16-3 タンポポ
森の小道の地図を眺めて考える。
最初のキツネは『タンポポ』と『どんぐり二つ』を拾った。次のアナグマは『サクランボ』と『どんぐり一つ』。
その次はわたしの順番だ。
地図の上をスタートから辿って、拾える森のめぐみを確認する。最初は『ノイチゴ』、次の『サクランボ』はもうアナグマが拾ったから駄目。次も『ノイチゴ』で、その次の『タンポポ』はキツネが拾った場所。その先には『クローバー』『ノイチゴ』『タンポポ』と続いている。
角くんは楽しそうにわたしが持つ地図を一緒に覗き込んでいるけど、何も言ってくれない。わたしが自分で考えないといけないってことだと思う。
「思ったんだけど」
地図から視線を上げて、角くんを見上げる。角くんの頭にあるウサギの耳がぴくりと動いた。
「春のうちに『タンポポ』が三つあれば、花束の点数になるんだよね」
「そうだね。でも、三つ集めるって割と大変なんだよ。季節ごとに森のめぐみは全部で二十四。プレイヤー六人とクマで拾うから、プレイヤー一人が拾える森のめぐみの目安は三つ。状況によっては四つ拾えることもあるけど、四つ拾うと『くまショップ』での買い物が難しくなるんだよね」
角くんの言葉を聞きながら、わたしはもう一度地図を眺める。指先で小道を辿って『タンポポ』の数を数える。
残っている『タンポポ』は六つ。『タンポポ』がないと点数がマイナスになってしまうから、他のプレイヤーだって『タンポポ』を拾うだろうし、そう考えると角くんの言う通りにいきなり『タンポポ』で花束を作るというのは難しいのかもしれない。
「そっか。春に花束を作れたら、夏と秋にもそれが点数になるし、良いのかなって思ったんだけど。そんなにうまくはいかないか」
「大須さんは」
角くんが、上半身を大きく傾けてわたしの顔を覗き込んでくる。わたしは口を閉じて、瞬きを返す。
「大須さんは、花束を作りたい?」
角くんの言葉を考えてみる。作れたら良いのかなってちょっと思っただけなんだけど、それって作りたいってことなんだろうか。でも、それが本当に良い選択なのか、わたしにはわからない。
黙り込んだわたしに、角くんが申し訳なさそうな顔をした。
「聞き方が良くないか。花束を作ったら勝てると思う?」
「勝てるかはわからないけど……点数になるなら良いのかなって思ってる」
角くんが上半身を起こして、人差し指と中指と薬指、三本の指を立ててみせた。
「春に『タンポポ』を三つ集めたら、花束で一点。夏に二点、秋に三点だよね」
頷くわたしに、角くんが説明を続ける。
「てことは『タンポポ』三つで最終的に六点手に入るってこと。で、くだものは一つ一点。五種類集めたら三点ボーナスがあるから、例えばくだもの五種類一つずつ持っていれば全部で八点になる」
「それってくだものを集めた方が点数が高いってことだよね?」
「効率で言えば『タンポポ』の方が良いんだけどね。ただ、くだものは全部で六種類だから、五種類集めるためには春のうちに少なくとも一つは拾っておかないといけない。そうすると春に花束の一点を諦めて一つは『ノイチゴ』か『サクランボ』を拾っておくってのも悪くはない」
角くんの説明に理解が追いつかなくなってきた。頭の中で考えを整理する。
春に花束は諦めて夏に花束を作る。その場合、点数は夏の二点と秋の三点。でも、代わりにくだものを五種類集められたら八点。
角くんが人差し指をぴんと立てて説明を続ける。
「その場合、春には花は点数にならないけど、夏に花束が作れたら、最終的に花が三つで五点。くだものを集めるのがうまくいけば、プラス八点」
花だけ集めても、花束の点数にしかならない。でも、くだものも集めていれば、花の点数が少し減ったとしてもくだものも点数になるから、最終的な点数はもっと増えるってことだろうか。
でも、と別の要素を思い出す。
「『クローバー』も集めないといけないよね」
「そうだね。集めるとしても、マイナスを回避するだけか、それとも一位を目指すかで動きは変わるけど」
「秋には『クローバー』ってマイナス三点になっちゃうよね。せっかく花束を作っても、それと同じだけの点数がマイナスになるのは嫌だし、せめてマイナスは回避したい。でも花とくだものを集めてたら『クローバー』を集めるのって大変なんじゃない?」
