18-3 ささやかな助力、つまりマイナス二点
スタートプレイヤーは角くんで、わたしはその次、最後に兄さんという順番になった。
角くんはいつもみたいに機嫌の良さそうな、楽しそうな表情で抽出器に並ぶ材料玉をしばらく眺めていた。
材料玉はよく見れば、カプセルのような透明な膜の中に色のついた液体が入っているものだった。爆発なんかしたら、液体が飛び散ってしまわないだろうか。それとも爆発というのは言葉だけなんだろうか。
「よし。決めた」
角くんが小さくそう呟いてから、わたしを見て言葉を続ける。
「じゃあ説明を始めるけど、あくまで俺の考えを喋ってるだけだからね。俺だって見落としとかするし、もっと良いやり方とかあるかもだし」
そんな言い訳めいたことを口にしてから、ようやく角くんの説明が始まった。
「そうだな、まずはここ」
角くんは、指揮棒のような大きさの魔法の杖で排出器の一番左の列を指した。
「ここ、下から赤・黄色・黒・黄色・赤・黄色・赤・黒って並んでるよね。で、この次は黄色ってのも見えてる。ここの真ん中の黄色に挟まれた赤を取ったらどうなると思う?」
赤を取る。上から黄色が転がってくる。下には黄色がある。
そこまで想像してから、口を開いた。
「黄色と黄色がぶつかって、爆発するんだよね?」
「そうだね。で、その後は?」
「黄色の上は赤で、下は黒だから、もう爆発はしない?」
「そう、ばっちり。でも、自分で材料を取るより先にこの上にある赤を『助力』で取り除いておくと、どうなると思う?」
わたしは首を傾けて、排出器の材料の並びを眺めた。赤を取る。黄色と黄色が爆発する。次は赤と黒だけど、その赤は先に取り除かれているから、次に転がってくるのは黒。
「あ、黒と黒だから爆発する?」
わたしの声に、角くんは嬉しそうな顔になった。
「そうそう。で、さらにその上には黄色があって、黒の下にも黄色がある。だから『助力』を使ってマイナス二点すれば、それも含めて赤が二つ、黄色が四つ、黒が二つで八つの材料が取れるってこと」
「すごい。そっか『助力』って、そうやって使うんだね」
角くんは笑って、今度は自分のレシピを魔法の杖で指した。
「ただ、俺が作らないといけない薬は、青と黒が二つずつの『逢引薬』か、赤・赤・青・黄色の『多彩歓喜薬』なんだよね。赤と黄色と黒の組み合わせだと、薬が完成しないんだ。黄色が四つもあっても余っちゃうし」
「別に一回で完成させる必要はないんでしょ?」
「そうなんだけどね。でも、このゲーム、薬を完成させるのが大事なんだ。勝ちたいなら、できるだけ毎回薬を完成させた方が良いよ」
「え、そんなに忙しいゲームなの? 思ってたよりも大変そう」
わたしの不安は顔に出てしまったのかもしれない。角くんはわたしを安心させるように笑った。
「それが、結構完成するんだよね。だから、遊んでみたらきっと、薬を完成させるのが楽しくなってくると思う。大丈夫だよ」
「うん……頑張ってはみるけど」
角くんの魔法の杖が持ち上がって、今度は排出器の真ん中あたりを指した。
「で、俺は薬を完成させたいから、今回はここにしようと思ってる」
そこには、下から黄色・赤・青・黒・黄色・黄色・青・黄色と材料が並んでいた。
「ここの上の方にある青を取る。そうすると、上の黄色が転がってきて、下の黄色二つとぶつかって爆発。この上は黒だって見えてるから、黒と黒でまた爆発。この黒の上は見えないけど、もし青なら下の青も爆発する。もし最後の青の爆発がなければ、『助力』でどこかから青を拾えば良いから、どっちにしろ、この黒二つ青二つの『逢引薬』が完成する」
角くんはそうやって説明した後、魔法の杖の先で、青い材料玉を軽く叩いた。ぱちん、と弾けるように表面の膜が破れて、中に入っていた青い液体が飛び出してくる。角くんが魔法の杖を軽く振ると、その液体は角くんの机のビーカーに飛び込んだ。
それから、その上の黄色い材料玉が転がってくる。下の黄色い材料玉とぶつかると、ぽん、という音と共に表面の膜が次々弾けてゆく。三つ分の黄色い液体が飛び出してきて、角くんの机にある別のビーカーに飛び込む。
それから黒い材料玉も同じように弾けて、その後転がってきたのは赤い材料玉だった。それで、角くんの爆発の連鎖は終わってしまった。
「あー、先に下の青を取っておけば赤も手に入ったのか。まあ、それは予想できないから仕方ない。じゃあ『助力』を使って……この端っこの青を取る」
角くんが手を上げると、校長先生がやってきた。
校長先生は、角くんが指した青い材料玉を持ち上げて角くんのビーカーに中身を入れると、角くんに「-2」と書かれたメダルのようなものを渡して去っていった。
