18-6 盲目愛薬、つまり材料が欲しい
その後、兄さんは十点の『逢引薬』を完成させた。『助力』も使っていたから差し引きで八点。
「大丈夫、まだ点数差で言えば三点四点くらいだから、ここから追い付けるよ」
角くんはそう言ってくれたけど、それはまるで自分に向かって言ってるみたいだった。
そして、次の角くんの手番で、角くんは薬を一つも完成させられなかった。材料玉は八個も集まったのに。
「『時砂薬』で『多彩歓喜薬』を使えばどっちかは完成できると思ったんだ。材料が余らないところまで頭が回ってなかった」
悔しそうに角くんが呟く。『時砂薬』は、黄色い砂のような見た目だった。一回使用した薬の効果を使うことができる薬なのだそうだ。
「ここじゃない方が良かったのか。いやでも、他はそもそも材料の数が足りないし」
角くんはいつまでもそんなことを言って、抽出器を眺めていた。
「角くん、わたしの順番、進めて大丈夫?」
そっと聞けば、角くんは振り向いて、いつもみたいに笑った。
「あ、ごめん。大丈夫」
「角くんは大丈夫? だいぶ、その……悔しそう」
「うん、悔しい。でも大丈夫。うまくいかなかったから、ちょっと……だいぶ悔しいけど。次で取り戻すから。それに、こうやって悔しがるのだって、楽しいんだよ」
角くんの言葉に、わたしは瞬きを返す。
そういえば、角くんは前にもミスをして落ち込んでいたことがあったな、と思い出す。そういうのも楽しいことだって言ってた。
角くんはボードゲームを遊ぶのが本当に楽しいらしい。勝った時も、負けた時も。うまくいってる時も、うまくいってない時だって。
わたしは角くんを見上げて頷いた。
「わたしも、兄さんに勝てるように頑張ってみる」
「お互い頑張ろう」
そうやって笑い合って、わたしの手番になった。
とは言ったものの、抽出器の色の並びはあまりうまくいってない気がした。取ることができたのは、『助力』も使って、黒三つと黄色二つがやっとだった。
それでも、三点の『時砂薬』を完成させることができた。たった三点だけど、薬はこれで五種類目。
校長先生は、丸フラスコの首に三点のリボンを巻いた後、その杖の先をわたしの胸元に向けた。わたしの胸元が光って、金色の丸になった。金色の丸の周りを赤いリボンがひらひらと飾り、最後に二本のリボンの足。その片方には「4」と書かれていた。
この金と赤のバッジがどうやら『技能トークン』らしい。『時砂薬』は三点だけど、これでプラス四点だ。兄さんには追い付けただろうか。
次のレシピで点数の高いものを選ばないと、と思ったのだけど、一番点数が高いのは六点の『時砂薬』だった。
だったら五点の『盲目愛薬』を選んで完成させたら、二つ目の『技能トークン』になる。そっちの方が良さそうな気がしてそれを選んだ。
わたしが『盲目愛薬』のレシピを選ぶと、いつもみたいに新しいレシピの紙がどこかから落ちてくる。何気なく新しいレシピを見たら、十一点の『知恵薬』だった。そのレシピが欲しかった、と思ってしまったけど、どうしようもない。
兄さんはとても順調そうに見える。『逢引薬』も『助力』も使って、薬を二つ完成させてしまった。
六点の『知恵薬』と七点の『盲目愛薬』、それから五種類目の薬が完成したから『技能トークン』のバッジももらって四点。『助力』のマイナス二点を引いても十五点。
新しいレシピを選ぶときには、悩むこともなく十一点の『知恵薬』を選んだ。
兄さんが『知恵薬』を選ぶと、どこからか新しいレシピが落ちてきた。それは七点の『多彩歓喜薬』で、兄さんは二つ目のレシピにそれを選んだ。
こんな状態で兄さんに追い付けるんだろうか。不安になって角くんをそっと振り返ると、角くんは何か考え込んでいるみたいだった。
