。
「本当は角くんに『葛餅』を食べに行ってもらおうかなって思ってたんだけど」
「そっちは先越されちゃったからね。まあ、仕方ないよ。『あんみつ』は美味しい?」
「美味しい!」
このあんみつは、黒蜜じゃなくて抹茶蜜をかけて食べるものだった。濃い緑色が白い白玉に絡んで色も綺麗。抹茶の苦味とあんこの甘さとアイスクリームの冷たさが口の中で混ざり合って、本当に美味しい。
「俺も一緒に食べたかったな」
「わたしもそう思ってた」
少し寂しそうな角くんの声に同意すれば、角くんは沈黙してしまった。
思えば、さっきからわたしばっかり移動して食べてる気がする。
「ごめん、角くんも移動したり観光したりしたいよね、できるようにするから」
「え、ああ……それは大丈夫。気にしないで良いよ。でも、必要ならいくらでも動くからね」
「うん、ありがと」
「本当に俺は大丈夫だから、瑠々ちゃんはゆっくり味わって」
あ、きっと今、角くんはいつもみたいに穏やかに微笑んでくれてる。
そう想像したら、本当に、今ここでこの味を共有できたら良いのにって思えて仕方なかった。
次の順番が回ってきて、わたしは地図を見て悩むことになった。
わたしが今いる場所の隣は赤の『長谷寺』か緑の『長谷駅』。『長谷寺』にはさっき緑のプレイヤーが到着してしまった。だからわたしが行けるとしたら『長谷駅』なのだけれど、緑の『徒歩で移動』が空いてないのだ。
空いているのは青か赤だけ。でもせっかくここまで来たのだから、せめて『長谷駅』に入るまでは動きたくない。
「俺が動こうか? 隣の『円覚寺』に動いておけば、この後『奥鎌コレクター』に切り替えて動いたりもできるかもしれないし」
角くんに言われてそうかと気付いた。わたしが動かなくても角くんに動いてもらえば良いんだ。
「そっか。青の『観光』も空いてるから『北鎌倉駅』で観光もできるよね」
「青四枚で『散策マスター』を狙う? どっちでも良いよ」
どっちの方が良いんだろうかと頭の中で少し考える。『北鎌倉駅』は確かに青だけど、点数としては一点しかない。
それに、今わたしが目指してる『長谷コレクター』は、どうやら緑と黄色と三人で奪い合うことになってしまっている。だから『長谷コレクター』がうまくいかなかったときのためのことを考えたら良いような気がした。
モデルプランの点数を確認する。『散策マスター』は四点で、『奥鎌コレクター』は六点。だったら六点の方が良い気がする。
「決めた。角くんが『北鎌倉駅』から隣の『円覚寺』に移動するので良い?」
「了解。瑠々ちゃんが決めたなら俺はそれで大丈夫だよ」
「行ってらっしゃい」
それで角くんは移動を始めたみたいだった。
今はどの辺りを歩いているんだろう、角くんは楽しめているのかな。
きっとなんでも楽しんでしまう角くんのことだから、今だって楽しんでいるに違いない。
そう思ったら一人で笑ってしまった。
そして、なんとなく隣を見上げてしまう。本当に、なんでここにいないんだろう。




