16-5 コスモス
秋の花は『コスモス』で、くだものは『ノブドウ』と『カキ』。そして、行動順はわたしが一番最後だった。
「最後か」
森の小道の地図を眺めて、溜息混じりに呟いてしまった。わたしの順番までに、森の小道の最初の方にある『コスモス』や『クローバー』は、きっとみんな拾われてしまう気がする。
角くんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大須さん、何か悩んでる?」
「悩んでるってわけじゃないけど、順番が最後なのはちょっと残念かなって。仕方ないんだろうけど、でも最初の方がいろいろ選べるのになって思っちゃって」
ちょっと唇を尖らせて見上げれば、角くんはちょっと目を伏せた。それで、少し考えるように口元に手を当てる。
「確かに最初に行動できるのって有利なんだけどね。でも実は、行動順が後の方が『くまストア』に先に並びやすいんだよ」
思いがけない話に、わたしは瞬きをした。それってつまりどういうことなのか、すぐに理解ができないでいる。
「そういうものなの?」
「みんなが森のめぐみを三つずつ拾うとするよね。時計回り、反対回り、時計回り、で三つ拾い終わる。そうなると、その次の反対回りで『くまストア』に並び始めることになるよね?」
わたしは夏の行動順と夏の終わりの『くまストア』の並び順を思い出す。夏は確かアナグマが最初で、最後はキツネだった。それで、先頭の切り株に並んでいたのも確かにキツネだ。
「そうか、だったらわたしは今回最後で『くまストア』に一番で並べるかもってこと?」
「必ずとは言えないけどね。タイミングとか状況とか、いろいろあるし。でも、その可能性は高いと思うよ」
「買い物で最初に選べるなら、最後もそんなに悪くないかも」
わたしはすっかりその気になって、地図を眺める。ふふっと角くんの笑う声が聞こえた。
「大須さん、秋は何を拾う予定?」
「まずは『コスモス』。できれば二つ」
そうすれば、一つだけある『キキョウ』と合わせて花束が作れる。
「あとは『クローバー』かな。最下位のマイナス三点はやっぱり避けたいし。それで森のめぐみは三つだから、そうしたら『くまストア』に並んでも良いかなって思ってる」
夏にはくだものもあった方が良いのかなって思っていたけど、やっぱりそれは欲張りすぎだと思った。だから、くだものは無理に拾わなくても良い。
買い物ができる程度の『どんぐり』は欲しいけど、すごくたくさんは必要ない。
やりたいことが決まった勢いで角くんを見上げる。角くんは戸惑うように耳を揺らしてから、笑って頷いた。
「良いと思うよ」
わたしが最初に拾ったのは『クローバー二つ』。一つ目からだいぶ先に進んでしまうのは不安だ。でも、その先にも『コスモス』はいくつかあるし、きっと大丈夫なはず。思い切って先に進んだ。
夏の間は緑の濃かった森の中だけど、秋になって赤や黄色やオレンジ、色とりどりになっていた。その中を角くんと二人で歩く。足元は落ち葉が重なって柔らかい。
進んだ先で四つ葉の『クローバー』を見付けて摘み取ると、角くんも四つ葉の『クローバー』を見付けてくれた。
それと一緒に、角くんは白いシロツメクサの花も摘んできた。今のわたしたちにとっては、シロツメクサの花も握り拳より大きい。そんなシロツメクサの花束が、目の前に差し出される。
「これは?」
どういうことだろうと角くんを見上げる。角くんはわたしから視線を逸らして目を伏せた。
「別に、意味はないんだけど。その、シロツメクサの花はゲームには登場しないし、点数には影響しないだろうから、こうやって摘んでも構わないかなって思って」
「えっと……ありがとう」
どうやらそのシロツメクサの花は、本当にゲームとはなんの関係もないらしい。なんだかまだよくわからないまま、わたしはその白い花を受け取った。
角くんはちょっとわたしを見てほっとしたように笑ってから、またすぐに目を逸らした。
「可愛いって思って……花、見かけて」
