18-4 魔法薬の完成、つまり点数を得る
わたしはまず、自分の二つのレシピを確認する。
一つは『逢引薬』で、青が二つと黒が二つ必要。完成させたら四点になる。この薬を飲むと、一つの列で隣り合った違う色の材料を一つずつ取ることができると角くんが教えてくれた。
もう一つは『盲目愛薬』。こちらは、赤と黒が一つずつと黄色が二つで、完成させたら四点。この薬の効果は、誰か他のプレイヤー一人から三角フラスコに入っている持ち越している材料を全部もらうことができる、というものらしい。
それから、材料抽出器の材料の並びを確認する。薬を完成させるのが大事だって角くんは言っていた。だから、青と黒の組み合わせ、あるいは赤と黒と黄色の組み合わせで材料が欲しい。
そして、赤と黒と黄色の組み合わせには心当たりがあった。角くんが最初に説明してくれた、一番左の列だ。マイナス二点の『助力』を使うけど、赤と黄色と黒が一度に手に入って、『盲目愛薬』を完成させることができる。
でも、と少しためらう気持ちはある。これは、角くんに教えてもらったことで、自分で考えたわけじゃない。隣に立つ角くんを見上げると、角くんは「何かわからないことある?」と首を傾けた。
わたしは慌てて首を振る。
「そういうわけじゃなくて……大丈夫」
それから、兄さんの作業台の方を振り返る。兄さんは、腕を組んでこちらの様子を見ていたけど、何も言わずに待っててくれた。角くんの説明も、わたしがこうやって考えているのも。
前だったら「遅い」とか「時間かかりすぎ」とか言われてただろうから、今もきっと、我慢して待っててくれてるんだと思う。
アンダーフレームの眼鏡越しに目が合うと、兄さんは目を眇めた。そして、小さく溜息をついて口を開く。
「カドさん、説明が丁寧すぎというか、先回りしてアドバイスしすぎだったんじゃないですか?」
兄さんの言葉に、角くんは気まずそうな表情で目を逸らした。
「いや、さっきのは説明にちょうど良かったからそうしただけでそんなつもりなかったです。それに、手加減するつもりはないですから」
兄さんが肩をすくめて、わたしを見た。
「だ、そうだから、瑠々は気にせずに自分の手番を進めて良いんじゃないか」
そのやりとりで、角くんのさっきの説明が、わたしの薬の完成にちょうど良い色の組み合わせだったのは、偶然じゃなかったのかもしれない、とようやく気付いた。
わたしはもう一度角くんを見上げる。気を遣われていたことは嬉しいけれど、でもそうやって優しくされたことが悔しくもあった。
わたしは角くんに助けられて、ようやく遊べている。でも本当は、対等に、一緒に遊びたい。
角くんは困ったように眉を寄せて、わたしを見下ろした。
「本当に、説明にちょうど良い場所がたまたまその色の並びだっただけだからね。最初って『助力』の使い方に気付けないと苦労するから、それを説明したかったってだけだから」
角くんのその言葉がどのくらい本当のことかはわからない。手加減しないって言うのも、どのくらい本当のことなんだろう。
わたしでも、角くんが心からボードゲームを楽しむ相手になることができるだろうか。いつかそうなれたら、と思う。でもきっと、今のわたしじゃまだ駄目なんだ。
わたしは角くんを見上げて頷いた。
「ありがとう。角くんの説明のおかげで『助力』の使い方はわかったし、わたしもできそうな気がしてきた」
角くんがほっとしたように微笑む。わたしはもう一度頷いて、改めて抽出器に向き合った。
まずは『助力』で校長先生を呼んで、上にある赤を取り除いてもらう。マイナス二点のメダルを受け取る。
それから、自分の魔法の杖の先で、黄色に挟まれた赤を軽く叩いた。ぱちん、と膜が弾けて赤い液体が飛び散るのを慌てて魔法の杖で掻き集めてビーカーに飛ばす。
抽出器の材料が転がって、ぽん、ぱちん、という音とともに、今度は黄色の材料が弾ける。それも魔法の杖を振れば集まって、ビーカーに飛び込んだ。今度は黒。休む間もなく、わたしは魔法の杖で材料を動かし続ける。
その次に転がってきたのはまた黄色で、下にあったのも黄色だったから、また爆発が起きてしまった。
黄色が弾けた次は赤い材料が転がってきた。そして、その列の一番下に残っていた材料も赤。また爆発だ。
ぽん、ぱちん、ぽん、ぱちん、と賑やかで、すごく慌ただしいけど、楽しい。魔法の杖を振ると材料の液体が踊るように集まってビーカーに飛び込んでゆく。わたしは今、本当に魔術学園の生徒なんだって気持ちになってきた。
そうやって集まった材料は、赤が四つ分、黒が二つ分、黄色が四つ分。すごくたくさん集まってしまった。
「すごい爆発の連鎖だったね」
