18-2 魔術学園の最終試験、つまりゲームの舞台
「生徒諸君、これから『真面目な魔女と魔術師のための魔術学園』の最終試験を始める」
集まった生徒たちに壇上から呼びかけるのは、赤いローブ姿の白髪と白髭の校長先生だ。
生徒たちは濃紺のローブを着ている。光の加減で紫色にも見える前びらきのローブの下には、白いシャツに黒いネクタイ。どうやらこれがこの学園の制服らしい。もちろん、わたしも同じ姿だ。
それから手には指揮棒みたいな大きさの木の棒を持っていた。これはどうやら魔法の杖らしい。本当に魔術学園らしい。だったら、今なら魔法も使えるのだろうか。
隣を見上げたら、角くんも同じローブ姿だった。角くんの向こうに立っているのは、どうやら兄さんだ。ちょっと覗き込めば、いつものアンダーリムの眼鏡が見えた。
わたしが落ち着きなく周囲を見回しているのに気付いてか、角くんがちらりとわたしを見下ろして、小さな声で「大丈夫」と囁いてくれた。わたしはそれに頷きを返す。
ぼんやりと自分と周囲の様子を観察している間にも、校長先生の話は続いていた。材料排出器から材料を集めて魔法薬を完成させるのが最終試験の内容だ、というようなことを説明している。
自分が作った魔法薬の使用は自由らしい。魔法薬の使用って、もしかしたら飲まないといけないのだろうか。味が全然想像できなくて、不味くないと良いな、と思ったりした。
「では諸君、頑張って主席を目指してくれたまえ。幸運を祈る!」
そうやって、校長先生は話を締めくくった。
卒業試験は、三人から四人のグループで一つの材料排出器を使うらしい。わたしのグループには、当たり前のように角くんと兄さんがいた。つまり、これからゲームが始まるってことらしい。
材料排出器は、ゲームの中に入り込む前に角くんが見せてくれたのと同じ姿をしていた。
五つの滑り台のような溝が並んでいて、そこに箱がくっついている。ただ、プラスチックじゃなくて木でできているみたいだった。それから、箱の上に並んでいた穴も見当たらない。
五つの溝には、すでにカラフルなビー玉のような材料玉が並んでいた。
排出器を置いたテーブルの周囲に、それぞれの作業台が用意されていた。作業台には、ビーカーや丸フラスコ、小さな三角フラスコなんかが並んでいる。
それから、魔法薬のレシピを二つ受け取る。わたしが受け取ったのは、『逢引薬』と『盲目愛薬』という薬のものだった。
受け取るレシピは生徒ごとに違うものらしい。角くんが受け取ったレシピを見せてもらったら、『逢引薬』と『多彩歓喜薬』というものだった。
名前だけだとどんな薬なのかわからない。
「まあ、まずはインストからだね」
角くんはそう言うと、兄さんの方を振り返った。作業台のビーカーやフラスコを眺めていた兄さんが、顔を上げた。
「俺のゲームだし、インスト俺がやりましょうか?」
「じゃあ、お任せします」
そんな軽いやりとりで、ルール説明は兄さんがしてくれることになった。
「まあ、ゲームの概要はさっきカドさんが言った通りだ。魔法薬を完成させるためにうまく材料を集める。魔法薬を完成させるとレシピの難易度に応じて決められた点数がもらえる。最後に点数の合計が高い人が勝ち。簡単なゲームだろ?」
兄さんに言われて、わたしは頷けなかった。兄さんや角くんが「簡単」と言うときは、だいたい何かすごく悩むことになるからだ。
そんなわたしの微妙な反応を気にすることもなく、兄さんはルール説明を続ける。
「このゲームは、プレイヤー一人ずつ順番に手番が回ってくる。自分の手番では、排出器から材料玉を一つ選んで取らないといけない。パスはできない」
「それって、さっき角くんが言ってた爆発するっていうのだよね?」
「そうだな。これで同じ色の材料玉がぶつかれば爆発が起こって、その材料玉も手に入る。ここは大丈夫だな」
「多分」
さっきの角くんの説明を思い返して、わたしは頷いた。
「どうやらこのビーカー四つは、材料を一時的に入れておくためのものみたいだ。抽出器から取り出した材料は、一時的にこのビーカーに入る。そうやって材料を集めたら、次は魔法薬の作成だ」
わたしは、自分の作業台を見る。四つ並んだビーカーには、それぞれラベルが貼られていた。赤、青、黒、黄色の四色だ。
「魔法薬を作るのは、この丸いフラスコ。自分のレシピの通りに、材料をこの丸いフラスコに入れる。例えば、俺の『時砂薬』のレシピは黒い材料玉が二つ、黄色い材料玉が二つ必要だ。俺が黒い材料玉と黄色い材料玉を持っていたら、丸いフラスコに入れて『時砂薬』の作成を始めることができる。材料が全部揃うまで待つ必要はない」
兄さんは話しながら丸いフラスコを持ち上げて、それからそれをスタンドの輪っかにそっと乗せた。丸フラスコ用のスタンドは、みんな二つずつあるみたいだった。
