19-3 『BBQ』
月曜と火曜に『家族旅行(国内)』の予定を入れたのは、わたしだけになってしまった。わたしは自分のカレンダーの一週間目、月曜日と火曜日に『家族旅行(国内)』と書き込む。点数は八点。
その瞬間、どこか高いところから眺めた景色を思い出した。知らない男の人が「写真を撮るぞ」と言って、こちらに向かってカメラを構える。知らない男の人なのに、それがお父さんだってわかってしまった。みんなで撮った写真の思い出。
それから、夜の旅館で持ってきた宿題を開いて進めた記憶もあった。やっぱり知らないお母さんに見守られながら。
楽しかった旅行の思い出に戸惑っている間に、順番はナオくんに移ってしまった。
「じゃあ、次の日曜に『BBQ』参加する人! せーのっ!」
わたしは慌てて手を挙げる。それから周囲を見回せば、全員が手を挙げていた。全員参加ってことだ。『BBQ』の点数は、参加人数が偶数人なら六点で奇数人なら三点。今回は六人参加で全員に六点。
「ハートは一つだね」
誰かがそう呟くのを聞いて、わたしはひみつ日記をそっと開く。そこに、赤いハートのシールが一つ挟まっていた。
「このシールを誰かの名前のところに貼るってことみたいだね」
隣の角くんが顔を寄せてきて、小声でそう言った。耳をくすぐる声に、わたしは何も言えなくなって、ただ頷いた。
シールをどこに貼って良いかもわからないし、とりあえず「ヤツフルくん」と書かれた隣に貼っておく。
それから、カレンダーの日曜日の欄に『BBQ』と書き込む。そうしたら、バーベキューの記憶を思い出したのはさっきの家族旅行と同じだ。
みんなで、どこかのバーベキュー場のようなところに行って、バーベキューをした。みんな美味しそうに焼けたお肉を頬張って、笑っていた。
ふと気付いたら隣に角くんがやってきて、ペットボトルを差し出してくれた。
「瑠々ちゃんも飲む? ソーダ」
「ありがとう」
わたしはお皿に食べかけの串を置いて、ペットボトルを受け取る。それで二人で並んでしゅわしゅわと弾けるソーダを飲んでいた。
晴れて良かったな、と青い空を見上げて思った。
「楽しかったよね、『BBQ』」
ナオくんの言葉で、ここが公園の象の滑り台の中だったと思い出す。
「遊びの予定を入れるゲームだけど、予定を入れたらもう遊んだことになるみたいだね」
角くんの声に隣を見れば、目が合う。角くんがさっと頬を染めて視線を逸らしたりするものだから、わたしもなんだか二人並んでソーダを飲んだことを思い出して、落ち着かなくなってしまった。
なんだか変な気分だ。これはゲームなのに。
次はユッコちゃんが土曜日に『ショッピング』。これも全員参加になった。『ショッピング』は参加する人が二人だと七点だけど、今回は人数がたくさんになったから全員に四点。
ハートのシールは、ちょっと悩んでからユッコちゃんのところに貼ってみた。
みんなで雑貨屋さんや文房具屋さんを見てまわった。明るいオレンジのシュシュを「これユッコちゃんに似合いそう」って言ったら、ショートカットのユッコちゃんは恥ずかしそうな顔をして「わたし、髪も短いし、可愛いの似合わないから」なんて言っていた。
ショッピングではなんとなく、男子は男子、女子は女子でかたまって行動していた。お互いに話さないわけじゃないけど。
それでも時々ふと振り返ると角くんと目が合った。目が合うと、角くんはちょっと嬉しそうに笑ってから、すぐに目を逸らした。
その次はマイちゃんの番だった。
マイちゃんのカードは『海水浴』。二日間の予定で、月曜と火曜。わたしはその日にはもう『家族旅行(国内)』の予定が入っているから参加できない。
わたし以外のみんなが手を挙げるかと思ったけど、角くんは手を挙げなかった。
みんなが『海水浴』の思い出を教えてくれるのを、不思議な気分で聞いていた。『海水浴』は男女混合だと十点らしい。だから、わたしと角くん以外のみんなの点数が十点増えたってことだ。
ケンくんは金曜日に『テレビゲーム』を宣言した。わたしは自分のカレンダーを見て、不参加を決める。
そんなに遊んでいたら、宿題がきっと終わらない。
みんな同じように考えたんだと思う。『テレビゲーム』の予定に参加したのは、ケンくんと角くんだけだった。
ケンくんと角くんがサイコロを振る。ケンくんが三で、角くんが五。これでゲームの勝敗が決まったらしい。勝った角くんが六点で、負けたケンくんは四点。
最後は角くんが、『秘密基地作り』の予定を月曜日に入れた。月曜日はもうみんな予定が入ってるから、参加できるのは当然角くんだけだ。
それで角くんは三点を手に入れた。『秘密基地作り』は一回目は三点だけど、二回目の参加だと六点が、三回目の参加だと十点が入るんだと、角くんが教えてくれた。つまり、来週も再来週も『秘密基地作り』に参加すれば、点数がたくさんもらえるようになるってことらしい。
