16-2 森の小道
わたしが背負っていた赤いリュックの中には、ルールブックと森の小道の地図と点数表が入っていた。それを手に、角くんがルール説明──インストをしてくれる。
「さっきも言ったけど、森の小道を散歩して、そこで花やくだものを拾い集めるゲームだよ」
そう言って、角くんが地面に森の小道の地図を広げて、二人でそれを覗き込む。
曲がりくねった一本道。その片側がスタート地点らしい。動物たちの顔のマークが七つ描かれていた。
そこから一本道をずっと進んだ反対側にはツリーハウスの絵が描かれている。
「これが春の森の小道。小道は、本来のゲームだと一タイルで一マスなんだよね。進んだ先のタイルを拾って自分のものにできる。今回は、進んだ先にあるものを拾えるってことかな」
言いながら、角くんの人差し指がスタート地点から一マス目を指差した。そこには、赤い実が描かれている。その下には『ノイチゴ』と書かれていた。
「ここで止まれば『ノイチゴ』が拾える。次のマスだと」
角くんの指先が、隣のマスに進む。そこに描かれているのは緑の葉っぱに囲まれたサクランボの絵。それと、どんぐりの絵も描かれていた。
「『サクランボ』と『どんぐり一つ』」
そう話しながら、角くんの指が森の小道を辿って進んでゆく。
「他に拾えるのは『タンポポ』とか『クローバー』とか。拾える『どんぐり』はマスごとに一つか二つ、あるいはゼロ──つまり拾えないか」
「それをいっぱい集めたら良いの?」
「数があった方が点数になるのは確かだけど、それぞれ点数になる集め方があるんだ」
そこで角くんはちょっと考えるように口を閉じた。角くんの頭の上の耳がひょこりと動いたかと思うと、指を三本立てて口を開く。
「じゃあ先に、点数の話。このゲームは全部で三ラウンドある。『春』と『夏』と『秋』だね」
「冬はないの?」
「三つの季節で冬眠の準備をするっていうのが目的なんだよ。だから、冬になる前にゲームは終わり」
そういうことか、とわたしは納得して頷いた。角くんも頷いて言葉を続ける。
「一つの季節が終わるごとに点数計算がある。まずは『季節のお花』。その季節の花──春なら『タンポポ』を持っていないとマイナス一点」
「夏や秋には別の花があるの?」
「そうだね。夏なら『キキョウ』、秋なら『コスモス』。それぞれの季節でその花がなければマイナス一点」
つまり、季節ごとに花を一つは拾わないといけないってことだ。理解できた合図として、わたしは角くんにもう一度頷いてみせる。
「わかった、と思う」
「次は、花束。まず、春の時点で花を三つ持っていたら花束が一つ作れるから一点」
「春の花は『タンポポ』なんだよね。だったら、『タンポポ』を三つ拾えたら一点ってこと?」
「ばっちり。で、夏になるとどの種類の花でも花が三つごとに二点になる」
「どの種類の花でも?」
角くんは右手の人差し指、左手の人差し指と中指を立ててみせてくれた。
「そう、例えば『タンポポ』が一つと『キキョウ』が二つあれば、三つ。で、花束になって二点」
「花束には花の季節は関係ないってこと?」
「そういうこと。で、秋になると、花が三つごとに三点。夏と同じで、花の種類は関係ないよ」
「『タンポポ』と『キキョウ』と『コスモス』が一つずつでも三点?」
「そうだね」
わたしは何度か瞬きをして考える。そんなに難しいことじゃないはずなのに、変に頭がこんがらがっていた。春に花が三つあれば一点。でも、そこで一点になった後、その花束はどうなってしまうんだろう。夏まで待てば二点になるのに。
「えっと、春に『タンポポ』を三つ拾ったら花束が作れて一点なんだよね」
「そうだよ」
「その花束に使った花って、夏にはどうなるの?」
「ああ」
わたしの混乱の理由が、角くんには伝わったらしい。角くんはわたしを見下ろして微笑んだ。わたしを安心させようとするように。
「花束を作って点数を手に入れても、その花が手元からなくなることはないよ。だから、春に『タンポポ』を三つ拾ったら、まず春の終わりに一点。それから、夏の終わりに二点、秋の終わりに三点手に入る」
「それって、一つの花が何度も点数になるってことだよね?」
「そうだね。手に入れば、だけど」
そう言って、角くんはにいっと笑った。
「それに、点数の要素は花以外にもあるよ。次は『クローバー』」
角くんの指先が、地図の中の『クローバー』を指差した。緑色のふっくらと丸い四つの葉っぱが描かれている。
「『クローバー』は、季節の終わりに数を比べるんだ。それで、一番多い人は点数が増えて、一番少ない人は点数がマイナスされる。春なら一点、夏なら二点、秋なら三点。マイナスの場合も同じ」
「同じって……秋に『クローバー』が一番少ない人は、三点も減らされちゃうってこと?」
「そう。一位を目指さない場合も、最下位は避けたいよね」
季節の花がない場合のマイナスはどの季節でも一点だけど、『クローバー』は秋になると三点も減ってしまう。だったら、花を後回しにして『クローバー』を集めた方が良いんだろうか。でも、『クローバー』はどれだけ集めても一位にならないと点数にならない。
一位になるためにはどれだけ集めないといけないんだろう。考え込んでしまったわたしの顔を覗き込んで、角くんが首を傾ける。
「『クローバー』の競争は他のプレイヤーの動向次第なところもあるから、今から考え込まなくても大丈夫だよ」
「でも、『クローバー』も花と同じなんだよね? 集めた『クローバー』って、季節が終わってもなくならないんでしょ?」
「そうそう。春にたくさん集めておけば、夏と秋にはたくさんある状態でスタートできる」
