19-6 『テーマパーク』
夏休み最後の一週間になってしまった。わたしは何よりも宿題を終わらせないといけない。
最後の一週間、水曜日の勉強会で進むページ数が三ページになる。
それから、予定のない宿題の日も三ページ、六が出れば四ページだ。ただし、宿題のサイコロで一か二が出たら、サボってしまう。今までサボるのは一の目だけだったのに、サボる可能性が増えているのだ。
それも考えて、予定をたてないといけない。とにかくまずは、水曜勉強会は必ず参加すると決めてしまう。これで残り五ページ。
二日あれば終わるページ数だけど、サボる可能性を考えたら三日あった方が良いだろうか。四日あっても良いかも、と思うのは心配しすぎかもしれない。
とにかく、宿題のことを考えたら参加できる予定は二つか、せいぜい三つ。よく考えて決めないといけない。
最初はマイちゃんが、月曜日に『テーマパーク』を宣言した。男女同数なら十点、それ以外なら八点。全員が手を挙げた。
全員に十点だから点差が変わらない。でも、参加しないのが自分だけだと、単に自分が点数をもらえないだけだ。だから、参加した方が良かったんだ、と思う。こういう判断は、ちょっと自信がないんだけど。
ハートのシールは、とても迷った。
手を繋いで花火を見たことを思い出すと、ヤツフルくんの隣にハートを貼れなくなってしまう。だってなんだか、そういう思い出を期待してるみたいだって、思ってしまったのだ。
それに、ヤツフルくんの隣には、六つのハートが並んでいる。一番になるためにどのくらいのハートが必要かわからないけど、もうじゅうぶんなんじゃないだろうか。
そんな具合に、頭の中はぐちゃぐちゃだった。ハートはただの点数で、それ以上の意味なんかないってわかっていても、夏休みの思い出が蘇るとなんだか落ち着かない。
結局わたしは、そのハートのシールをマイちゃんの隣に貼った。マイちゃんのハートはこれで三つ目。点数に届くかはわからないのに。
全員で遊びに行ったテーマパークで、みんなでマスコットキャラと写真を撮った。それから、売店で可愛いアイスを買って食べた。
マイちゃんとアイスを一口ずつ交換して、こっちも美味しい、なんてはしゃいだのも楽しかった。
気付けばみんなで観覧車に乗ることになった。二人ずつで、わたしは角くんと一緒だった。
ハートはマイちゃんに貼ったのに、と思ってから気付いた。もしかしたらこれは、角くんが貼ったハートの思い出なんじゃないだろうか。
つまり角くんは今回、わたしの名前──ルルちゃんの隣にハートのシールを貼ったってことだ。
観覧車の中でわたしは角くんの方を見ることができなくて、景色を見る振りをして、ずっと窓の外を見ていた。
ゆっくりと、街並みが小さくなってゆく。もうすぐてっぺんというところで、角くんが口を開いた。
「瑠々ちゃん、俺と乗るの、嫌だった?」
わたしは角くんの方を向けないまま、首を振った。
「その、八降くんが嫌ってわけじゃない、けど」
「なら良かった」
小さくなった街並みは、夏の日差しを受けてきらきらとしていた。少しして、また八降くんが話す。
「夏休み、俺は楽しかったよ」
八降くんの言葉に、視線は外の景色に向けたままだったけど、素直に頷いた。
「うん。わたしも楽しかったよ」
「瑠々ちゃんと一緒に過ごせて、嬉しかった」
その言葉に、わたしは何も返せなかった。振り向くこともできなかったから、八降くんがどんな顔をしていたのか、わからないままだ。
次はケンくん。火曜日に『秘密基地作り』。
男子三人が参加していたけど、わたしは不参加だ。何回も参加すれば点数が増えるから、最後の週の今から参加する意味はないはず。
八降くんはこれで三回目の『秘密基地作り』で、十点になっていた。
その次は八降くんが、『家族旅行(海外)』を水曜から金曜に宣言した。
参加すれば二十四点と【仲良し家族】の称号がもらえる。二十四点は大きいけど、三日も使ったら宿題が終わらない気がする。称号はもう持っているし。
だから不参加にした。手を挙げたのはナオくんとマイちゃんだった。「宿題、大丈夫?」とユッコちゃんが聞けば、ナオくんは「ほとんど終わってるから」と答えた。
そしてわたし。引いたカードは『プール』だった。男女混合なら八点、そうじゃなければ五点。一人だったら二点と称号。
八点をもらうには、わたし以外に男子の誰かが参加しないといけない。みんな宿題を気にしてるし、参加するかどうかはわからない。称号は欲しいけど、確実に一人になれるとも限らない。
わたしの後には、まだナオくんとユッコちゃんの『遊びの約束』がある。ここで『プール』に参加したら、そっちの予定に参加できるかがわからなくなる。
だったら不参加で良いかな、と考えた。
「じゃあ、水曜日にする。『プール』に行く人」
そう宣言して、せーのと声をかけたら、八降くんがすっと手を挙げた。他はわたしも含めて全員不参加だ。
八降くんは、自分一人だけ手を挙げている状況を見て、ちょっと瞬きをしてからわたしを見た。
「瑠々ちゃんは行かないの、『プール』」
「え、だって、水曜日は勉強会の日だし。宿題やらないとだし」
わたしの言葉に、八降くんは口元を覆って目を伏せた。
「そうか、水曜日だったね」
「八降くんは大丈夫なの、宿題」
「宿題は大丈夫、他の日に進めるから。それに、称号欲しかったから、ちょうど良かった」
言いながら、八降くんは自分のカレンダーに『プール』と書き込んだ。新しく増えた金色の称号シールには【河童の末裔】と書かれていた。
「称号四つ目だね」
