15-7 『木曜日』は少し寂しくて
木曜日、八箱の『石炭』が運び込まれる。
新しい路面店の注文は、『チャンクバー』が三箱の小型店。それと、一回目が『ナッツチョコ』二箱で二回目が三箱の中型店。
わたしは『キャラメルチョコ』は生産できるけど『ナッツチョコ』は難しい。『ナッツチョコ』を生産できる『工場装置』があると良いんだけど、と考える。
それに、大型店の『フィンガーバー』の注文も、まだ二回目と三回目が残っている。そっちも進めたい。
そんなことを考えながらカフェの椅子に座って、出てきたのはキャラメルチョコだった。一粒摘んで口の中で噛むと、中からほろ苦いキャラメルがとろりと溢れてくる。香ばしさがチョコの香りと混ざり合って、なんだか体の力が抜けた気がした。
今日はスタートプレイヤーだから、わたしは好きな『工場装置』を選ぶことができる。まずはそれから考えようと思って、紅茶を一口飲んでほっと息を吐いた。
その日の『工場装置』で悩んだのは、『石炭』四箱で『カカオ豆』をなんでも二箱に『変換』するもの。それと、『石炭』三箱で上級チョコレート一箱をなんでも二箱に『変換』するもの。
他の『工場装置』は、『ギフトボックス』か『キャラメルチョコ』を生産できるもので、今のわたしにはそのどちらも必要なさそうだった。
だからその二つまで絞り込んだのだけど、どちらも必要な『石炭』の数が多い。それで悩んでいたら、兄さんに「長考」と言われてしまった。
「待って。どっちが良いか考えてるから」
「大須さん、今どれとどれで悩んでるの?」
角くんが声を掛けてくれて、兄さんもそれ以上は何も言わなかった。わたしは『工場装置』のカタログを指差して、隣の角くんを見る。
「今は『ナッツチョコ』を生産したいんだけど、これのどっちかがあればできるかなって思って。でも『石炭』の数が多いから、他にできることがなくなっちゃうんじゃないかって心配で」
わたしの言葉に、角くんはちょっと考えてから口を開いた。
「例えばさ、大須さんが『キャラメルチョコ』を生産する時って、いつも『石炭』を何箱使う?」
「え、『キャラメルチョコ』……」
どうだったっけ、と書類をめくって自分の工場の見取り図を確認しながら『石炭』を数えてゆく。
「『ココア』にして一箱でしょ、それを『チャンクバー』にして二箱、それを『キャラメルチョコ』にするのに一箱だから、全部で四箱……あ」
思わず声を上げて角くんを見てしまった。角くんがにいっと笑う。
「気付いた?」
「今のわたしの工場で『キャラメルチョコ』を二箱生産するのと、こっちの『工場装置』で『カカオ豆』を『変換』するのと、『石炭』の数が変わらないから、実はそんなに変わらないってこと?」
わたしの言葉に、角くんが頷く。
「そういうこと。一度に使う『石炭』四箱ってすごく大変に見えるけど、実は効率としてはほとんど差がない。だから後は、どっちの方が自分に使いやすいかで考えたら良いと思う」
「使いやすいか」
「工場のどこに設置するかとか、そこまで必要な材料をどうやって持っていくかとか。そろそろ工場にも空きが少なくなってきてるよね。上級チョコレートが必要となると事前にそれを用意しておく必要があるけど、『カカオ豆』は逆にその場所まで何もしないで『カカオ豆』を流さないといけないわけだし。『出荷』の装置の手前か奥かでも使い勝手は変わってくるね」
「あ、そうか」
角くんの言葉に思い付いたことがあって、わたしは自分の工場の見取り図を見る。
「それと、『工場装置』はすでに設置済みの装置を上書きできるよ。一度上書きすると元に戻せないけど」
「上書きは……必要ないと思う、多分」
角くんの説明に言葉を返して、見取り図を見る。コンベアに従って、『チャンクバー』を作って『キャラメルチョコ』を作って『ギフトボックス』に。この流れを壊すのはもったいないと思った。