「一度に作成できる魔法薬は二つまで。レシピ通りの材料が揃えば、その魔法薬の完成。ここまで、大丈夫か?」
「えっと……多分。材料を取ったら、レシピの通りに魔法薬を作るってことだよね」
わたしの確認に、兄さんは頷いた。
「そういうことだ。で、自分の手番では他にできることがある。それが『助力』と『薬品を飲む』だ」
わたしは首を傾ける。『薬品を飲む』はなんとなくわかる。きっと魔法薬を飲むんだと思う。でも『助力』ってなんだろうか。
「『助力』は『教授からのささやかな助力』、先生に助けを求めることができるってことだ。これは、自分の手番のいつでもできる。自分が材料を選んで取る前でも、後でも良い。排出器の材料を先生に一つ取ってもらって、それを手に入れることができる」
「一つ取ってもらう」
「そう。ただし『助力』で取ったときには爆発は発生しない。さらに『助力』一回でマイナス二点だ」
「マイナス二点」
材料を一つだけ取ることの便利さがいまいちぴんとこない。なんにせよ、マイナスになるなら、あまりやらない方が良いってことだろうか。
「『薬品を飲む』はそのまんまだな。自分が完成させた魔法薬を飲むことができる。魔法薬の効果は、後で説明するけど強力なものが多い。注意点としては、魔法薬の効果で排出器から材料を取った場合も、爆発は発生しないってことかな」
「完成させた魔法薬が点数なんだよね。それを飲んでも、点数はなくならないの?」
「魔法薬を飲んでも点数はなくならない。だから、作った魔法薬はどんどん飲んで効果を使った方が得だな」
「そうなんだ」
そういうものかと頷くと、兄さんも頷いて説明を進めた。
「で、自分の手番にやることやできることが全部終わったら手番終了。ビーカーに残っている材料は、次の自分の手番まで持ち越すことはできない」
「できないの?」
「設定だと、取り扱い注意の危険な薬品なんだよ。不安定でずっとそのまま置いておけないんだ。ただし、三つあるこの小さな三角フラスコ、この中なら取っておける。三つなので、持ち越しできる材料も三つ分。ここに入り切らない分は全部破棄」
「そっか、じゃあ、取り過ぎても意味がないんだ」
「材料の破棄が終わったら、次は新しいレシピ。レシピは常に二つ持っておける。だから、完成させた薬があれば、その分のレシピを補充できる。新しいレシピは多分これだな、ここから選ぶことができる」
兄さんが、手にしていた魔法の杖で排出器の隣を指した。受け取ったレシピと同じような紙が何枚か置かれていた。ちょっと見てみたら『深淵徴集薬』とか『時砂薬』とか書いてあった。やっぱり名前だけだと何をする薬なのかわからない。
「あとは『技能トークン』だな。五種類の薬を作るか、一種類の薬を三つ作ると『技能トークン』がもらえる。これは、点数計算のときに四点になる」
「四点」
四点というのが、どのくらいの点数なのかわからない。わたしの『逢引薬』のレシピを見たら、隅に四点と書いてあった。ということは、結構大事な点数なんだろうか。
そう考えると、『助力』のマイナス二点はやっぱりかなり大きい点数のような気がしてくる。
「それから、プレイヤー全員合わせて五個目の技能トークンを獲得したら、ゲームが終了する。スタートプレイヤーの手前までプレイしたら、終了して点数計算。ゲームの流れは以上だな、何か質問は?」
それはなんだか先生のような口振りだった。兄さんもプレイヤーで、だから同じ魔術学園の生徒のはずなのに。
「どうしたら良いのかまだぴんときてはいないけど……ルールはわかった、と思う」
わたしはきっと、不安そうな声を出してしまっていたんだと思う。ずっと黙って兄さんに説明を任せていた角くんが、口を開いた。
「俺がスタピーやりましょうか? それで、大須さんに説明しながら自分の手番やるんで。そうしたら、大須さんも何をやれば良いのかイメージしやすいと思うし」
角くんの提案に、兄さんが「その辺は任せる」と頷く。
わたしは角くんのローブの袖をそっと引っ張った。
「角くん、スタピーって何?」
振り向いた角くんが「ああ」と笑顔を見せる。
「スタートプレイヤーってこと。ピーはプレイヤーのP」
「角くんが最初にプレイするってこと?」
「そう。それで、こんな感じってのを説明するから。そうしたら、大須さんも遊びやすいかなって思って。どう?」
角くんが教えてくれるなら安心できると思って、わたしは頷いた。
「お願いしたい」
「じゃあ、手番は俺から。まあでも、説明するのは最初だけだからね。それに、手加減はしないから」
「うん。わたしも勝ちたいし、勝てるように頑張る」
そう言って角くんを見上げたら、角くんもわたしを見下ろして、それからとても嬉しそうな笑顔になった。