角くんの言葉に苦笑を返す。
「でも、こんなに材料があっても、使い道はないんだけど」
「それでもさ、爆発が連鎖するだけでも楽しいし嬉しくない?」
微笑んだ角くんに顔を覗き込まれる。わたしは自分のビーカーを見て、また角くんを見上げて頷いた。
「確かに。大変だったしびっくりしたけど、楽しかったかも」
「なら良かった。こういうのが楽しいゲームなんだよね」
今度は薬を完成させないといけない。まずは赤を一つ分、黒を一つ分、黄色を二つ分、丸フラスコの中に入れる。
材料は混ざり合わず、フラスコの中で赤い層、黒い層、黄色い層ができてしまっている。それを火にかけて、魔法の杖を振れば、フラスコの中で材料がぐるぐると渦を巻く。それに合わせて杖をぐるぐると回すと、フラスコの中が光り始める。
やがて光が収まって、出来上がったのは赤い雲のような薬だった。赤い雲の中に星屑のようにきらきらとした白い光が浮かんでいて、とても綺麗だった。赤い宝石のような蓋でフラスコに栓をする。
校長先生がやってきてわたしの薬を眺めると、魔法の杖を振って四点のリボンをフラスコの首に巻いた。
マイナス二点と四点で、わたしの点数は二点。角くんと並ぶことができたのは嬉しい。
それに、ちゃんと薬が完成できたっていう手応えもあった。こうやって薬を完成させていくゲームだってことが、ちょっとわかった気がする。
完成した薬を作業台に置いて、今度は残った材料について考える。
残った材料のうち、黒は『逢引薬』に使うので、丸フラスコに移した。それをスタンドに立てると、こっちも早く完成させたいという気持ちになる。
材料の残りは赤が三つ分と黄色が二つ分。次に持ち越せるのはここから三つ分だけだ。どれを残すのが良いのか考え込んでいたら、角くんがそっとアドバイスをくれた。
「持ち越す材料は、次のレシピを見て考えると良いと思うよ」
瞬きをして見上げたら、角くんは照れたように目を伏せた。
「どれを残すのが良いかまでは言わないよ。それは大須さんが考えることだから」
わたしは頷いて「ありがとう」と伝える。角くんはいつだって、わたしがちゃんと楽しめるように考えてくれている。今のわたしには、まだそれは必要なことだ。
抽出器の隣にある新しいレシピを眺めて、わたしは赤三つ分を三角フラスコに移した。残った黄色二つ分は破棄。破棄と言っても、先生が回収してまた材料抽出器に戻すらしい。貴重な材料なのだそうだ。
それでわたしが次に選んだレシピは、八点の『深淵徴集薬』だ。材料は赤が四つと黄色が二つ。
角くんは薬を五種類揃えて『技能トークン』を目指すらしいから、わたしもそれを目指してみることにした。だから十点の『逢引薬』はやめた。
他の薬はどれでも良かったのだけど、点数が高い薬は必要な材料も多くて完成できるか心配だった。だから一番完成しやすそうな、中で一番点数が低い薬にした。
それにこの薬は、抽出器の一番下の段から材料の色ごとに一つずつ取ることができる効果なのだそうだ。うまくいけば四色が一つずつ、四つ手に入る。
このゲームは、結局いろんな色の材料が必要になるから、この効果は便利なんじゃないかと思った。
それでわたしの番は終わって、次は兄さんの番だった。
兄さんは、待っている間に何をやるかもう全部決めてしまっていたらしい。自分の番になって、悩むこともなく、さっと魔法の杖を振るう。
最初に二つ並んでいる赤の片方を『助力』で取ってもらう。その後に残ったもう一つの赤を取る。赤は青二つと青一つに挟まれていたから、青三つがぶつかって爆発する。
それで転がってきたのは赤で下にあったのは黒だから爆発はそれで終わりだったけど、兄さんの目的は赤と青だったらしい。
考える様子もなく、赤二つと青二つの『深淵徴集薬』が完成する。校長先生に四点のリボンを巻いてもらって、兄さんもマイナス二点と四点で二点の得点になった。
兄さんが選んだ次のレシピは十一点の『知恵薬』。点数の高い薬を選ぶのに、ためらうこともなかった。まるで最初から決めていたみたいに。
それを見て、ふと、もしかしたら点数が高い薬を選ばないと兄さんには勝てないのかもしれない、と思い付いた。
でも、完成させないと結局は点数にならないわけだし、まずは完成させるのが大事なはず。でも角くんも点数で選べば良かったって言ってたような気がする。
考えてみたけど、わたしにはどっちが良いのかはわからない。でも、次にレシピを選ぶときには、点数が高いレシピのことも見てみた方が良いのかもしれない。
これで、みんなの最初の行動が終わった。
点数はまだみんな並んでいる。だからここからどうなるかはわからない、はずだ。