それと、角くんが『秘密基地作り』で手に入れたものはもう一つ。【管理人さん】という称号もだ。
「ほとんどの称号は、みんなで遊ぶ予定を一人で遊んだときに手に入るんだ。だから今みたいに、一人だけ予定を空けておくとか、そういう調整が必要になる感じ。今回は手番が最後だったから、狙ってたんだよね」
角くんの解説に頷きはしたけど、自分ではそんなにうまくできる気がしない。称号を手に入れるのは大変そうだと思ってしまった。
「まあただ、一人だとハートが手に入らないから、そっちでは不利になっちゃうんだけどね」
ハートは一番多い人に点数だから、たくさん集めるなら誰かと一緒に遊んだ方が良いってことだ。
予定を入れるだけのゲームだけど、考えることが多い。
「あ、それに大須さん……瑠々ちゃんも、もう称号持ってるよね。【仲良し家族】」
言われて思い出した。さっきの『家族旅行(国内)』は、参加すれば称号がもらえるんだった。
自分のカレンダーを確認すれば、いつの間にか【仲良し家族】と書かれた金色のシールが貼られていた。どうやらこれが手に入れた称号らしい。
角くんが身を乗り出して、わたしの耳元に顔を寄せた。そのまま、内緒話のような小声がわたしの耳をくすぐる。
「少しだけアドバイスしておくけど、称号は強いんだよ。集めれば集めるほど点数になるから」
「そ、そうなんだ」
ふふっと笑う、その息遣いまで耳に届いてしまった。それからようやく角くんが離れていって、わたしはようやく息をつくことができた。
自分が何に動揺してるかもよくわからないまま、角くんを見る。角くんもわたしを見る。
そして角くんは、嬉しそうに微笑んだ。
「楽しいね、夏休み」
どうしてか、わたしはそれに頷きを返すのがやっとだった。
一週間の遊びの約束が全部終わったら、宿題の時間らしい。
まずは水曜日に予定が入っていない人が集まって、水曜勉強会をする。三点もらえるし、宿題が二ページ進むし、ハートも一つ増える。
このハートはどうしようかと悩んで、わたしはマイちゃんの名前の隣に貼った。
みんなで集まって宿題を進めた記憶を思い出す。休憩して、おやつを食べて、麦茶を飲んで、ちょっとおしゃべりしたりして。
隣に座っていたマイちゃんが、算数の問題を指差して「ルルちゃんてこの問題の解き方わかる?」と聞いてきた。それでわたしはマイちゃんに解き方を教えて、最後に答えを出すことができたマイちゃんが「ありがとう」と笑っていた。
それから、予定が入っていない日は宿題を進める日。宿題の日の数だけサイコロを振る。わたしは二日だからサイコロを二つ。
出たのは五と一だった。五は二ページ進むけど、一はサボってしまって進まない。わたしの頭に、宿題をしようと思いながら漫画を読みふけってしまった思い出が蘇る。
三点と【サボリ人】という称号は手に入ったけど、あまり嬉しくないことになってしまった。
結局、今週進んだ宿題は、『家族旅行(国内)』の二ページと、水曜勉強会の二ページ、それと一人で進めたもう二ページで、全部で六ページ。この調子で間に合うだろうか。
「まだ夏休み始まったばかりだから大丈夫だよ」
そう言って慰めてくれた角くんも、宿題のサイコロで一を出していた。自分の出目を見て、角くんが笑う。
「あー、俺もサボっちゃった」
角くんの笑い声になんだか力が抜けて、わたしも笑ってしまった。それに、自分だけじゃなかったって思って、ほっとしてしまった。角くんには申し訳ないけど。
「宿題、間に合うかな」
「最後の週は宿題も進みやすくなってるから、最後に頑張るってのもありだよ。ただ、最後はイベントの点数も高めに設定されてるから、最後に予定をたくさん入れたいなら先に宿題を進めておきたいところだけど」
そこまで言って、角くんはちょっと言葉を切った。そして、わたしの顔を覗き込んでくる。
「それに、サボるのも悪いことばかりじゃないよ。称号が手に入るわけだし」
確かに【サボリ人】という称号は手に入った。最初は嬉しくないと思ったけど、これも点数になるのかと気付いて、角くんに頷きを返した。
「称号、集めたら強いんだよね。だったらこのまま称号を集めてみようかな」
「良いと思うよ、頑張って。まあ、俺も勝つつもりだけど」
そうやって笑い合って、ようやくこれがゲームなんだって実感が湧いてきた。そうだ、これはゲームだ。ゲームの目的は充実した夏休み、そしてそれは点数を集めるってこと。
一週間目の点数は、二十四点だった。一番点数が高かったのはケンくんで、二十七点。その次は角くんの二十五点。ユッコちゃんとマイちゃんとナオくんは二十三点。
まだみんなの点数差はそんなにない。夏休みの本番はこれからだ。