今、工場のコンベアには、一マス目に『フィンガーバー』が二箱ある。二マス目にあるのは『カカオ豆』だ。この『カカオ豆』は、最初の『シフト』で三マス目に流れる。二回目の『シフト』で四マス目──工場の端っこだ。そして三回目の『シフト』で工場の外に出て倉庫に運ばれる。
空いている四マス目の隣に『カカオ豆』をなんでも二箱に『変換』する装置を置けば、この『カカオ豆』が有効活用できるんじゃないかって気付いた。
逆に『上級チョコレート』からの変換だと、装置を設置する良い場所がない。
わたしは見取り図から顔を上げて角くんを見る。
「うん、やっぱり上書きは必要なさそう」
「決まったみたいだね。じゃあ、どうぞ」
促されて、わたしはペンで『石炭』四箱のその『工場装置』に丸を付けた。
角くんと兄さんは、相変わらずデパート選びに忙しいらしい。そんな二人を見ていると、やっぱりわたしは相手にされてないんじゃないかって気がしてくる。
特に兄さんは、角くんの動向は気にするのに、わたしのことはほとんど気にしてない感じがする。わたしが勝手にそう思っているだけかもしれないけど。
二人がお互いに競っている中に入りたいとは思ってないけど、相手にされていない雰囲気は、なんだか別のゲームを遊んでいるみたいで正直に言えば少し寂しい。それに、悔しくもある。
わたしじゃ二人に敵わないんだろうけど、でも──路面店での売り上げの書類を見て、考える。路面店の注文だけで勝つのはやっぱり難しいんだろうか。
角くんはわたしのやり方だって間違ってないって言っていたけど、もしかしたらそれはゲームに慣れてないわたしへの慰めだったりするだろうか。
どうやったらわたしは、角くんと一緒に遊べるんだろう。
わたしが雇うことになった『従業員』は『ハウス・オブ・ラグジュアリー』の『技術者』で、コンベアの『シフト』を四回できるというものだった。わたしの工場に追加の『石炭』が一箱運び込まれる。
新しい『工場装置』は、さっき考えた通り工場の一番奥に設置した。工場の人たちがやってきて、稼働の準備を始める。その光景を眺めながら、わたしは今日生産するチョコレートについて考える。
倉庫には『フィンガーバー』一箱がある。昨日からコンベアの上に残っているのは『ココア豆』と『フィンガーバー』二箱。
このうち『フィンガーバー』二箱はそのまま出荷して良い。大型店の注文に使う。
『カカオ豆』は新しい装置で『ナッツチョコ』二箱に『変換』したい。これで、中型店の注文が一回履行できる。
あとは──小型店の『チャンクバー』三箱。最初に『チャンクバー』二箱を作って、もう一箱──今日は『シフト』が四回できるから間に合うはずだ。
石炭がくべられて、コンベアが動き出す。まずは『カカオ豆』の焙煎だ。激しい音とともに、カカオの香りが工場いっぱいに広がる。焙煎が終わった『ココア』を『チャンクバー』に。
そうやって甘くなったチョコレートがコンベアの上を流れる。昨日から残っている『カカオ豆』が新しい装置の前まで流れてきた。『石炭』をたくさんくべてもらって、『カカオ豆』を『ナッツチョコ』二箱に『変換』する。
焙煎から加工まで一気にできてしまう最新式の装置らしい。ころんころんと、赤い包装のナッツチョコが転がり出てくる。ナッツチョコでいっぱいになった箱が、コンベアに戻る。
工場の様子を見ているうちに、寂しい気持ちや悔しい気持ちは少し落ち着いた。工場の人が「新しい装置の試食」と言って、ナッツチョコを一つ食べさせてくれたからかもしれない。
舌の上でチョコレートを柔らかくして、チョコレートから顔をのぞかせたナッツを奥歯で噛み砕いて、その歯ごたえと甘さにわたしは頷いた。
こうやって工場の様子を見るのは楽しい。路面店の注文を受けて、生産したチョコレートがお金になるのも楽しい。悔しいのは変わらないけど、でもこうやって楽しいのも変わらない。
残りの『石炭』は二箱。これで新しい『カカオ豆』を『ココア』に『変換』して『シフト』。三回目の『シフト』だけど最後じゃない。その『ココア』を『チャンクバー』に『加工』して、四回めの『シフト』。