「それって、春と夏に全然集めてなかったら、秋に急に集め出しても他の人に追い付くのは難しいってことじゃない?」
角くんはまた、にいっと笑う。
「そういうこと。一位を目指すにしてもマイナスを回避するだけにしても、春からの準備が大事なんだ。『クローバー』だけじゃなくて『花束』もね」
また考え込んでしまったわたしに、角くんが苦笑する。
「それも他のプレイヤーの動向次第だよ。さ、次の点数は『くだもの』だ。春は『ノイチゴ』と『サクランボ』、夏は『ビワ』と『イチジク』、秋は『ノブドウ』と『カキ』が拾える。でも、春と夏には点数にならない」
「点数にならないの?」
「春と夏にはね。秋にまとめて点数になるんだ。一つ一点。さらに」
角くんは顔の前で人差し指をぴんと立てる。
「秋の終わりに『くだもの』を五種類持っていたら、ボーナスでさらに三点」
「五種類……『くだもの』って全部で六種類だよね。そこから五種類ってこと?」
「そう。五種類を一つずつ持っていたら、まずは一つ一点で五点。さらにボーナスの三点で、合わせて八点になる。秋にしか点数にならないけど、マイナス要素はないし、確実に点数になるって感じかな」
マイナスにならないなら無理に集めなくても、と思ってしまったけど、角くんが言ってるのは、確実に一点になるなら持っておいて損はないってことなんだと思う。
花は三つないと点数にならない。『クローバー』だって集めても点数になるとは限らない。だけどやっぱりその二つは持ってなければマイナスになってしまうから──。
この時点でもうわたしは、何を優先して拾えば良いのかわからなくなってしまった。
「それから、後で説明するけど『目標タイル』っていうのがあって、秋の終わりにその点数も足して、それで最終的な点数になる。それを比べて一番点数が高かったプレイヤーが勝ち」
「勝つとブランコに乗れるんだよね」
「そう。それと『くまストア』の上は『くまホテル』になっていて」
「『くまホテル』?」
「心地良い冬眠ができる森の動物の憧れの場所なんだって。勝った動物は、そこで冬を過ごすことができるんだ」
わたしは、枝の上にあった丸い建物を思い出す。可愛い丸屋根のあれが、冬眠用のホテルなのか。確かにそれは素敵なんだろうな、と思う。
「点数は以上。どう?」
「わかった、と思う」
わたしが頷くと、角くんはほっとしたように笑って、話を進める。
「じゃあ、次はゲームの進め方。最初は時計周りに順番。プレイヤー全員の順番が終わったら、クマの番がある」
「クマはプレイヤーじゃないってこと?」
「そう。クマは『くまストア』の商品を集めてるんだ。クマの順番になると、クマは誰も拾ってない『森のめぐみ』を一つ拾って店に並べる。で、クマの順番が終わったら、今度は反対回りにプレイヤーの順番」
「反対回り?」
角くんは頷いて、地図の端っこを指差した。そこには、動物の顔のマークがぐるりと輪っかに描かれていた。
「これが多分、席順の替わりだと思う。これを見るとクマの隣は黄緑色のキツネだから、キツネがスタートプレイヤー。次が青のアナグマで、大須さんは赤のウサギだからその次。その次は橙色のヤマネ、桃色のハリネズミ、茶色のリスって順番だね。そこまでいったら一周だから、クマの番。クマの番の次は反対回りだから、今度はリスから始まって、ハリネズミ、ヤマネ、ウサギ、アナグマ、キツネって続いて、またクマの番。で、次はまたキツネから」
「クマの番になる度に、順番が変わるんだ」
「そうそう、そういうこと。で、自分の番になったら」
角くんは今度は、森の小道のスタート地点を指差した。その指が、曲がりくねった小道の上をどんどん進む。
「森の小道を好きなだけ進める」
「好きなだけ? じゃあ、いきなり最後まで進んだりもできちゃう?」
「やろうと思えばできるよ。でも、森の小道は一方通行だ。後から戻ってさっきのあれを拾いたいとかはできない」
「そっか、手前から拾わないといけないのか」
「そういうこと。それから、他のプレイヤーやクマが一度止まったマスにはもう止まれないよ。そのマスの『森のめぐみ』は拾われちゃってるから」
他のプレイヤーが拾ったところにはもう行けないってことだ。それは納得できる。わたしが頷くと、角くんは説明を続けた。
「で、もう何も拾わなくても良いってなったら、森の小道じゃなくて『くまストア』に到着しても良い。『くまストア』では、到着順に並んで待つ。全員が『くまストア』に並ぶか、クマが『くまストア』に到着したら、季節は終了。『くまストア』で買い物をして、その後点数計算」
「買い物って……お金はどうするの?」
「途中で拾った『どんぐり』がお金の代わり」
「じゃあ『どんぐり』がたくさんあれば、買い物もたくさんできるってこと?」
「そう。ただし、先に到着した人の方が安く買い物できるんだ。それに、商品を選ぶのは到着順だから、これもやっぱり先に到着した人が有利。だから、買い物したい場合はぎりぎりまで小道にいるよりも、先に『くまストア』に並んだ方が良いかもしれない」
わたしは眉を寄せて、また悩んでしまった。角くんはわたしの顔を覗き込んで、ふふっと笑う。
「基本的には森の小道を散歩するだけのゲームだよ。それに、花やくだものが手元に集まると、なんだか嬉しいんだよね」
「それは……わかるような気はするけど」
今は空っぽの赤いリュックを背負い直して角くんを見上げる。角くんの黒いウサギ耳はぴんと立ち上がっていて、やっぱり可愛くて笑ってしまった。
そうやって笑ったら、なんだか少し緊張が解けた気がする。
そして、春が始まった。




