18-1 爆発の連鎖、つまり面白い仕掛け
日曜日に、角くんが兄さんのところに遊びにきた。
手土産はオレンジとヨーグルトムースのタルトだった。角くんは「簡単なものしか作らない」って言っているけど、なんだかどんどん凝ったものになってきてる気がする。
そして当然のようにわたしも呼ばれて、兄さんの部屋でタルトを食べていた。
兄さんは遊びたいボードゲームがあると言い出したけど、それは霧の中を彷徨うゲームだったり、誰かが殺されるのを止めないといけないゲームだったり、逆に誰かを殺してお金を奪うゲームだったりした。
そんなものを体験したくはないから、わたしはそれを拒否した。そういうゲームを遊ぶなら二人で遊んで、と。
言い合いになったわたしと兄さんの間に、角くんが割って入ってくれた。
「俺が選びますから」
そう言って、角くんは兄さんのボードゲームの棚とにらめっこを始めた。
角くんならきっと怖いのは選ばないでくれるだろうと、わたしはまたタルトを食べる。オレンジとヨーグルトの酸味がとても美味しい。
一年生の最初の頃は、それでも角くんの気遣いはどこかずれていて、「逆に追いかけるゲームなら怖くないかと思って」とか言いながらホラーゲームを持ってきたり、「そんなに怖くないから」などと言ってお化けが出てくるゲームを持ってくることもあった。
だというのに、こんなふうに「角くんなら大丈夫」って思えるようになったのはいつからだろうか。思い返しても、なんだかもうずっとこうやって遊んでいるような気がして、答えはわからない。
タルトをもう一口。タルト生地が口の中でほろほろと崩れて、ムースの滑らかさがそれを包み込む。酸っぱさは刺激的で、でも甘さは優しい。
そうやっているうちに角くんが棚から取り出して持ってきたのは、なんだかやたらと賑やかな色合いの箱だった。
ピンクの雲──煙かもしれない──を背景に、緑色の文字で『ポーション・エクスプロージョン』と書いてある。その下には、赤いローブを着た白い髪と白い髭の人が、何やら実験器具のようなものを手にしている。
その手の器からたくさん繋がったフラスコに注がれるのは緑色の液体。それはフラスコの中で赤紫色になる。そして、そのフラスコから白い飛沫が飛び出して、それが上のピンク色の雲になっている。
背景には黒板。白いチョークでフラスコの絵だとか、何か丸いものだとか、読めないけど文字らしきもの。あとは、液体が入ったらしきたくさんの丸い何か。
「ふうん」
値踏みするように目を眇めて、兄さんがその箱を眺める。角くんはその視線を気にしていない様子で、いつも通りに機嫌の良さそうな顔で口を開いた。
「いかさん、『ポーション・エクスプロージョン』持ってたんですね」
「第二版出たときに。排出器がプラスチックになったって聞いて、だったら持っておいても良いなって思って」
そんな会話を交わしてから、角くんはようやく兄さんの顔色を伺うように、おずおずといった様子で目を伏せた。
「いかさんの気分としては、このゲームどうです?」
「俺が今遊びたいゲームはさっきも言った通りなんですけどね。まあでも、楽しいゲームですよね、これも。良いですよ、このゲームで」
「良かった」
ほっとしたように微笑んでから、角くんはわたしの隣に座って、わたしの前に箱を差し出した。わたしはその賑やかな箱絵をもう一度眺めてから、角くんをそっと見上げた。
「どんなゲームなの?」
「舞台は魔術学園なんだ。そこの生徒になって卒業試験を受ける。卒業試験は、魔法薬を調合すること。魔法薬の材料を集めて、魔法薬をたくさん作って、たくさん点数をもらえた人が主席として表彰される、つまり勝ちってゲーム」
「魔法の薬を作るってこと?」
