17-5 キンギョソウ:あなたは裏切った
次のゲームはわたしから。わたしの前には『ヒナギク』と『アマリリス』がある。
白い『ヒナギク』の効果は「あなたのハートの無い他の花1つにつき+1点」で、赤い『アマリリス』は「あなたの花束の花1つにつき+1点」だ。どちらもハートはない。
やっぱり最初って難しい。少ない情報の中でえいやって決めないといけない。
わたしはしばらく悩んでから『ヒナギク』を『花束』に選んだ。深い理由があったわけじゃない。『アマリリス』を『花束』にしたら、効果で一点。そのまま差し出したら角くんが受け取ってしまうんじゃないかって思ったのだ。そしたら角くんに一点ってことだ。
それでわたしは角くんに『ヒナギク』の『花束』を差し出す。角くんは口元に手を当ててちょっと考えた後に、銀のロケットペンダントの『思い出』を手にした。
この結果がどうなるか、わたしにはまだわからない。
次は角くんが、白い『ラン』の『花束』を差し出してきた。好きな色の花として数えることができる便利な効果の花。それに、ハートが一つ。
わたしの手元には『ヒナギク』があるから、ハートはなくても良い。それに『ラン』の効果が必要な花も今のところは手元にない。
でも、わたしが『思い出』を選べば角くんのところには『花束』がいく。角くんは『アマリリス』で『花束』が点数になるから、それを阻止するために『花束』を選んだ方が良いんだろうか。
選ぶのをためらって、そっと角くんを見上げる。角くんは静かに微笑んで首を傾ける。
「選んで、大須さん」
「わかってる。わかってるけど」
白い『ラン』のメッセージは「あなたは魅力的」。わたしは悩んだ末に『思い出』を選ぶ。
銀のペンダントトップを開けば、そこには『赤いバラ』。効果は「あなたのハート1つにつき+1点」だった。『ヒナギク』の効果とまるっきり逆だ。
わたしは『ラン』にハートがあるから迷った。それでそっちを選ばなかった。でもそれは、角くんに選ばされたんだ、とそこで気付いた。
さっきはわたしの思った通りに角くんが選んだ。今回のこれは、角くんが思った通りにわたしが選んだんだ。そうやって、角くんは自分のところに『花束』がくるようにしたんだ。
角くんを見たら、角くんは『ラン』の花束を手に楽しそうに目を細めた。『赤いバラ』のメッセージは「愛しています」で、わたしは角くんから目を逸らしてしまった。
華やかなバラのにおいに、なんだかもう負けた気分になってしまった。
次はわたしが差し出して角くんが選ぶ番。きっとわたしが何を差し出しても角くんは『花束』を選ぶと思う。
だったら、わたしが欲しい花を『思い出』にすれば良い、と気付いた。
花はピンクの『フロックス』と黄色の『スイカズラ』だ。『フロックス』は効果がないけどハートが二つ。『スイカズラ』はハートが一つで、効果は「あなたの花束の、これに隣接してる花1つにつき+1点」だ。
隣接というのは、一つ前か一つ後に選んだ花のことらしい。つまり『スイカズラ』の効果は、一つ前か一つ後に選んだのが『花束』なら点数になるってことだ。これを『花束』を集めている角くんに渡すのはよくないだろうか。
でも、わたしが『スイカズラ』を持っても点数は伸びないような気がする。それよりもハートが二つの『フロックス』なら二点、さらに『赤いバラ』の効果で二点だ。
わたしは『スイカズラ』を『花束』に選んで、角くんに差し出した。角くんはためらうことなく『花束』に手を伸ばして、でも受け取る前に少し止まった。
そのまま、角くんがじっとわたしを見下ろす。何も言わない。落ち着かない気持ちで、わたしも角くんを見上げる。『スイカズラ』のメッセージは「私たちは愛で縛られている」。
そうやって見詰め合っていたのは何秒か、角くんは結局『スイカズラ』の『花束』を受け取った。わたしは『思い出』のロケットペンダントを握り締めた。『フロックス』のメッセージは「私たちの心は繋がっている」。
次が最後、角くんが差し出す番だ。わたしはここで『花束』を選んで、角くんが『花束』を集めるのを止めたい。そう決めていた。
角くんが差し出してきたのは、赤い『ツバキ』の『花束』だった。ハートは一つ。効果はなし。メッセージは「あなたはわたしの心の炎」。
わたしがその『花束』を悩むことなく受け取ったからだと思う、角くんはちょっとびっくりした顔をした。それから、手に残ったロケットペンダントを握って、にいっと笑う。
その表情に、わたしはまた選ばされたのかもしれない、と気付いた。あの『思い出』の花は、何かすごいものなのかもしれない。
でも、でも、ここでわたしが『思い出』を選んだら、角くんの手元には『花束』が残って、それって角くんには点数になるってことだ。
それにもう、わたしは『ツバキ』を受け取ってしまった。大丈夫、これで良い。そう思って角くんを見上げると、角くんはそれはそれは楽しそうに笑っていた。
「え、何、その効果」
花が四つ揃って披露の準備、角くんの花の効果にわたしは思わず声をあげてしまった。
最後に角くんの手元に残った『思い出』の花は『キンギョソウ』で、その効果は「披露の準備:あなたの花を2枚まで、それぞれ花束から思い出へ、または思い出から花束へ移動してよい」というものだった。
「引きが良かったんだよね。最後にこれ引けたから、勝ったなって思って」
角くんはそんなことを言って、楽しそうに笑った。『キンギョソウ』のメッセージは「あなたは裏切った」だ。
その効果の通り、角くんの手にあった二つのロケットペンダントが『花束』に変わる。赤い『アマリリス』、白い『ラン』、黄色い『スイカズラ』、紫の『キンギョソウ』。角くんは色とりどりの花束を腕に抱える。
「『花束』が四つになったから『アマリリス』で四点。『ラン』はハート一つで一点。『スイカズラ』はハート一つで一点と、両隣が『花束』で二点。『キンギョソウ』はハート一つで一点。合計で九点」
機嫌良さそうに角くんが『花束』の花を一つ一つ見ながら点数を数え上げる。
結局わたしは全部、角くんの思う通りに動いてしまっていたのかもしれない。角くんにはわたしの考えなんか全部わかってしまっているのかもしれない。
自分が角くんの考えを読めたと思ったときは楽しかったのに、こうやってやられると悔しい。
「大須さんの点数は?」
角くんに促されて、わたしは自分の点数を数え始める。『ヒナギク』の『花束』は、ハートがない花が他に『赤いバラ』の一枚だけだったので、一点。『赤いバラ』は、ハートが全部で三つあったから三点。『フロックス』はハート二つで二点。『ツバキ』の『花束』はハートが一つで一点。
「えっと、四、五、六……七点」
やっぱり角くんには負けてしまった。
「合計でそれぞれ、十六点と十八点だね。今のところは俺の勝ち」
悔しくて、わたしは唇を尖らせて角くんを見上げる。角くんは首を傾けて、わたしの顔を覗き込んでくる。
「二点差なんか、次でいくらでも引っ繰り返せるよ」
「それでも、悔しいものは悔しい」
わたしの声に、角くんは手にしていた『花束』を全部わたしに押し付けた。わたしの手の中で、花が零れ落ちんばかりになる。
その甘いにおいを見下ろして、角くんがふふっと笑う。
「楽しみにしてるよ、大須さんが追いかけてくるの」




