17-6 スミレ:ずっと誠実でいます
角くんが差し出してきたのはピンクの『フロックス』の『花束』。効果はないけど、ハートが二つ。
この『フロックス』を受け取れば二点。
でも、ともう片手にぶら下がっている銀のロケットペンダントを見る。こっちの中身はなんだろうか。角くんはどうして二点の『フロックス』を花束にしたんだろうか。
考えていることがわからないかと思ってちらと見上げる。角くんはいつもみたいに機嫌が良さそうな顔をしていて、何を考えているかよくわからない。
「俺としては、まあ、どっちでも良いかなって感じなんだけどね」
角くんの言葉にわたしは瞬きをした。
「今の、ヒント?」
「ヒントかもしれないし、単に惑わせることを言ってるだけかもしれない。さ、どうする?」
角くんはこうやって、面白がっているそぶりで、わたしにヒントをくれているんじゃないだろうか。わたしがすごく悩むから。
わたしは溜息をついて、ピンクの『フロックス』を見る。
花が持つ効果は強い。さっき角くんが点数で勝ったのは、花の効果のおかげだ。もちろん、うまくいかなければ点数にはならないけど、でも勝つためには効果をうまく使えないといけないんじゃないだろうか。そう思った。
だから、これは賭けだ。効果もわからない『思い出』の花を選んで、その効果に賭けてみる。
わたしがロケットペンダントを受け取ると、角くんは楽しそうに笑った。ペンダントトップを開いて中を確認する。その『思い出』の花は紫の『スミレ』。効果は「あなたの紫の花1つにつき+1点(これを含む)」。ハートはない。
わたしはこの後、紫の花を集めたら良いってことだ。ペンダントを握り締めて角くんを見上げる。角くんも何も言わなくて、だからそのまま二人で見詰め合ってしまった。
二人の間にあるのは「私たちの心は繋がっている」というメッセージの『フロックス』の花束。
それから、紫の『スミレ』のメッセージは「ずっと誠実でいます」。
紫の『ワスレナグサ』と『ピンクのヒエンソウ』。『ピンクのヒエンソウ』は、あとで花を交換できる効果だ。
きっと『ピンクのヒエンソウ』を『花束』にしたら、角くんはこっちを選ぶような気がする。そのくらい便利な効果なんじゃないだろうか。
じゃあ『ピンクのヒエンソウ』を『思い出』にする? 『ワスレナグサ』を『花束』にしたら、角くんは『花束』を選ぶだろうか?
そう思ったのだけど、紫の『ワスレナグサ』の効果が「これに隣接している花のハート1つにつき+1点」だと気付く。これが角くんのところにいったら、『フロックス』のハート二つが二点になる。
結局、角くんがどっちを選んでも、角くんの有利になってしまう気がした。だったら、紫の花がわたしのところにくる方が良い。
覚悟を決めて、わたしは『ピンクのヒエンソウ』を『花束』にする。
わたしが差し出す花束を見て、角くんは選ぶのを少しためらった。
「『ピンクのヒエンソウ』の効果、強いと思うよ。良いの?」
角くんの気遣いに、わたしは少し唇を尖らせる。わたしがゲームに慣れてないから、すごく悩むから、角くんはこうやってヒントを言ってくれる。
それは角くんの優しさだし、嬉しいけど、でもわたしは角くんとちゃんと遊びたい。ちゃんと遊んで勝ちたい。
そんな気持ちで角くんを見上げた。
「そう思うなら『思い出』を選んでも良いよ」
角くんはびっくりしたように何度か瞬きをした。わたしがそんなことを言うなんて、思っていなかったんだと思う。でも、それから面白そうにふふっと笑った。
「そういうことなら遠慮なく」
角くんがわたしの手から『ピンクのヒエンソウ』の『花束』を受け取った。
次に角くんに差し出されたのは、白い『ラン』の花束。好きな色の花として数えられる効果があるから、これがあれば『スミレ』の点数が増える。
選ばされている感じがして、素直に受け取れない。ためらっていたら、角くんが口を開いた。
「大須さんにとっても悪くない選択だと思うんだよね。少なくとも、こっちよりは」
そう言って、角くんは反対の手に持ったロケットペンダントを揺らした。
きっとあの『思い出』の花はきっと、角くんが欲しい花なんじゃないかって気がした。
だったら『思い出』を選ぶ? でもきっと、わたしにとっては『ラン』の『花束』の方が良い選択肢なのも本当なんじゃないかって気がする。角くんはきっと、嘘を言っていない。
角くんの邪魔のためだけに『思い出』を選んでも、それで自分の点数が伸びなければ、結局は勝てない気がする。
わたしは結局、『ラン』の『花束』を受け取った。
最後の二つの花は『赤いチューリップ』と『赤いバラ』だった。わたしが手に入れたとして、赤い花一つで一点の『赤いチューリップ』なら一点、ハート一つで一点の『赤いバラ』なら二点。
どちらかと言えば『赤いバラ』の方が点数が高い。これを『花束』と『思い出』どちらにすれば良いだろうか、と考える。考えて、角くんが受け取るとしてもわたしと状況は変わらない、と気付いた。
角くんにとってどちらもそこまで欲しい花じゃないような気がする。わたしにとってそうであるように。どちらかと言えば、点数が高い『赤いバラ』の方が良い、くらい。
そういうときに角くんはどう動くだろうか、とこれまでのことを思い返す。それでわたしは、『赤いバラ』を『花束』にした。
「ごめん、これで最後だから、ちょっと考えさせて」
わたしが抱える『赤いバラ』の『花束』を見て、角くんは小さくそう言った。わたしは頷く。
「わたしはもっと待ってもらってるし、大丈夫」
角くんはちょっと笑うと、口元に手を当てて『花束』を見下ろして黙り込んだ。大丈夫、とは言ったけれど、どきどきしながら角くんを待つ。
こういうとき、角くんはわからない方を選ぶような気がした。わからない方というのは、何かの可能性がある方だ。『赤いバラ』でも良いけど、もっと良いものがあるかもしれない、という可能性のこと。
だから『赤いチューリップ』を『思い出』にした。
黙って悩んでいる角くんを見上げると、目が合った。角くんはふわっと笑って、わたしの手から『思い出』のロケットペンダントを受け取った。
「こっちにする」
わたしは小さく息を吐いて力を抜いた。
「わかった」
何事もなかったように頷くつもりだったけど、声が震えてしまった。角くんはペンダントトップの中身を確認して、小さく「なるほどね」と呟いた。
やっぱり負けてしまっているのかもしれない。
でも、まだわからない。わたしは『赤いバラ』の『花束』を抱えて、角くんを見上げる。目を逸らさずに。