そう声をかければ、角くんは笑ってるのかどうか微妙な表情でわたしの顔をじっと見た。それから、目を伏せて口を開く。
「本当は、称号より八点が欲しかったんだけど」
「そうだったの?」
「いや、別に、期待してたってわけじゃないけど」
八降くんが何を言っているのかわからなくなってしまった。困って首を傾けると、八降くんはまた口元を覆った。
「深い意味はないんだ。称号も欲しかったのは本当だし」
「えっと……うん」
八降くんは小さく息を吐いてから、またわたしの方を見た。いつもの角くんとはちょっと違う雰囲気の顔。その目を見て、きっと八降くんは負けず嫌いなんだろうな、なんて感じてしまった。
「それに、これで称号の数は瑠々ちゃんに追い付いたよ」
「そうだね。追いつかれちゃった。称号集めるのって大変なんだね」
わたしが持っている称号も四つ。わたしも八降くんもこれで十六点。もう一つ手に入れば二十五点になるんだけど──そこまで考えて思い出す。宿題を三十ページ終わらせたら称号がもらえたはずだ。
そのためにはあと何日必要だろうか。カレンダーを見て、残りのページ数を計算する。
八降くんのふふっと笑う声が聞こえてきた。わたしが何を考えているのか、八降くんにはわかってしまったのかもしれない。
三週間目が終わった時点で、わたしは宿題が十七ページ終わっている。三十ページまで、残り十三ページ。
水曜日の勉強会で三ページ。一日三ページ進めば、残り四日必要ってことだ。もちろん、全部の日でサボらずに宿題を進める必要がある。
でも、この先に称号が手に入るとしたら、もう宿題だけだって気がする。だったら、目指してみても良いような気がした。
そうなると、残り参加できる予定は一日だけだ。よく考えて選ばないといけない。
次のナオくんは、日曜日に『ムシとり』を宣言した。『ムシとり』は、サイコロを振って、出た目で手に入る点数が決まる。
五か六が出たらオオクワガタで十点、二三四ならツクツクボウシで七点、一ならカナブンで三点。
十点を目指して参加しても良いかもしれない。でも、ここで参加したら、次の『遊びの約束』には参加できない。次に何がくるか次第だ。
悩んで、わたしは次を待つことにした。参加するのはナオくんとユッコちゃんの二人になった。
ユッコちゃんがオオクワガタを捕まえて、十点。
それから、ユッコちゃんが火曜日に『ショッピング』を宣言した。夏休み最後の予定。
二人なら十点、そうじゃなければ六点。一人だけだったら二点と称号がもらえる。
わたしは最初から参加を決めていた。そのためにここまで待ったようなものだ。
それに、火曜日は『秘密基地作り』の予定がすでに入っているから、ナオくんとケンくんと八降くんは参加できない。
もしわたしが参加しなければ、ユッコちゃんとマイちゃんが二人で参加になって十点になるかもしれない。
それに、マイちゃんは宿題が大変なはずだから、不参加かもしれない。そうなれば、わたしとユッコちゃん二人参加で十点の可能性もある。ユッコちゃんも不参加なら、わたしは称号が増える。
どうなったとしても、わたしには悪いことはない。
「せーの」
ユッコちゃんの声に合わせて手を挙げれば、ユッコちゃんとマイちゃんも手を挙げていた。三人で顔を見合わせて笑う。
ハートのシールはユッコちゃんに貼った。これでユッコちゃんに三枚目。
新学期から使う新しい文房具をみんなで見て回った。可愛い模様の鉛筆を一箱買って、ユッコちゃんと一本ずつ交換した。
水曜の勉強会に参加したのは、わたしとナオくんとユッコちゃんの三人だけだった。
ハートのシールはユッコちゃんに貼った。これで四枚。でも四枚は少ないのかもしれない。わたしはきっと、ハートの数はうまくいってないんじゃないかって気がする。
火曜日に買った新しい文房具を、ユッコちゃんと二人で早速使ってみた。新しい鉛筆が、なんだかお揃いみたいだねって笑い合った。
そして、宿題の日。わたしは木曜から日曜まで、ずっと宿題をやる予定。四日間だから、サイコロを四つ振る。
出た目の中に一があって、大きく溜息をついてしまった。
一だけじゃない、二もあった。一と二は宿題は進まない。他二つは三と五だったから、宿題は全部で二十六ページまでは進んだ。
マイナスにならなかったのは良かった。でも、三十ページには到達しなかった。称号は手に入らない。
「瑠々ちゃん、ひょっとして三十ページ目指してた?」
八降くんに聞かれて、わたしは素直に頷いた。
「称号が欲しくて」
「称号なら、宿題サボったんだからもらえるよ」
八降くんの言葉に、わたしは首を振る。
「だって【サボリ人】はもう持ってるよ」
「最後の週は、宿題をサボったときの称号も違うんだよ」
「え」
顔を上げて八降くんを見る。八降くんはいつもの角くんみたいに微笑んで、わたしのカレンダーを指差した。新しい金色のシールが増えている。そこには【超サボリ人】と書かれていた。
「じゃあ、称号五つ目?」
「そうだね、二十五点。それに、最後の週は宿題サボったときの点数も一回五点になってるから、瑠々ちゃんは今ので十点も増えてる」
三十ページにはならなかったけど、十点と称号が手に入ったのなら悪くないかもしれない、と気を取り直した。
そうして、夏休みの一ヶ月が終わったのだった。
ここまでの点数は、マイちゃんが百二十点で一番多い。一番少ないのはケンくんで百一点。わたしは百十四点。八降くんはちょっと少なくて百九点だ。
でもここに称号と宿題とハートの点数が足されたら、どうなるかわからない。




