15-5 『火曜日』は楽しくなって
火曜日に工場に運び込まれるのは『石炭』が六箱と『カカオ豆』が三箱。昨日のカフェのテーブルに座って黒いスーツの人が持ってきた書類を見て『従業員』と『工場装置』を選ぶのは昨日と同じ。
でも、その日に紅茶と一緒に出てきたのはフィンガーバーだった。細長いチョコレート。
それを手に取って一口かじる。やっぱり甘くて幸せになる。紅茶を飲んで落ち着いて、改めて『工場装置』のカタログを眺める。スタートプレイヤーが角くんに移ってしまったから、わたしが選ぶのは一番最後だ。
欲しい装置が残ると良いなと思いながら、二人が何を選ぶのか、そっと様子を伺って待つ。
角くんはしばらく悩んだ後に、オレンジのペンで一人の『従業員』に丸を付けた。
「角くんは『工場装置』じゃなくて良いの?」
瞬きをしてそう聞けば、角くんは苦しそうな顔で溜息混じりに言った。
「この『従業員』の能力、強いんだよ」
角くんが選んだ『従業員』は『ダンスタン・アンド・ギルバート』の『包装作業員』だ。その能力は、コンベア一マスの上のチョコレート駒を全部倍にできるというものだ。
コンベア一マスというのは、一回の『シフト』で動く範囲。つまり、最初は『カカオ豆』が一箱分。それを『チャンクバー』二箱に『変換』したら、その二箱が一マスの上に乗っているということになる。
その時にこの能力を使えば『チャンクバー』が四箱になる。確かにそれはすごそうだ。
次の兄さんは『ソルターズ・エンポリアム』の『熟練操作員』の『従業員』を選んだ。二人して『従業員』から選ぶのはなんなんだろう。
でもおかげで、わたしは『工場装置』が好きに選べる。わたしは欲しかった装置に赤い丸をつけた。それは『フィンガーバー』一箱で『キャラメルチョコ』が一箱、『チャンクバー』一箱で『キャラメルチョコ』が二箱に『変換』できる装置だ。しかも、必要な『石炭』が一箱で良い。
『従業員』の方は、また選択の余地がなかった。『フレッシュ・ファンシーズ』の『装飾者』を雇うことになった。
それから兄さんが『キャラメルチョコ』一箱で『ギフトボックス』一箱、『ナッツチョコ』一箱で『ギフトボックス』二箱に『変換』できる装置を選ぶ。
最後に角くんがチョコレート一箱を二箱にできる『量産』の『工場装置』を選んだ。
わたしは自分の工場の拡張が楽しくなってきていた。できることが増えるのが、目に見えてわかる。できることが増えるとチョコレートが増える。路面店の注文を受けるのも楽しい。
けど、角くんも兄さんも、変に苦しそうな顔で自分の工場の見取り図を見ていた。
「角くんは何を悩んでるの?」
隣の角くんにそっと聞けば、角くんはわたしの顔を見て小さく微笑んだ。それから、ちらりと兄さんの方を見て、口を開く。
「俺は……どうやっていかさんを追い抜こうかって考えてたところ」
「追い抜く?」
「デパートの注文の話。この『ダンスタン・アンド・ギルバート』だと、人気を一あげるのにチョコレートが二箱必要だよね。いかさんは今人気が二だから、追い越すためには人気を三にしないといけない。ってことは、チョコレートが最低でも六箱必要ってこと」
「六箱」
昨日出荷できたチョコレートは、ようやく二箱だけだ。それなのにチョコレートが六箱。角くんはどうするつもりなんだろう、そう思ってから『従業員』の能力を思い出す。
「『量産』と『包装作業員』の能力で六箱はいけると思うんだけどね。昨日は『石炭』を四箱残したから、そっちも余裕はあるし」
「でもカドさん、それだと他の余裕がなくなるんじゃないです?」
兄さんの声に、角くんは小さな溜息をついて応える。
「それはそうなんですけどね。でもやっぱりデパートで勝ちたいじゃないですか。路面店は後でもなんとかなるし」
「まあ言って俺も今日は『ソルターズ・エンポリアム』に突っ込むつもりですけど」