わたしは倉庫で『出荷』されたチョコレートの箱を確認する。『チャンクバー』三箱、『ナッツチョコ』二箱、『フィンガーバー』三箱。
イメージ通りの出来栄えだ。口の中にはまだ、試食したナッツチョコの余韻が残っていた。
小型店と中型店、大型店で一回ずつ注文を履行して、全部で十五ポンド。売り上げの累計は四十五ポンドになった。
夕焼け空を背景に、わたしは慣れないヒールで角くんの工場まで歩く。工場の前で指示を出していた角くんが、わたしに気付いて慌てた様子で駆け寄ってきてくれた。
「ごめん、まだ途中だった?」
そっと見上げると、角くんは笑って首を振った。
「いや、今終わったところ。何かあった?」
角くんは不安そうな顔をしてわたしを見下ろした。
「何かあったってわけじゃなくて……でも、聞きたいことがあって」
「わからないこととかあった?」
角くんが心配してくれるのが嬉しかった。それでわたしは少し笑って「そうじゃなくて」と口にする。
「困ってるとかじゃないから大丈夫なんだけど、えっと……」
何からどう話そうかと言葉を途切れさせると、角くんは黙ってわたしの言葉を待ってくれた。
「デパートでもらえるお金って、最後にはどのくらいになるものなの?」
わたしの質問に、角くんは瞬きをした。
「それって、大須さんは今からデパートの注文を受けるつもりってこと?」
「そのつもりはないんだけど。角くんと兄さんが、最後にどのくらいお金もらえるのかなって気になって」
「俺といかさんの話?」
角くんに頷いてみせる。それでも角くんはきょとんとしたままで、ひょっとして聞いちゃいけないことだっただろうか、と急に心配になった。
「あ、話せないことなら、話さなくても大丈夫だけど」
慌ててそっと言い添えると、角くんは笑った。
「いや、デパートで手に入るお金はちょっと考えればわかることだから、話せないことじゃないよ」
そう言ってから、角くんは手元の書類をめくって、デパートからの注文が書かれた紙を見せてくれた。
「デパートで人気一位になると、十六ポンドもらえるんだ。二位だと八ポンド。今は大須さんがデパートの注文に参加してなくて、俺といかさん二人しかいないから……仮に全部で二位を取れたとして、デパートは五箇所だから四十ポンド。どこか一箇所か二箇所では一位になれるって仮定すれば、まあ五十ポンドくらいかな」
「五十ポンド」
今のわたしの売り上げは四十五ポンド。デパートでそのくらいは稼げるってことだ。
「さらに、五箇所のデパートで注文を履行したボーナスが二十四ポンド。だから合わせると、デパートだけで六十とか、上手くいけば八十くらいにはなるかもね」
ということは、わたしの売り上げは今の倍くらい必要ってことだ。残りは金曜日と土曜日、あと二日でこの倍以上、稼ぐことができるだろうか。
「何が気になってるの?」
考え込んでしまったわたしの顔を、角くんが覗き込んでくる。わたしは視線を上げて、ちょっとだけ言葉をためらった。
自分の考えを話すのは恥ずかしい。だって、どうやったらわたしが勝てるかなんて、もしかしたら可能性のない馬鹿みたいなことかもしれない。
でも、角くんは自分の今の状況をちゃんと教えてくれた。だったらわたしもちゃんと伝えないといけない気がする。それに、角くんは多分、わたしを馬鹿にしたりはしないだろうから。
わたしは思い切って、口を開く。
「えっと……路面店の注文だけで角くんや兄さんに勝つのってできるのかなって考えていて……」
自信がなくなってきて、話しながら俯いてしまった。言葉もどんどん小さくなる。
角くんはそんなわたしに気付かないみたいに、いつもと変わらないのほほんとした声で「ああ」と声を上げた。
「そういうことか。大須さん、勝ちたいんだね」
横から差し込む夕陽が、角くんの頬を赤く染めていた。その顔を見上げて、わたしは素直に頷くことができた。
「勝ちたい。わたし、角くんに勝ちたい」
角くんはわたしを見下ろして、それはそれは楽しそうに笑ったのだった。




