15-4 『月曜日』は満足して
がたがたと音を立ててコンベアが動く。その上を流れてゆくのは『カカオ豆』やチョコレートの材料になる『ココア』の塊、そこから作った『フィンガーバー』だ。
石炭をくべるのは工場の外の別の建物。高い煙突がそびえるその中で、手と顔を黒く汚しながら石炭を燃やしている人たちがいる。それで生み出されたエネルギーは、パイプを通って工場内の装置を動かしている。
どのくらいのエネルギーを生み出して、それでどの装置を動かすのかは全部わたしの采配だ。
大きなドライヤーのような音で『カカオ豆』が焙煎されている。焙煎する前のカカオ豆はほとんど香りがしないけど、焙煎の香りはもうあのカカオの香りだ。
そこから、カカオはあちこちの装置を通って撹拌されたり柔らかくなったり硬くなったり飾り付けされたり包装されたりして、出荷される。
チョコレートの香りいっぱいの工場を眺めて、わたしは気付けば笑顔になっていた。
新しい『工場装置』──『石炭』二箱で『ココア』一箱を二箱の『チャンクバー』か『フィンガーバー』に『変換』できる装置は、コンベアの入り口に一番近い右手側に設置した。向かい合って左手側には、最初から設置されている『石炭』一箱で『カカオ豆』一箱を『ココア』一箱に『変換』できる装置がある。
だから、最初の一回の『シフト』で、まずは『カカオ豆』一箱を『ココア』一箱に『変換』する。そうやって『変換』した『ココア』一箱を新しい装置で『フィンガーバー』を二箱に『変換』した。これで、五箱あった『石炭』は、もう残り二箱になってしまった。
次の『シフト』では何もしない。
わたしが雇った『従業員』は『ハウス・オブ・ラグジュアリー』の『販売業者』だ。この『従業員』の能力は路面店注文カードで一回だけ必要なチョコレートを一箱減らして履行できるというものだった。
これがどういうものかは角くんが教えてくれた。わたしが受けている小型路面店の注文は『フィンガーバー』と『キャラメルチョコ』が一箱ずつ。でも、この『販売業者』の能力があれば『フィンガーバー』だけでこの注文が履行できてしまうってことだ。
わたしは今回はデパートの注文を諦めて、路面店の注文だけを履行するつもりでいた。『ハウス・オブ・ラグジュアリー』のデパートの注文は『ギフトボックス』だったからだ。
『工場装置』の対象は、その時に目の間にあるチョコレートだけだ。隣に流れていってしまったものには何もできない。それに、一回稼働した『工場装置』は、次の『シフト』になるまでは二回目の稼働はできない。どれだけ石炭があっても。
つまり、今のわたしの工場だと、どう頑張っても『ギフトボックス』は生産できない。だから、デパートの注文を履行しようと思っても、できないのだ。
三回目の最後の『シフト』で『カカオ豆』一箱を『ココア』一箱に変換する。今こうやって『ココア』にしておけば、それは翌日の最初の『シフト』で隣の装置の前に流れて、隣の装置で『チャンクバー』か『フィンガーバー』に『加工』ができる。でも『カカオ豆』のままだと何もできない。
これはみんな角くんからの受け売りだけど。でも、それを聞いてなんとなくわかったこともある。一日の『シフト』は三回だけだけど、今日の結果は明日に引き継がれる。だから、今日は『出荷』できなくても、明日のために準備しておけることはある。そうするときっと、明日できることが増える。
結局『出荷』できたのは『フィンガーバー』二箱だけだけど、わたしは自分の結果に満足していた。
工場の稼働が終わって、注文を履行することになる。まずは小型路面店の注文を履行する。今日雇った『販売業者』の人に頼めば、『フィンガーバー』一箱でやってもらえた。これでわたしは五ポンド手に入れる。
もう一つ、大型路面店の一回目の注文を履行しようとして角くんに止められた。
「チョコレートは二箱まで翌日に持ち越せるよね」
「そうだけど……」
どうして止められたのかわからなくて、わたしは瞬きを返す。
「カドさん、それはアドバイスしすぎじゃないですか?」
「いや、でもこういうところで差がつくの良くないじゃないですか。考え方を言うだけですから」