「やっぱりそっちは追い抜かれるか」
「そこはお互い様ってやつですね」
そのやりとりを聞いて、わたしはようやくデパートの人気状況の書類を確認した。今日角くんが選んだ『ダンスタン・アンド・ギルバート』は、昨日兄さんが選んだデパート。逆に、今日兄さんが選んだ『ソルターズ・エンポリアム』は、昨日角くんが選んだデパートだった。
つまりこの二人は、お互いに同じデパートで人気を競い合っているってことだ。
それに気付いて、わたしはすっかりデパートの注文を履行する気持ちがなくなってしまった。この二人の間に入っても、勝てる気がしない。
自分の路面店の注文を見る。わたしはこっちで頑張ろう、と一人で頷いた。
新しい『工場装置』の設置は二マス目、月曜に設置した装置の隣にした。これで『キャラメルチョコ』を生産して、向かいの『加工』で『ギフトボックス』の生産もできる。
「大須さんは大丈夫?」
角くんが自分の工場に行く前に、不安そうに声をかけてくれた。わたしはそれに大きく頷く。
「大丈夫。チョコレートがたくさんになるの、楽しいから」
角くんはちょっとびっくりした顔をした後に、笑った。
「大須さんが楽しいなら良かった。じゃあ、また後で」
角くんを見送って、わたしは自分の工場に向かう。デパートのことはいったん忘れることにした。わたしじゃきっと勝てないし。
だから、路面店の注文をできるだけ頑張ろうと思う。
今は倉庫に『フィンガーバー』が一箱ある。だから後『ギフトボックス』が一箱あれば、小型路面店の注文は完了できる。
それから、大型路面店の注文も『フィンガーバー』だから『フィンガーバー』はもっとあっても良いと思う。それと、放置しちゃってる中型路面店の『チャンクバー』と『キャラメルチョコ』も考えたい。
作りたいチョコレートはたくさんあった。
今の工場の様子を確認する。一マス目に『ココア』が一箱、二マス目に『カカオ豆』が一箱。そこから今日一回目の『シフト』だ。一マス目に『カカオ豆』が流れてくる。元からあった『ココア』と『カカオ豆』も一マスずつコンベアの上を流れてゆく。
今ある『石炭』は、昨日の残りが一箱、今日の分で六箱、合わせて七箱だ。
最初に、今コンベアを流れ始めた一マス目の『カカオ豆』を『ココア』に、これで『石炭』一箱。『ココア』を『チャンクバー』と『フィンガーバー』に、これで『石炭』二箱。
二マス目にある『ココア』を『チャンクバー』に『加工』して『石炭』一箱。ここまでで、使った『石炭』は四箱、残り三箱。
三マス目の『カカオ豆』をどうして良いかわからなくて、そのまま次の『シフト』をしてしまった。
一マス目の『カカオ豆』はそのまま置いておく。二マス目に流れた『チャンクバー』と『フィンガーバー』のうち、『チャンクバー』を『キャラメルチョコ』二箱に『変換』する。これで『石炭』の残りは二箱。『キャラメルチョコ』一箱を『ギフトボックス』に『加工』しようとして、ようやく『従業員』の能力のことを思い出した。
今日雇った『装飾者』の能力は『加工』が一回できるというものだった。だからわたしは石炭を使わずに『装飾者』に頼んで、『キャラメルチョコ』一箱を『ギフトボックス』に『加工』した。
三マス目に流れた『チャンクバー』を『出荷』して、倉庫に運ぶ。
そこまでやって、いよいよ三回目の『シフト』だ。最初からあった『カカオ豆』が工場から出て、倉庫に運ばれる。三マス目に流れてきた『フィンガーバー』と『キャラメルチョコ』と『ギフトボックス』を全部『出荷』して倉庫に移す。
箱の中に上品な色合いの青い六角形の箱がたくさん詰まっている。月曜日にはどうやっても生産できなかった『ギフトボックス』ができたのが嬉しい。
二マス目は『カカオ豆』で、これはもうこのままで良い。けど、一マス目の『カカオ豆』はまた『ココア』にしようと思った。『石炭』を一箱使って『カカオ豆』を焙煎して『ココア』に変換する。