地図から顔を上げれば、楽しそうに微笑む角くんと目が合った。角くんはやっぱり、悩んでいるわたしを見て楽しんでいるんじゃないだろうか。
わたしの気持ちを見透かすように、角くんは目を細めてふふっと笑って、言葉を続けた。
「まあ、ね。全部で点数が取れたら良いけど、実際はどうしてもどれかを諦める必要はあるんだよね。状況を見ながら、どれを諦めてどれを選ぶのかが悩みどころ」
そうか、全部やろうとしなくても良いのか。角くんの言葉に、なんだか気持ちが楽になる。
諦めても良いんだったら、最初に思い付いた通りに花束を作ってみようと思った。『クローバー』はできればマイナスを回避して、くだもののボーナスの三点は諦めるのも仕方ない。
角くんは楽しそうにわたしの顔を覗き込んできた。
「改めて聞くよ。大須さん、花束を作りたい?」
わたしは角くんを見上げて頷いた。
「『タンポポ』の花束、作ってみようと思う」
わたしがそう言えば、角くんはそれはそれは楽しそうに笑った。
先に進んだキツネよりもさらに先に進む。木漏れ日が気持ち良い。地面は足に柔らかくて、草花のにおいは緑色。芽吹くにおいを美味しそうって思ってしまうのは、今のわたしがウサギだからだろうか。
そうやって進んだ先で、『タンポポ』の花を見付ける。ウサギの大きさだと、『タンポポ』の花がひまわりくらいに感じられる。
その花の根元を折り取って赤いリュックに差し込むと、リュックの上に黄色い花が飛び出てしまった。なんだかその姿も可愛く見える
近くで、角くんが地面から『どんぐり』を拾い上げる。その『どんぐり』だって、野球のボールより大きいように思えた。
角くんから受け取った『どんぐり一つ』も赤いリュックの中に入れて、リュックを背負い直して立ち上がる。隣で角くんが「可愛い」と呟いた。
見上げると、ちょうど角くんの顔の高さに『タンポポ』の花があった。それでわたしは頷いた。
「花束も可愛いよね、きっと」
角くんは『タンポポ』の花とわたしの顔を何度か見比べた後、口元に手をやって目を伏せた。
「そうだね……可愛いと思う」
呟くようにそう言った角くんの黒いウサギ耳が、やけにせわしなく動いていた。角くんみたいな黒い毛並みのウサギに黄色いタンポポは似合いそうな気がする。
黒いウサギがタンポポの花束を持っている姿を想像する。それこそきっと、可愛いだろうな、と思って笑ってしまった。こんなこと考えてるなんて知られたら、角くんは気を悪くするだろうか。許して欲しいけど、許してくれるだろうか。
わたしは春の終わりまでに、全部で『タンポポ』三つと『どんぐり』二つを拾った。そうしてツリーハウスに辿り着く。
ツリーハウスはびっくりするくらいに大きな木だった。ツリーハウスの一階の『くまストア』だって、見上げるほどに大きな家だ。
そこに到着したとき、ハリネズミとリスがもう並んでいた。だから、わたしは三番目。少しして、わたしの後ろにアナグマが並んだ。それから、キツネ、ヤマネ、と到着してみんなでそわそわと並んで『くまストア』のオープンを待つ。
季節の終わりに『くまストア』で買い物ができる。商品一つの値段は、最初に並んだプレイヤーなら『どんぐり』一つ、二番目と三番目に並んだプレイヤーなら二つ、四番目と五番目は三つ、六番目──最後のプレイヤーは『どんぐり』四つも必要になる。
それだけじゃない。商品を選ぶのは並んだ順番に一つずつ。だから、最初に並んだプレイヤーは好きに商品を選ぶことができる。
少しして、体の大きなクマが緑のエプロンのポケットを膨らませてやってきた。そして、お店のドアを大きく開ける。クマがポケットの中のものをお店に並べて、買い物が始まった。
最初は一番目に並んだハリネズミ。ハリネズミは、目標タイルを買った。ハリネズミが買った目標タイルは『秋のおわりにクローバー三つ分になる』というものだった。秋のおわりだけだけど、クローバー三つ分になるなら、散歩でクローバー集めを頑張らなくても良いってことだ。確かにそれは便利そうだと思う。
二番目のリスも目標タイル。『秋のおわりに同じくだもの二つのペアごとにプラス二点』というもの。リスは春の間に『ノイチゴ』を二つ拾っていた。くだものは元々一つ一点だからこれで二点、それにプラスしてこの目標タイルで二点てこと。
