15-3 はじまりは『月曜日』
それぞれの工場に『石炭』と『カカオ豆』が運び込まれる。
『石炭』は五箱。これは月曜日だからで、明日になれば六箱。運び込まれる『石炭』は毎日増えてゆく。
『カカオ豆』は三箱。こちらの数は『石炭』と違って固定だ。明日になっても明後日になっても三箱ずつしか使えない。
それで、次は『従業員』と『工場装置』を選ぶ番だった。
紙に並ぶ『従業員』のプロフィールと『工場装置』の仕様が並ぶカタログをテーブルの上に広げて、みんなでそれを眺めている。
「『従業員』も『工場装置』も、全部で五つ並ぶ。ただし、その五つを好きに選べるわけじゃない」
兄さんが、紙に並んだ『工場装置』を指差した。『工場装置』の写真が二つ並んで、その下にスペースが空いてまた二つ並んでいる。その下にさらにスペースがあって、その下に一つ。
『従業員』も同じだ。二人分のプロフィールとスペースが交互に並んで、最後に一人分のプロフィールが書かれている。
こんな並びになっているのも、意味があるらしい。
「これを見ると『従業員』が二人、二人、一人のグループになって書かれているだろ。このグループから一つを選ぶ。選んだのが二人のグループなら、その二人から最終的に一人を選んで雇う。雇えるのは一人だけだ」
「最初から一人を選ぶんじゃ駄目なの?」
「そうだな……このグループは『装飾者』と『熟練炭鉱夫』の二人だ。例えば、瑠々がこの『熟練炭鉱夫』を雇ったとする。次にカドさんが選ぶ時に、もし『装飾者』を雇いたいと思っても、それはもう瑠々が選んだグループだから雇えない。別のグループを選ばないといけない」
「誰かが選ぶと選択肢がすごく減っちゃうってことか」
「そうだな。この仕組みは『工場装置』も同じだ。こっちもグループが三つ。ここまで大丈夫だな」
兄さんに言われて、わたしは頷いた。どっちも三つから選ぶってことだ。今は三人で遊んでいるから、最後だと選択肢がほとんどないってことだと思う。
「で、選ぶ順番。今は瑠々がスタートプレイヤーだから、瑠々が『工場装置』と『従業員』から好きなものを一つ選ぶ」
「どっちでも良いの?」
「構わない。そうしたら、次はカドさんの番。カドさんも瑠々が選んだ残りから好きに一つ選ぶ。一つ目は『工場装置』と『従業員』のどっちでも良い。そうしたら次は俺の番。俺はその残りから『工場装置』と『従業員』を一つずつ選ぶ」
「兄さんだけ二つ選べるの?」
「そう。俺がって言うより、最後のプレイヤーだな。選択肢が減るかわりに二つをいっぺんに選べる。そうしたら次はカドさんの番。カドさんがまた一つ選んで、最後に瑠々の番になる。この時にはもう選択肢は残ってないから、余ったのを受け取るだけになる。選び終わった時点で、全員が『従業員』と『工場装置』を一つずつ選んだ状態になっている必要がある。これはまあ、一人で『工場装置』二つを選ぶようなことはできないってことだ」
兄さんの説明を聞きながら、わたしは難しい顔をしてしまっていたらしい。隣で角くんがふふっと笑った。
「大丈夫だよ、言葉で聞くと難しく聞こえちゃうけど、そんなに難しいことじゃないから。一回遊べばすぐにわかると思う」
隣に座る角くんを見れば、角くんはいつもみたいに微笑んで首を傾けた。大丈夫だよ、とでも言うように。
その指先が、わたしの前までやってきて、テーブルをとんとんと叩く。それを見下ろして、わたしはチャンクバーがまだ残っていることを思い出した。一欠片折り取って口に含む。
チョコレートの甘さに、不安も少し溶けたみたいだった。
どうして良いかわからないけど、自分の番で一つ選ぶだけというのはわかったから、わたしはなんとか頷いた。
『従業員』と『工場装置』の説明を聞いて、いよいよ選ぶ番だった。
それでわたしはいつもみたいに悩んでしまった。まずは『従業員』と『工場装置』のどっちを選ぶ方が良いのか、それもわからない。
説明によると『従業員』は、その能力で工場を助けてくれる。例えば『熟練炭鉱夫』なら『石炭』が四箱増える。それだけじゃなくて、『従業員』はデパートの注文にも影響するらしい。
デパートは全部で五つある。ここで雇う『従業員』によって、その日にどのデパートの注文を履行できるかが決まってしまう。例えば『熟練炭鉱夫』なら『ソルターズ・エンポリアム』というデパート。『ソルターズ・エンポリアム』からの注文は『キャラメルチョコ』。
それに注文はデパートのものだけじゃない。路面店からの注文もある。
路面店は小型と中型と大型の三つある。小型路面店からの注文は、一回で完了。中型は二回。大型は三回。どれも注文内容に応じてお金が手に入るけど、大型の三回目の注文はその分手に入るお金もたくさんだ。
