19-5 『花火大会』
夏休みは半分終わってしまった。これはゲームだから当たり前なんだけど、あっという間だった気がする。
三週目はユッコちゃんからだ。
「日曜日に『動物園』に行く人」
ユッコちゃんの宣言に、わたしは少しだけ考える。『動物園』は、男女混合で行くと五点、同性のみなら七点だ。でも、まだ最初の予定だし、みんな参加するんじゃないかって気がした。
手を挙げれば、思った通りに全員参加だった。
ハートのシールは、ヤツフルくんのところに貼りかけて、やっぱりなんだか貼れなくて、マイちゃんの二枚目にした。
ゲームとしては効率が良くないってのはわかってる。でも、なんだかこのヤツフルくんが角くんだと思うと、落ち着かない気持ちになってしまって、駄目だった。
カレンダーに『動物園』と書き込めば、みんなで眺めたペンギンを思い出す。隣にマイちゃんがいて、可愛いねと笑い合って、ふと、マイちゃんが真面目な顔をした。
どうしたのかと思えば、マイちゃんは少し離れたところにいる男子の方を見て、口を開く。
「わたしね、ケンくんのことが好きなんだ」
突然の告白に、わたしは「そうなんだ」と頷くしかできなかった。マイちゃんはそんなわたしを見て、また笑う。
「ルルちゃんは、ヤツフルくんだよね」
「え」
さらに思いがけない言葉に、わたしは何も言えなくなる。
「二人、仲良いもんね」
「そ、そういうんじゃない、と思う、けど」
慌てて口にした否定の言葉は、なんだか弱々しいものだった。ちらりと男子の方を見れば、ちょうど角くんもこちらを見ていて、目が合って、にこりと微笑まれた。
わたしはそれに何も返せずに、目を逸らしてしまった。どうしよう、角くんに変に思われただろうか、と不安になった。
マイちゃんは笑って、またペンギンを指差して可愛いと言って、それで話はそれっきり。
それが『動物園』の思い出だった。
次はマイちゃんが、金曜と土曜に『お泊まり会』を宣言した。男女混合なら十点、同性のみなら十二点。点数は高いけど二日必要だからと不参加にした。参加したのはマイちゃんとユッコちゃんだけだった。
その次はケンくんが、金曜と土曜に『キャンプ』。こっちは偶数人参加なら十二点、奇数人参加なら八点。
わたし以外のみんながこれに参加すれば、わたしは金曜か土曜に称号を狙いやすくなる。そう思って、わたしは不参加を決める。参加したのは、ケンくんとナオくんだけになった。
そして角くんの番。
「『駄菓子屋』に、金曜日行く人」
そう宣言してから、角くんはわたしを見た。金曜日に予定が空いているのはわたしだけ。だからなんだかその宣言は、わたしが角くんに誘われているみたいな、そんな気分になってしまう。
頭を振って、わたしはゲームの方に思考を戻した。『駄菓子屋』は、一週目と二週目に参加したイベントの数が点数になる。数えたらわたしは、七つのイベントに参加してるから、七点てことだ。
もしわたしが参加すれば、七点。わたしが参加しなければ、角くんは一人だから【駄菓子屋ソムリエ】の称号を手に入れる。
あるいは、わたしが参加して角くんが参加しなかったら? そしたらわたしが称号を手に入れるだけだ。
「せーの」
角くんの声に、わたしは手を挙げる。角くんも手を挙げていた。
ハートのシールは、他に参加者がいないからヤツフルくんのところにしか貼れない。これで五枚目。
カレンダーに『駄菓子屋』と予定を書く。店先で、二人で並んでアイスを食べたことを思い出す。
ひさしの陰になったベンチに座って、蝉の声に囲まれて、ベタベタとした赤いアイスは人工的な甘さだった。
アイスの赤い着色料が舌について、角くんは「赤くなってる?」とわたしに向かって舌を出して見せた。わたしはそれを見て「赤い」と笑った。
それでわたしも舌を出して見せたら、やっぱり角くんが「赤い」と笑った。
それから、わたしの番。