「これがマイナス二点ってことみたいだね」
角くんは受け取ったメダルを作業台に置くと、また魔法の杖を振る。その動きに合わせて、黒い材料と青い材料がビーカーから飛び上がってスタンドに乗った丸フラスコの中に飛び込んだ。
「作るのはもちろん『逢引薬』」
材料は重さが違うらしい。フラスコの中で混ざらずに層を作っている。スタンドの下に火を灯して、角くんがまた杖を振る。
さっきまで混ざることのなかった液体がぐるぐると渦を巻き始めて、きらきらと光り始めた。そして、その光が収まると、フラスコの中身は墨のような色に変わっていた。表面が揺れて白く波立っている。
角くんがそれに蓋をすると、また校長先生がやってきた。校長先生はフラスコの様子を観察すると、魔法の杖を振った。どこからともなくリボンが現れて、フラスコの首に巻きついて結ばれる。そのリボンの端には「4」と書かれていた。
「『逢引薬』が完成して、俺はこれで四点。ただし『助力』のマイナス二点があるから差し引き二点だね。さて、後始末」
角くんのビーカーには、黄色い材料が三つ分残っている。角くんはそのうち一つ分をもう一つのフラスコに入れた。
「『多彩歓喜薬』を作るには、残り赤が二つと青が一つ必要だ。今作ったばかりの『逢引薬』を使うこともできるけど、この薬の効果は、隣り合った違う色の材料玉を一つずつ取るっていうものなんだよね。だから。赤と青を一つずつは取れるけど、完成には赤が一つ足りない。だから、今回は使わないでおくことにする」
そう言ってから、角くんは残った黄色い材料二つ分を、一つずつ小さな三角フラスコに移した。
「余った材料は三つ分まで次に持ち越せて、今回は黄色が二つ分残ってるから、それをそのまま持ち越すことにする。で、俺は薬を一つ完成させたから、新しいレシピを選べる」
新しいレシピの紙は五枚あった。『逢引薬』『知恵薬』『深淵徴集薬』『多彩歓喜薬』『時砂薬』。角くんはそれを見比べて考え込む。
「『逢引薬』は完成させると十点もらえるから魅力的なんだけど、できれば五種類作成して『技能トークン』が欲しいんだよね。『多彩歓喜薬』も九点だけど、俺のもう一つのレシピも『多彩歓喜薬』だからこれもやめる。もう一つ『時砂薬』も九点なんだけど、レシピを見ると赤が四つ必要で、俺は『多彩歓喜薬』で赤を二つ集めなくちゃいけなくて、材料が被るのは今は避けたい。だから、この八点の『知恵薬』にしようと思う。材料が黒二つと黄色四つで、黄色なら持ち越してるのが二つあるし、ちょうど良さそう」
そう言って、角くんが『知恵薬』のレシピを取り上げて自分の作業台に置いた。
そうしたら、ひらひらと、新しいレシピの紙がテーブルの上に落ちてきた。見上げたけど、どこから落ちてきたのかはわからない。これも魔法なんだろうか。
落ちてきた新しいレシピは、他のレシピの紙の上に着地した。十一点の『知恵薬』。それを見て、角くんが少し眉を寄せる。その表情に、わたしは瞬きをする。
「何か失敗したの?」
「失敗っていうか……点数が高めのが並んでいるから、大須さんやいかさんに有利だなと思って。だったら俺も点数で選んだ方が良かったかもって……いや、でも、一回選んだものだし、俺はこれでいく」
角くんの後悔は、わたしにはぴんとこなかった。だって、点数が高いものは必要な材料の数も多くて、完成が大変そうに見える。完成できるかどうかわからないものを選ぶのは不安だと思うのだけれど、そういうことでもないんだろうか。
「ともかく、これで俺の手番は終わり。大須さん、イメージ掴めた?」
わたしは首を傾ける。
「なんとなくは……でも、角くんがいろいろ考えてるなってわかったら、わたしにもできるか心配になってきた」
ここまで説明してくれた角くんには申し訳ないけど、角くんの思考がわかればわかるほど、自分にできるのか不安になってくる。
角くんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だよ。それに、大須さんだって、普段のゲームでいろいろ考えてるよね?」
「そうかな」
「長考してるってことは、考えてるってことだよ。あとは慣れの問題。頑張って。まずは一つで良いから薬の完成を目指してみて」
そう言って、角くんはふふっと笑った。
それで、次はわたしの番だった、と思い出す。わたしは魔法の杖を両手で握りしめて、頷いた。
「とにかく、頑張ってみる」
うまくいくか不安だし、自分にも考えることができるのか心配だけど、わたしだってこのゲームを遊んでいる。それに、勝ちたいって気持ちだってある。
せっかく角くんがいろいろ教えてくれたんだから、できるだけ頑張ってみよう、とわたしは自分の作業台の前に立った。