そして次はわたしの番だ。わたしはもう一つ残った目標タイルを確認する。残っているのは『秋のおわりにどんぐりがゼロ個のタイル一つにつきプラス一点』というものだった。『どんぐりがゼロ個のタイル』ってどういうことだろう、と首を傾ける。
角くんがわたしの顔を覗き込んでくる。
「ゲームだと、森のめぐみがタイルだって話したよね。ここで言ってるタイルってそれのことだよ」
「『どんぐりがゼロ個』ってどういうこと?」
角くんは地図を広げて、わたしが拾った『タンポポ』のマスを指差した。
「大須さん、今回は『タンポポ』を三箇所で拾ったけど、一緒に拾った『どんぐり』の数は違ったよね」
「えっと、そうだったね。最初は『どんぐり一つ』を拾ったけど、二番目の『タンポポ』のところには『どんぐり』は落ちてなかった」
「そう、それが『どんぐりゼロ個』。一緒に『どんぐり』が落ちてない場所で拾った花かくだものかクローバーがあれば点数になるってこと」
「じゃあ、わたしが今これを買っても一点ってこと?」
「そうだね。でも、点数が増えるだけだし、ペナルティもないし、持っておくのは悪くないと思うよ」
角くんにそう言われたけれど、わたしはなんだかまだぴんときていなかった。だって、わたしは『どんぐり』を二つしか持っていない。この目標タイルを買ってしまったら手持ちの『どんぐり』がなくなってしまう。
それに、目標タイル以外にも商品は並んでいる。『ノイチゴ』が二つと『タンポポ』と『サクランボ』だ。どちらも一点ならくだものを買うのも悪くないんじゃないだろうか。
「最終的には大須さんの判断だけどね。でもアドバイスだけしておくと、くだものは五種類集めて三点だよね」
「そうだね」
「この目標タイルで三点手に入れようとしたら、森のめぐみはいくつ必要?」
「『どんぐりゼロ個』が一つで一点なんだよね。だったら三つ……あ」
角くんの言いたいことがわかってしまった。角くんを見上げると、角くんはにいっと笑った。
「それって、くだもの五種類集めるよりも楽ってことだよね?」
わたしの言葉に、角くんが嬉しそうに頷いた。
「そう。それに、このタイルなら三点以上になる可能性だってあるわけだし」
この先『どんぐりゼロ個』ばっかり拾うだろうか、と思っていたけれど、季節に一つくらいなら拾うような気がする。だったら、それで三点になるってことだ。もしかしたら、それ以上。
わたしは角くんに頷いてみせた。
「この目標タイル、買おうと思う」
「良いと思うよ」
わたしはリュックの中から『どんぐり』を二つ取り出して大きなクマに渡した。クマは『どんぐり』を大きな手で受け取って、エプロンのポケットに入れた。
買い物が終われば春の点数計算だ。
わたしはクマに青い色のリボンをもらった。どうやら、これで花束を作るってことらしい。リュックから取り出したタンポポ三つ、青いリボンで結んで束ねる。黄色と青が春風に揺れて、可愛らしくなった。
点数はみんな十点からスタートだ。そこから『クローバー』を一番集めて『タンポポ』も持っていたハリネズミとヤマネが十一点。リスは『クローバー』は持っていたけど『タンポポ』を持っていなくてマイナス一点で九点。他はみんなプラスもマイナスもなくて十点。
わたしは『花束』で一点、だけど『クローバー』を拾っていないからマイナス一点。だから点数は変わらず十点。
やっていることはばらばらだけど、点差はそんなにない。
わたしは手に持った『タンポポ』の花束を眺める。花束を作ろうと思って『タンポポ』を集めたけど、本当にそれで良かったんだろうか。『クローバー』を集めた方が良かったんじゃないだろうか。
不安になって、隣の角くんを見上げる。角くんは相変わらずぴんと立ち上がった黒い耳をせわしく動かして、わたしが抱えている『タンポポ』の花をちょっとつついた。そして、ちょっと目を細めて口を開く。
「できて良かったね、花束」
その声になんだかほっとして、わたしは頷くことができた。
「うん、嬉しい。やっぱり花束可愛いし」
角くんは何度か瞬きをすると、口元を手で覆った。
「そうだね。可愛い……と、思います」
そう言って目を伏せた角くんの耳はまだ落ち着きなく動いていて、わたしはやっぱり笑ってしまった。




