18-5 一度に二つ、つまり点数がいっぱい
その次はまた角くんの順番──手番だ。
角くんは『助力』で赤を取ってもらって、それから自分では青を取った。ぽん、ぽん、と連続して爆発の音がして、黒が二つ、黄色が二つ弾ける。
前の番から持ち越していた黄色二つと合わせて、黒二つと黄色四つになって八点の『知恵薬』が完成した。
深く透き通った紫色の『知恵薬』は、排出器に並んだ材料玉を一つだけ選んで取ることができるらしい。マイナス点のない『助力』だと兄さんが教えてくれた。
角くんは紫色の『知恵薬』を変な顔で眺めていたけれど、蓋を外したかと思うと、目を閉じてそれを口に当てた。こくり、と喉が動く。
どんな味なんだろう、とわたしはその口元を見詰めた。
一口飲んで、角くんは一度フラスコから口を離した。
「味はなかった……ちょっと酸っぱいにおいがするけど、そういう炭酸水みたいな感じ」
そんな感想を漏らして、もう一度口をつける。薬の効果を使うためには、全部飲まないといけないらしい。
角くんが全部飲みきって息をつくのに合わせて、わたしも息を吐き出してしまった。わたしも飲まないといけないのだろうか、と不安になる。変な味ではないみたいだけど、他の薬はどうなのかわからないし。
薬の効果で、角くんは赤い材料玉を一つ持ち上げた。
角くんのもう一つのレシピは『多彩歓喜薬』というものだ。前の角くんの手番で、黄色い材料が一つフラスコに入って、他の材料が集まるのを待っている。そこに、赤を二つ分と青を一つ分入れて、火にかける。
混ざり合った材料が落ち着いたとき、そこには虹色の薬が出来上がっていた。
つまり、角くんは一回の手番で二つの薬を完成させてしまったのだった。八点と四点で十二点。マイナス二点のメダルも増えたけど、それを差し引いてもこの手番で十点も増えたことになる。
薬の効果をうまく使うことができれば、そうやって一度に二つの薬を完成させることもできてしまうってことみたいだ。
わたしも薬を完成させたい。
そう思って抽出器の材料玉を眺めるけど、うまくいく方法が見付からなかった。
わたしの今のレシピは、青と黒が二つずつ必要な『逢引薬』と、赤が四つ黄色が二つ必要な『深淵徴集薬』の二つだ。『逢引薬』の方は、黒が一つ分だけすでにフラスコに入っているから、残りは青が二つと黒が一つで良い。『深淵徴集薬』は、三角フラスコに赤が三つ分あるから、残りは赤が一つと黄色が三つ。
でも、ちょうど良く材料が手に入る列が見付からない。例えば黒二つと青一つなら手に入るとか、『助力』を使っても爆発させることができないとか、そんな列ばかりなのだ。
うまく薬が使えたらとも思ったけど、完成していて飲むことができる薬は『盲目愛薬』の一つだけ。これは、角くんや兄さんの三角フラスコに材料が入っていないと意味がない。
二人の作業台を見てみたけど、今は兄さんの三角フラスコに青が一つ入っているだけだ。青は欲しいけど、一つしかないのに使うのももったいない気がする。
悩んだ末に、わたしは青い材料玉を魔法の杖で軽く叩く。両側にあった黒がぶつかって爆発する。それから『助力』で青を一つ取ってもらって、集まった材料はようやく青二つと黒二つ。
なんとか『逢引薬』を作ることができたけど、これ一個で四点。マイナス二点のメダルもまた受け取ってしまったから、わたしの点数は合計でも四点しかない。角くんはさっき一気に十点も増やしたのに。
うまくいかなかったという気持ちが顔に出てしまっていたらしい。角くんが「大丈夫だよ」と声をかけてくれた。
「大須さんはちゃんと薬を完成させられてるから大丈夫」
「でも、角くんは十点も増やしてるのに」
「大須さんだって『深淵徴集薬』が完成すれば、そのくらい一気に増えるよね」
「それは……そうだけど」
わたしは角くんに追い付きたい。追い付きたいだけじゃなくて勝ちたい。でも、こんな状態で本当にそれができるんだろうか。
「次のレシピ次第でもあるんじゃないかな。次はどれを選ぶの?」
角くんに促されて、抽出器の隣に置かれているレシピを見比べる。
その中で点数が高いのは十点の『逢引薬』か『深淵徴集薬』だけど、それはもう手元にあるレシピだ。五種類完成を目指したい。
次に点数が高いのは九点の『多彩歓喜薬』。青が三つと黄色が四つ必要で、作るのが大変そうな気がする。特に黄色は、まだ完成していない『深淵徴集薬』でも二つ必要。
でもわたしは、『多彩歓喜薬』を選ぶことにした。きっとこのくらい完成できないと、角くんには追い付けない。兄さんにも勝てない。
そのレシピを手にして振り向けば、角くんは目を細めて面白そうに微笑んだ。
