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20-1 第三資料室とカマクラ

 平ったい建物の屋根には、木の看板が掲げられている。その看板には毛筆で書いたような白い文字で「鎌倉駅」とあった。

 その看板の少し向こうには、緑色の「江ノ電のりば」という看板も見える。

 現実の街並みに近いせいでなんだか混乱してしまいそうになるけど、ここはボードゲームの中。ゲームの中の鎌倉のはずだ。

 だから、行き交う観光客も全部、ゲームの中のことのはず。

 いつもみたいに隣を見上げたけど、そこに(かど)くんの姿はなかった。周囲を見回してもそれらしい姿はない。いつもなら、近くにいるのに。

 それで、大丈夫って言ってくれるのに。

 どうしようと思って自分の姿を見下ろす。

 白いブラウスの上に赤いカーディガンを羽織っていた。下は七分丈のジーンズと歩きやすそうなスニーカー。背中には茶色いリュックタイプの鞄。

 その鞄を開ければ、中からタブレットが出てきた。ディスプレイをオンにすれば、このボードゲームの地図が表示された。さっき(かど)くんに見せてもらったゲームボードと同じものだ。どうやらルールも確認できるらしい。

 それでも、不安はなくならない。

 今回はわたしだけが入り込んじゃったんだろうか。いつもなら(かど)くんも一緒なのに。

 これまで(かど)くんと別のプレイヤーとして対戦することだってあった。それでも、ゲームが始まる前は隣にいたし、話すことだってできてたのに。

 わたしはタブレットを抱えて、もう一度周囲を見回した。わたしよりずっと背の高い姿を探すけど、観光客の中にもその姿は見付からなかった。




 夏休みが終わって少ししたその日、(かど)くんが持ってきたボードゲームは『カマクラコレクション』というゲームだった。

 黄色い箱には、隅に梅や桜や紫陽花(あじさい)の花が描かれていてカラフルだ。中央には真っ赤な鳥居、隣には大仏様、そのさらに隣には緑の電車。背景には山並み。


「これは『カマクラコレクション』ていう、鎌倉を散歩して観光するゲーム」

「観光すると点数がもらえるとか、そういう感じ?」


 わたしが聞けば、(かど)くんは嬉しそうに頷いた。


「そうそう。観光地ごとに点数があって、うまく観光できればその点数のコインがもらえる。他にも、食べ歩きコインってのがあって、美味しいものを食べると点数になったりとか」


 (かど)くんは箱を長机の上に置いて、その蓋を開けた。カラフルな駒やチップを取り出して、最後にゲームボードを取り出して広げる。


瑠々(るる)ちゃんて、鎌倉は行ったことある?」


 何気ない会話、何気ない質問。だけどわたしは一瞬息を止めて(かど)くんを見上げてしまった。

 夏休み前からずっと、(かど)くんはわたしのことを名前で呼ぶようになった。やめて欲しいとは思ってないのだけれど、なんだか時々落ち着かなくなってしまう。今みたいに。

 (かど)くんは当たり前のような顔で、首を傾けて微笑んだ。

 それでわたしは目を逸らして、行き場のなくなった視線をゲームボードに向けた。

 沈黙が不自然な気がして、慌てて口を開く。ボード上に大仏様の絵が描かれているのが見えた。


「行ったことはあるけど、確か結構前……それに、大仏様を見たくらいかな。確かに大きくてすごかったけど、すごく混んでたなって覚えてる」

「そうなんだよね、鎌倉ってすごく混んでるんだよ。場所によっては混んでてなかなか入れなかったりとかしてさ。だからこのゲームでもそれが再現されていて、混んでてなかなか思う通りに観光ができないんだ」