角くんの反論に、兄さんはそれ以上何も言わなかった。改めて角くんがわたしに向き直って、にっこりと笑う。
「デパートの注文は雇った『従業員』に応じてだから、毎日一回しか履行のチャンスがないんだ。だけど、路面店の注文は毎日チョコレートがあるだけ履行できる」
「そうだね。だからわたし、小型店と大型店、両方やろうとしてたわけだし」
角くんは大きく頷いて人差し指をぴんと立てた。
「てことはだよ、この大型店の注文は今日履行しても明日履行しても結果は変わらないよね」
「そうだけど……結果が変わらないなら今日でも良いんじゃないの?」
「でも、大須さんは今回、小型店の注文を完了させたよね。てことは、この後小型店の新しい注文が届くことになるんだよ」
「どういうこと?」
わたしが首を傾けると、角くんはふふっと笑って、わたしの注文のリストを指差した。
「もし次の注文が『フィンガーバー』を使うものだったら?」
角くんの指先を見て考える。今日大型店の注文を履行しなければ、倉庫に『フィンガーバー』が一箱残る。もし次の注文で『フィンガーバー』が必要なら、それに使っても良い。そうじゃなければ、予定通りに大型店の注文の履行に使えば良い。
路面店の注文は早い者勝ちじゃないから、急ぐ必要もない。
わたしが顔をあげて角くんを見たら、角くんは微笑んで首を傾けた。
「わかった?」
「わかった、と思う。路面店は早い者勝ちじゃないから、次のを見てから決めても良いってことだよね」
わたしの言葉に、角くんが嬉しそうな顔になる。
一日にたった三回の『シフト』。『石炭』の数も少なくて、あっという間にできることがなくなる。それでも、今日だけじゃなくて次の日のためにできることがある。それは注文の履行でも同じってことだ。
角くんも兄さんも『キャラメルチョコ』を二箱『出荷』していた。そして二人とも、それを全部デパートの注文に使っていた。
角くんが雇った『従業員』の『ソルターズ・エンポリアム』というデパートの注文は『キャラメルチョコ』だ。角くんは『キャラメルチョコ』二箱をデパートに納品したので、『ソルターズ・エンポリアム』での角くんの人気が二になる。
兄さんの方は『ダンスタン・アンド・ギルバート』というデパート。このデパートの注文は少しややこしい。『キャラメルチョコ』『ナッツチョコ』『ギフトボックス』のどれか二つで人気が一つ上がる。
兄さんは『キャラメルチョコ』を二箱をデパートに納品した。だから本当は人気が一つ上がるところだけど、兄さんの『従業員』の能力は、この時に増える人気を倍にするというもの。だから、兄さんの人気は二になった。
角くんと兄さんは、デパートでの人気争いをするつもりらしい。
「人気で一位を取れなくても、五つあるデパートの全部の注文を履行できれば、それだけでボーナスの二十四点が手に入るんだよ。四箇所なら十二点。三箇所でも六点」
角くんがそう教えてくれた。もしかしたらわたしもデパートの注文を頑張った方が良いんだろうか。どのみち今回は『ギフトボックス』が作れなかったから仕方ないんだけど。
それに、二人は路面店の注文を履行しなかったから、今回ちゃんとお金が手に入ったのはわたしだけだ。たった五ポンドだけど。
それだけじゃない。路面店の注文を完了しているのもわたしだけだ。これだって最初だけだと思うけど、でも今はわたしが勝ってるってことだ。
注文の履行を終えて、やっぱりわたしは今日の自分の結果に満足していた。
それで、月曜日が終わる。沈む夕陽の赤い空を背景に、わたしはいつの間にか現れた黒いスーツの人から書類を受け取る。それは、路面店から届いた新しい注文だった。
新しい注文は『フィンガーチョコ』と『ギフトボックス』で六ポンド。狙ったように『フィンガーチョコ』の注文で笑ってしまった。
今日雇った『従業員』の能力は、今日しか使えないらしい。だから、路面店の注文で必要なチョコレートを一箱減らすというのはもうできない。この注文を履行したいなら、わたしはなんとかして『ギフトボックス』を生産しないといけない。できるだろうか、と考える。
それからスタートプレイヤーが角くんに移って、気付けば夜を飛ばしてもう火曜日の朝になっていた。