本当は『ココア』を『チャンクバー』二箱にしたいんだけど、それをやるためには『石炭』が足りない。あと一箱『石炭』があれば、と思ったところで、さっき倉庫に運び込んだ『カカオ豆』を思い出す。
角くんも兄さんもチョコレートは『石炭』にできるって言っていた。それに『カカオ豆』は注文にも使えないから『石炭』にしてしまった方が良いって。だったら今倉庫にある『カカオ豆』一箱を『石炭』一箱にしてしまったら、手持ちの『石炭』が二箱になる。
わたしは近くにいた工場の人を呼び止めて、倉庫の『カカオ豆』を『石炭』にしたいと伝える。そこからその車がやってきたのはすぐだった。車から降りてきた人が『カカオ豆』の箱の中身を確認すると『石炭』を一箱置いて、『カカオ豆』を回収して持っていった。
それで、一マス目の『ココア』を『チャンクバー』二箱にして、わたしの工場の石炭庫は空っぽになった。
でも、倉庫には月曜よりも箱がたくさんだ。わたしは、積まれた箱を眺めて、やりきった気持ちでいっぱいだった。
角くんが宣言通りに『ナッツチョコ』六箱を、兄さんは『キャラメルチョコ』四箱をデパートに納品する。それを横目に見ながら、わたしは一人で路面店の注文を履行していた。
まずは小型店の『フィンガーバー』と『ギフトボックス』だ。これで六ポンド。
それで残っているチョコレートは『チャンクバー』と『フィンガーバー』と『キャラメルチョコ』が一箱ずつ。
次の日に残しておけるチョコレートは二箱までなので、『フィンガーバー』一箱で大型店の一回目の注文も履行する。これで一ポンド。
わたしの工場の売り上げは、月曜日と合わせて十二ポンドになった。順調な気がして嬉しくなってくる。
工場前に立って路面店に運ばれるチョコレートの箱を見送っていたら、角くんが自分の工場からやってきて、心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。
「大須さん、調子はどう?」
「うまくいってるかはわからないけど」
そう言って、手元の書類を見る。それは路面店からの新しい注文の書類だった。
路面店からの新しい注文は『キャラメルチョコ』と『ギフトボックス』で七ポンドというものだった。『キャラメルチョコ』は倉庫に一箱ある。『ギフトボックス』もさっきの要領で生産できる。だから今回の注文も履行できそう。
わたしはまた角くんを見て頷いた。
「注文のチョコレートを揃えるの、楽しいかも」
「楽しいなら良いけど」
角くんはそう言って笑った後、また心配そうな顔になった。
「デパートの注文は大丈夫?」
わたしは今の倉庫の中身を思い出す。今は確か『チャンクバー』と『キャラメルチョコ』が一箱ずつ残っている。
わたしが今回雇ったのは『フレッシュ・ファンシーズ』の『従業員』だ。『フレッシュ・ファンシーズ』の注文は『チャンクバー』で、倉庫の『チャンクバー』を納品することもできた。
でも、わたしはそれをしなかった。
一箱だけ納品しても、きっと角くんや兄さんには人気で勝てないだろうし、無駄になってしまいそうだから。デパートのボーナスだって、三箇所で履行してようやく六点。それだって三箇所に置けなければ無駄になってしまう。
だったら路面店で確実にお金がもらえる方が良い、とわたしなりに考えた結果だ。
ちょっと後ろ向きな理由だとは思うけど、わたしは角くんに笑ってみせる。
「大丈夫。路面店の注文を履行するのが楽しいから」
「大須さんが楽しいなら良かった」
角くんはそう言って微笑むと、背中を真っ直ぐに伸ばして空を見上げた。
気づけば火曜日ももう夕方だった。沈みかけの夕陽が爽やかな青空を赤く染め上げてゆく。工場のチョコレートの香りは、まだ辺りいっぱいに漂っていた。