角くんは特に、さっきの手番で薬を完成させられなかったから、点数が増えてない。きっと、とても悔しい気持ちになってるんじゃないだろうか。
わたしは自分のレシピを見る。五点と七点の『盲目愛薬』。今はこれを完成させるしかない。
二つ合わせて十二点で『技能トークン』ももらえるから十六点。そう考えれば、そこまで悪くないはずだ。
次の角くんの手番で、角くんは薬を二つ完成させた。十点と八点の『深淵徴集薬』。それが五種類目の薬だったので、角くんの胸にも『技能トークン』のバッジが輝いた。
角くんは今回は『助力』を使わなかったので、この一回で二十二点も点数が増えたことになる。
「これで、なんとか追い付けたと思うんだけど」
追い付けた、と言いながら、角くんのその口ぶりはとても悔しそうだった。次の兄さんの手番でまた兄さんが薬を完成させたら引き離されてしまう、というのはわたしにもわかる。
角くんは六点と九点の『時砂薬』のレシピを選んで受け取った。
そして次はわたしの手番。
五点の『盲目愛薬』は青が三つと黄色が二つ必要だ。
七点の『盲目愛薬』は青が三つと黒が二つと黄色が一つだけど、黒二つ分はすでにフラスコに入っている。
持ち越している材料は赤と黒が一つずつで、今は何にも使えない。
つまり、わたしには青と黄色が必要ってことだ。青と黄色、と呟きながら抽出器を睨む。でも、青と黄色の両方が手に入りそうな場所が見付からなかった。
仕方なく選んで手に入ったのは、黄色が一つと青が二つ。このままだと薬二つどころか、一つも完成しない。
何か薬を飲んだら、と思い付いて自分の作業台に並ぶ薬を見る。残っているのは『深淵徴集薬』と『多彩歓喜薬』と『時砂薬』だ。
角くんの作業台の三角フラスコに青が二つあるから、『盲目愛薬』があればその青がもらえるのに、と思ったところで『時砂薬』の効果を思い出す。
一回使用した薬の効果を使うことができる。つまり、わたしは『盲目愛薬』を使ってるから、その効果が使えるってことだ。
わたしは恐る恐る、その砂のような見た目の薬を口にした。口に入るとほんのり甘くて、ラムネのようにしゅわしゅわと溶けていった。見た目通りに砂みたいだったらどうしようと思っていたから、ほっとして全部飲み切った。
そして、フラスコを置いてから、角くんの前に立った。
「角くん、ごめん。どうしても青が欲しくて」
両手を合わせて角くんを見上げると、角くんは大きな手で口元を覆った。
「瑠々、お前、俺のときと態度が違わないか。俺、謝られた覚えないんだけど」
後ろから兄さんの声が聞こえて振り向く。呆れたような兄さんの表情に口を尖らした。
「兄さんと角くんは違うもん」
「なんだそれ」
わたしは兄さんを無視して、もう一度角くんを見上げる。
「お願い、角くん」
「いや、そんなに言わなくても大丈夫だよ……薬の効果で拒否できないから」
角くんは口元を覆ったままわたしを見下ろして、小さい声でそう言った。そして、反対の手で魔法の杖を振る。
角くんの三角フラスコに入っていた青い材料が、わたしのビーカーに飛び込んでくる。これで、薬が一つは完成できる。
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが半分くらいずつ。その気持ちのまま、角くんを見上げる。
「ありがとう。本当にごめんね」
「いや、ほんと、あの、薬の効果だからね。そんなに気にしなくて大丈夫だから、本当に。薬の効果なんだから」
そう言って角くんは、口元を覆ったまま気まずそうに目を逸らしてしまった。わたしはもう一度「ごめんね」と謝ってから、自分の作業台に戻る。
それで、わたしは角くんのおかげで七点の『盲目愛薬』を完成させることができた。
でも、本当は、もう一つも完成させたかった。こんな調子で勝てるんだろうか。少しは追い付けているんだろうか。