「そうだね。薬はレシピが決まっていて、そのレシピ通りに材料を集めるのがゲームの内容。材料集めが面白い仕組みになっててね。開けてみて大丈夫?」
問いかけられて頷けば、角くんは嬉しそうな顔でテーブルに箱を置いて、その蓋を開けた。
蓋の下から出てきたのは、まずは箱より一回り小さい、箱と同じデザインのルールブック。角くんの大きな手がそれを持ち上げる。
ルールブックの下には、ピンク色の内箱の仕切りに何かのタイルやチップが綺麗に収まっていた。そして、箱の大部分を占めているのは、茶色い箱のようなものだった。
箱の上の端っこに四角い穴が五つ並んでいる。その穴の反対側、箱の側面から飛び出した部分には五つの溝が並んでいた。その溝には傾斜があって、なんだか滑り台が並んでいるみたいに見えた。
「これが、材料排出器」
「材料排出器?」
何をするものなのかわからなくて、角くんの言葉をただ繰り返す。角くんはゲームの箱から、その茶色い排出器を取り出した。
箱の裏側に空いていた穴に指をかける。それは引き出しだった。その引き出しの中には、たくさんのいろんな色のビー玉が入っていた。
「このビー玉が材料玉。魔法薬の材料だね。これを、この上の穴から入れるんだ」
言いながら、角くんは箱の上で引き出しを傾けた。たくさんのビー玉が箱の上に転がり出てくる。そうやって転がって、すぐに上の穴から落ちてゆく。落ちたビー玉は、箱の中で転がって、側面の傾斜から転がり出てきた。
やがて、カラフルなビー玉が五列の溝にぴっちりと並んだ。
「こうやって出てきたビー玉を選んで取る。一つ取ると、上から新しいビー玉が転がってくるって仕組み」
「なんでわざわざこんな仕組みになってるの?」
「そこがこのゲームの面白いところなんだよ」
角くんはふふっと笑うと、並んだビー玉の一つを指差した。
「例えば、ここの赤いビー玉を取るとするよね」
そう言って、そのビー玉を一つつまみあげる。そうしたら隙間ができた分、上に並んでいたビー玉が転がってきた。そして、かちんと小さな音を出して、下に並んでいたビー玉にぶつかった。
「赤いビー玉を取ったことで、ビー玉が転がってきたよね。この時、ぶつかったビー玉が同じ色どうしなら爆発が起きるんだ」
「爆発?」
不穏な響きの言葉に、わたしは顔をしかめてしまった。角くんは安心させるように微笑む。
「爆発って言っても、怖いことはないよ。逆に、プレイヤーにとっては嬉しいことなんだ。爆発が起こると、そのぶつかったビー玉と並んでいる同じ色のビー玉が全部手に入る。今回は、下に黒いビー玉が二つ並んでいて、そこに上から黒いビー玉が一つ転がってきたから、この三つの黒いビー玉を全部もらえるってこと」
ひょいひょいひょいと、角くんがそのビー玉を次々につまみあげる。そうやって次に転がってきたのは、黄色いビー玉だ。そして、そのぶつかった先も黄色いビー玉だった。
「そして、爆発は連鎖するんだ。今度は黄色いビー玉どうしがぶつかったから、この黄色いビー玉二つも手に入る。こうやって、できるだけたくさんの材料を集めて、自分の魔法薬の完成を目指すってゲーム」
「そっか、うまくいけば一度にたくさんの材料が手に入るってことか」
「そう。魔法薬を完成させたらいろんな効果が使えるようになるから、そんな効果も組み合わせて、一度にできるだけたくさんの材料を集められるように考えるのが、このゲームの面白いところ」
角くんが首を傾けてわたしの顔を覗き込んで、「どうかな」と小さな声で問いかけてきた。
それに「良いよ」と頷く前に、耳の奥で「生徒諸君」と呼びかける声が聞こえた。それでもう、わたしは角くんと兄さんを巻き込んで、ゲームの世界の中に入り込んでしまったのだった。