その次の兄さんは、『助力』を使って、十一点の『知恵薬』を完成させてしまった。その『知恵薬』を飲んで、三点の『時砂薬』も完成させる。
マイナス二点のメダルを受け取っても、この手番で十二点も増えている。
兄さんはなんてことないみたいな顔でさらりとやってのける。わたしだけ点数があまり増えてないと焦っていたら、にやにやと笑った顔で振り向かれてしまった。
その顔を見て悔しさが込み上げてくる。わたしも薬を完成させなくちゃ。
順番はまた角くんに戻る。角くんは『逢引薬』を飲んで、『多彩歓喜薬』を飲んで、九点の『時砂薬』を完成させた。
ちなみに『逢引薬』を飲んだ時には顔をしかめて「苦い」と呟いていた。『多彩歓喜薬』は「甘い飴みたいな味」だそうだ。
角くんが薬を飲んでいるのを見て、わたしも薬を飲む覚悟ができた気がする。
自分の手番になって、最初にやったのは『盲目愛薬』を飲むことだった。作らないといけない『深淵徴集薬』は、あと赤が一つと黄色が二つ必要だ。そして、兄さんの三つの三角フラスコにはちょうど赤が一つと黄色が二つ入っているのだ。
思い切って『盲目愛薬』が入ったフラスコに口をつけて、目を閉じて傾ける。
赤い雲のような薬は口の中で甘酸っぱい味を残してふわふわと溶けていった。中に入っていた白い光は、炭酸のように口の中でぱちぱちと弾ける。その刺激に少し怯んだけど、甘酸っぱい味は思ったより心地良くて、全部飲み切ることができた。
空になったフラスコを作業台に置いて、兄さんを振り返る。目が合うと、兄さんは「まあ、そうなるよな」と溜息をついた。
「兄さんの、その材料が欲しいんだけど」
「わかってるよ。薬の効果だ、俺は拒否できない」
兄さんが魔法の杖を持ち上げて三角フラスコの上で大きく振れば、中身が飛び出してわたしのビーカーの中に飛び込んできた。
「やった、ありがとう」
「はいはい、どういたしまして。お役に立てて嬉しいです」
誰かから材料をもらうなんて大丈夫だろうか、と思っていた。でも、実際に兄さんから材料をもらってみて、思ったよりも嬉しかった。
だって、これでちょうどよく薬が完成できるのだ。それに、兄さんの邪魔をしていると思うと、それもちょっと嬉しかった。
兄さんはわたしに邪魔されてどう思ってるんだろうか。それとも、これもゲームだから大丈夫なんだろうか。
ともかく、わたしは兄さんから貰った材料を『深淵徴集薬』の丸フラスコに入れて火にかけた。魔法の杖を振って薬を完成させる。
なんだか海の底みたいな緑色の薬が出来上がった。あまり美味しくなさそうに見える。校長先生がやってきて、その丸フラスコに八点のリボンを巻いてくれた。
わたしの手番はまだ終わってない。次に必要なのは『多彩歓喜薬』を作るための青が三つと黄色が四つだ。
抽出器を眺めても、黄色四つを手に入れられそうな場所が見付からない。仕方ないので、今回は青三つだけでも、と考えた。
青二つ並んでいる上に赤、黄色と並んで、その上に青が見えている。校長先生を呼んで『助力』で赤を取ってもらう。それから自分で黄色を取れば、青が三つ弾けて手に入った。
嬉しいことに、爆発はそれで終わらなかった。青の上にあったのは黄色だった。下に並んでいた黄色二つとぶつかって爆発して、黄色三つも手に入ってしまった。自分で取った黄色と合わせて黄色四つ。
わたしは材料を丸フラスコに入れて火にかける。『多彩歓喜薬』が作れるだけの材料が集まった。わたしも、角くんや兄さんみたいに、一回の手番で二つの薬を作ることができた。
虹色の『多彩歓喜薬』が出来上がって、校長先生に九点のリボンを巻いてもらった。
八点と九点とマイナス二点、今回だけで十五点も増えたってことだ。
「あー、大須さんに抜かれちゃったかな、点数」
「え、本当?」
見上げれば、角くんはちょっと考えてから頷いた。
「多分ね。俺のカウントが間違ってなければ、だけど」
「やった、嬉しいかも」
「『盲目愛薬』が良いタイミングだったよね。これで四種類だから『技能トークン』もリーチだし」
「わたしでも勝てるかな」
「可能性はあると思うよ。まあ、俺も勝つつもりだけどね」
そう言って、角くんは笑った。角くんにそう言ってもらえて、なんだか本当にできそうな気がしてきて、わたしも笑った。
次のレシピは『技能トークン』のために五種類目の薬を選んだ。レシピの中には『時砂薬』しかなかったので、それにする。点数は三点で少ないけど『技能トークン』がもらえるなら四点プラスされる。
もう一つのレシピは、残っている中で一番点数が高かった七点の『盲目愛薬』にした。
これは薬を完成させて点数を集めるゲームだっていうのが、少しわかってきた気がする。