ゲームの話をするときの饒舌さに比べたら、その言葉は随分と言葉足らずな気がした。角くんがどういうつもりで急にシロツメクサの花を摘んだのか、ちっともわからない。でも、シロツメクサの花束が可愛いのはわかる。
角くんの頭の上では、相変わらずウサギの耳がせわしなく動いていた。それを見て笑ってしまう。
「うん、ありがとう。可愛い」
それでわたしは、シロツメクサの花束は手に持っていくことにした。可愛かったから。
次に進んだ先では薄紅色の『コスモス』と『どんぐり一つ』を拾う。リュックから飛び出す花やクローバーが増えてきて、だいぶ賑やかになってきた。
その次も『コスモス』を拾うことができた。『どんぐり一つ』も拾って、これで『どんぐり』は二つ。多くはないけど、早めに並ぶことができれば買い物はできると思う。
点数がどうなるかはまだわからない。でも、角くんにもらったシロツメクサの花束を見ると、大丈夫って気がする。
点数とかゲームとか関係なく、花やクローバーを拾って散歩するのは楽しかった。今はきっとそれで良いんだと思う。
森の小道を進めば、足元で色とりどりの落ち葉の音がする。
わたしは一番最初に『くまストア』に並ぶことができた。『どんぐり』一つで買い物ができる。
それで選んだのは『秋のおわりに同じお花二つのペアごとにプラス二点』という目標タイルだ。『タンポポ』を三つと『コスモス』を二つ持っているから、これでプラス四点になる。
みんなが商品を選んでぐるりと一周、またわたしが商品を選ぶ順番になった。残っている商品は『コスモス』か『クローバー』。『コスモス』を買っても花束にはならないし、『クローバー』だって買わなくても最下位にはならないし買っても点数にはならない。つまり、買っても意味がないと思っていた。
でも、クマが拾って『くまストア』に並んだその『コスモス』は、『どんぐりゼロ個』のマスで拾ったものだって角くんが教えてくれた。つまり、わたしが持っている『どんぐりゼロ個』の目標タイルで一点になる。
だからわたしは最後に残った『どんぐり』一個でその『コスモス』を買うことにした。
最後に『くまストア』で水色のリボンをもらう。これで新しい花束を作れってことなんだと思う。
わたしはちょっと考えて、『コスモス』三つをリボンでまとめて花束を作る。『タンポポ』の花束と『コスモス』の花束、合わせて六点だ。それから花束にならなかった『キキョウ』と、点数にはならなかった『クローバー』も全部、角くんにもらったシロツメクサの花も全部、抱えて大きな花束にする。
「こんなに集まった」
大きな花束になったのが嬉しくて角くんを見上げる。角くんは耳だけじゃなくて視線まで落ち着きなく動かして、それからわたしの手の中からシロツメクサを取り上げた。
なんだろうと瞬きしていたら、角くんはその茎を編み始める。それから『クローバー』も取り上げてそれも編み込む。
鮮やかな手つきにぽかんとしている間に、角くんは口を開いた。
「花束で六点。それからくだものは一つだけで一点だけど、目標タイルが全部で九点」
角くんの言葉の意味がすぐにはわからなくて、花束を抱えたままぼんやりと瞬きをする。角くんは手元を見たまま、花を編む手を止めずに言葉を続ける。
「夏までの点数と全部足したら二十八点で大須さんの勝ちだ」
「え、勝ってるの?」
「勝ってる。大須さんの次はキツネが二十七点。一点差」
わたしの勝ち。なんだかまだ実感がなくてぼんやりしている間に、角くんはシロツメクサとクローバーをすっかり編み上げて花冠にしてしまった。
「おめでとう。大須さんの勝ちだよ」
そう言って、角くんがわたしの片方の耳に花冠を通す。くすぐったさに首をすくめると、角くんはふふっと笑った。
「行こう。大須さんが勝ったんだから、ブランコに乗れるよ」
角くんが指差す先、突き出た枝に、春と夏にはなかったブランコが揺れていた。角くんに促されて、わたしは花束を抱えたまま駆け出した。