「せっかくゲームなのに、好きに観光できないの?」

「そこがこのゲームの面白いところでね。この場所の観光したいのに混んでて入れない、なかなか空かない、みたいなところを楽しむゲームっていうか」


 話しながら(かど)くんは、箱からカラフルな駒を取り出した。


「プレイヤーカラー、どれが良い? 赤、青、緑、黄色の四色あるよ。区別用でどれも変わらないけど」


 赤い駒の赤い色が、真っ赤よりも少しピンクがかっていて、花の色のような可愛らしい色をしていた。わたしはそれを指差す。

 それで渡されたのは、四角い駒と、人の形の駒が二つ、それから猫の駒。


「猫の駒、可愛い。これはなんに使うの?」

「これはね、自分の行動を決めるのに使うんだ。猫で決めた行動を、こっちの人の駒をボード上で動かして実行する。四角いのは点数用」

「なんで猫なんだろう。可愛い」

「光明寺ってお寺は猫寺って呼ばれてて、猫がいるらしいよ。他にも猫がいるスポットがあるのかもね、鎌倉に」

「そうなんだ。行ってみたいかも」


 そう言って、手のひらの中の猫の駒をつつく。そしたら耳の奥でにゃあんと鳴き声が聞こえて、その駒がぐっと伸びをするように動いたような気がした。

 それでもう、わたしは『カマクラコレクション』のボードゲームの中だった。




 ボードゲームの中に入って、(かど)くんと会えないのは初めてのことだった。

 動いて探しに行った方が良いのか、このまま待っていても良いのか、それもわからない。たくさんの観光客に押されるように、鎌倉駅の屋根の下まで移動した。

 泣きそうな気持ちで柱にもたれかかる。

 胸に抱えたタブレットが震えたのはその時だった。画面を見れば、通話のマークが出ていた。表示されている名前は「(かど)八降(やつふる)」──(かど)くんだった。

 急いで画面をタップすると、「瑠々(るる)ちゃん?」と電波を通した(かど)くんの声が聞こえてきてほっとする。


瑠々(るる)ちゃんだよね? 今どこ?」

「鎌倉駅みたい。(かど)くんはどこにいるの?」

「俺は北鎌倉駅」

「遠いの?」

「電車だとすぐだよ、大丈夫」


 (かど)くんには声だけでわたしの不安が伝わってしまったのかもしれない。いつもみたいに穏やかな声が帰ってきた。

 いつも(かど)くんが「大丈夫」って言うときの微笑みを思い出して、わたしは少しだけ落ち着くことができた。


「じゃあ、電車に乗って北鎌倉駅に行けば良いの? それとも、(かど)くんがこっちに来るの?」


 わたしの声に、(かど)くんは「うーん」と困ったような声を出した。


「それなんだけど、多分今回は二人別行動なんじゃないかと思って」

「別行動?」


 さっきほっとしたばかりなのに、不安がまた大きくなる。どういうことだろう。

 でも思い返せば、これまでだってスタート地点は同じでも途中は別行動ってゲームもあった。そういうことだろうか。


「このゲーム、一人のプレイヤーに対して観光者の駒が二つあるんだ。片方は北鎌倉駅が、もう片方は鎌倉駅がスタート地点。今の俺たちと同じ状況だよね? それにタブレットの現在位置を見ると、どうやら俺も瑠々(るる)ちゃんも赤のプレイヤーみたいだし」

「えっと……つまり、わたしたちは二つある観光者の駒ってこと?」

「そう。だから、それぞれ別々に動いてゲームを進める必要がありそうだなって思って」

「そんな」


 隣に(かど)くんがいない。それだけでこんなに不安なのに、その状態でゲームを進めないといけないなんて。


「幸い通話はできるし、写真も送れるみたいだし。ちょっと待って」


 (かど)くんの言葉が途切れたかと思うと、今度はメッセージアプリの通知があった。送られてきたのは、写真。

 白い壁に「北鎌倉駅」と書かれた木の看板。


「見れた? 北鎌倉駅はこんなところ」


 (かど)くんはこうやって、大丈夫だって言ってくれてるんだと思った。その気持ちが嬉しくて、わたしはなんとか頷いた。


「うん、ありがとう」

「通話でできるだけフォローするから。インストもこのままやろうと思うけど……どこか座れるところに落ち着いてからにしようか」


 それでわたしは近くにあった喫茶店に入って紅茶を注文した。通話の向こうで(かど)くんもどこかに座ったらしい。

 そうやって、通話でのルール説明──インストが始まった。





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