引いたカードは『花火大会』だった。男女同数なら九点、それ以外なら六点。わたしは自分のカレンダーを見て考える。
これを土曜日に入れたら、参加できるのは角くんとわたしだけだから、九点になるんじゃないだろうか。
もしも角くんが不参加ならわたし一人。一人だと点数は二点だけど、【線香花火師】という称号が手に入る。どっちになっても悪くない。
「土曜日に『花火大会』」
そう宣言してから、ふと気付く。なんだかこれって、角くんを『花火大会』に誘ってるみたいじゃないだろうか。角くんと一緒に行きたいって言ってるみたいだ。
そう意識したら、角くんの方を見れなくなってしまった。
そういうつもりはなくて、単にゲームのことだけを考えていたんだけど。でも、急にそんなことを言い出すのも変な気がする。
「参加する人、せーの」
角くんの方を見れないまま声を出して、自分の声に合わせて手を挙げる。
確認はしなくちゃと思ってそっと隣を見れば、角くんも手を挙げていた。
角くんがこちらを見る。慌てて目を逸らしてひみつ日記を開く。ハートのシールはヤツフルくんのところに貼って、これで並んだハートが六枚になった。
カレンダーに『花火大会』と書き込んで、夜空に開いた花火と、その音を思い出した。
花火を見にきた人たちの人混みの中、わたしは角くんに手を引かれて歩いていた。
「はぐれるといけないから」
角くんはそう言ったきり、何も言わなかった。わたしも何も言えなくて、角くんの方を見ることもできなくて、うつむきがちに歩いていた。
そのうちに、花火があがる音が聞こえた。つられて、顔があがった。
ぱ、と開くのが見えて、思わず「あ」と声が出た。どん、という音が体に響いた。
角くんは立ち止まっていた。それで、二人で並んで花火を見上げていた。手は繋いだままだった。
「綺麗」
「うん、綺麗」
何があったってわけじゃない。ただ二人で、花火を見上げた。それだけだ。
最後はナオくんの番だった。宣言したのは月火水の三日間で『里帰り』。
三日間で点数は十二点。でも、宿題が三ページ進むし、何より【かわいい孫】という称号が手に入る。今わたしが持っている称号は三つで九点。四つになれば十六点。
水曜日の勉強会に参加できなくなってしまうけど、宿題も少しは進むし、最後に頑張れば間に合うだろうか。
悩んだ末に、わたしは手を挙げた。同じように手を挙げたのはもう一人、角くんだった。角くんもきっと、称号が欲しいんじゃないかって気がした。
『里帰り』は『家族旅行』と同じで、友達と一緒に行くわけじゃないからハートが増えない。ハートのシールを貼らなくて済むことに、わたしは少しだけほっとした。
カレンダーに『里帰り』と書けば、おじいちゃんに買い物に連れていってもらったことや、おばあちゃんに作ってもらったご飯のことを思い出した。家族の思い出と同じで二人とも知らない人だ。それでもこのゲームの中では、それは確かにおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行った思い出だった。
わたしと角くんは水曜勉強会に参加しなかった。宿題のサイコロも一つだけ。
サイコロで一が出なくてほっとする。『里帰り』で進んだ分も合わせて、五ページ進んだ。
宿題は今、全部で十七ページ進んでいる。二十五ページまであと八ページ。最後の週で終わらせないといけない。
点数は、角くんが一番になっていた。八十七点。嬉しいことに、わたしは八十六点でその次だ。次はケンくんが七十八点、ユッコちゃんとマイちゃんが七十五点、ナオくんが六十八点。
称号を一番集めてるのはわたしだから、称号分の点数も足せば、わたしが一番になる。
宿題の進み具合ではどうなるかわからない。それにハートの点数だってある。それでも、勝てるかもしれない、という気持ちになってきた。