わたしのところにきた注文は、小型が『フィンガーバー』と『キャラメルチョコ』で五ポンド、というものだ。中型は一回目が『チャンクバー』二箱で、二回目は『キャラメルチョコ』二箱。大型の三回の注文は『フィンガーバー』が一箱、二箱、三箱。
それから、路面店からの注文をたくさん完了させると、ゲームの最後にボーナスで十二ポンドもらえるらしい。このボーナスは一番たくさん完了させた一人にだけ。
これだけでもう情報量が多いし、考えることが多くて混乱してる気がする。
「さっさと選べよ」
兄さんの呆れたような声に、余計に焦ってしまう。
「ちょっと待って。何を考えたら良いかわからなくて」
「そこからかよ」
兄さんの溜息に、角くんが割って入ってくれた。角くんの指先がわたしの工場の見取り図をつつく。
「このゲーム、デパートも路面店もどっちも大事なんだけど、今はどっちの注文も受けられる状況じゃないよね。そもそもチョコレートが作れない」
「ええと……そうだね」
角くんの言葉に大人しく頷く。
「それと、大須さんのこの大型路面店の一回目の注文は一箱だけど、それ以外は全部チョコレートが二箱以上必要だよね」
「そう、だね……?」
わたしは首を傾ける。角くんが何を言おうとしているかがわからない。
「デパートも同じ。デパートは一箱でも注文を履行できるけど、たくさんのチョコレートを納品した方がより人気が増える。最後にお金になるのは人気がある人だけ。そうなると、たくさんのチョコレートを用意しないといけないってことになる。けど、一日に使える『カカオ豆』は三箱しかない。『カカオ豆』一箱を別のチョコレート一箱に『加工』や『変換』してるだけだと、たくさんの注文は履行できない」
角くんはそこでようやく『工場装置』のカタログを指差した。
「例えばこの装置は『チャンクバー』一箱を『キャラメルチョコ』か『ナッツチョコ』を二箱に『変換』できる」
「あ、数が増えるってこと?」
「そう。こっちは『カカオ豆』一箱をいきなり『キャラメルチョコ』か『ナッツチョコ』一箱にできるけど、一箱のまま。これも別に弱くはないけど、たくさんの注文を履行するのには不便だよね」
頭の中で、最初に角くんに見せてもらった工場のコンベアの動きを思い出す。『カカオ豆』一箱をまず『ココア』一箱にする。『ココア』一箱を『チャンクバー』一箱に。その時にこの装置があれば、それが二箱の『キャラメルチョコ』か『ナッツチョコ』になる。
そうか、じゃあ今わたしに必要なのは──と、自分の路面店の注文を見て、考える。『フィンガーバー』の注文が多い。それに中型路面店の一回目の注文は『チャンクバー』だ。『キャラメルチョコ』の注文もあるけど、まずは『フィンガーバー』や『チャンクバー』を生産できるようにしたら良さそうだ。
そう思って『工場装置』のカタログを見たら、欲しい装置がすんなりと決まってしまった。『石炭』二箱で『ココア』一箱を二箱の『チャンクバー』か『フィンガーバー』に『変換』できる装置。
ジャケットのポケットにペンが入っていた。そのペンで、その『工場装置』に丸を付ける。赤いインクのペンだった。きっと、わたしがこれを選んだって印だと思う。
次の順番は角くんで、角くんは『石炭』二箱で『チャンクバー』一箱を二箱の『キャラメルチョコ』か『ナッツチョコ』に『変換』できる装置を選んだ。オレンジ色のインクで丸を書く。
そして兄さん。兄さんは『石炭』二箱で『フィンガーバー』一箱を二箱の『キャラメルチョコ』か『ナッツチョコ』に『変換』できる装置。角くんの選んだ装置と似ているけど、材料にするチョコレートだけが違う。兄さんのインクは青い色だった。
それから兄さんが選んだ『従業員』は『取締役』。この『従業員』は『ダンスタン・アンド・ギルバート』というデパートの注文を履行した時に人気が倍になるらしい。注文を履行できるデパートは当然『ダンスタン・アンド・ギルバート』だ。
その後の角くんは、『ソルターズ・エンポリアム』の『熟練炭鉱夫』を選んだ。角くんの工場に『石炭』が四箱、追加で運び込まれる。
最後に残った『従業員』は『ハウス・オブ・ラグジュアリー』の『販売業者』だけだったから、わたしは選ぶこともなくその人を雇うことになった。
工場の中はまだがらんとしていた。コンベア入り口から見て左手側に、最初からある『工場装置』が並んでいる。
「見取り図でわかるだろうけど『工場装置』は工場に全部で八つ置くことができる。コンベアの左右に四つずつだな。最初の時点で、三つの装置がすでに設置されている。残りの五箇所は何もない」
兄さんが、工場の真ん中にあるコンベアを指差した。
「『カカオ豆』は、コンベアの上をこっちから向こうに流れていく。コンベアが一回動くことをこのゲームでは『シフト』と呼ぶ。最初に『カカオ豆』が一箱、コンベアの端っこから流れて入ってくる。一マス目──一つ目の装置の前まで、それでシフト一回。次の一箱が流れて入ってくると、さっきの一箱は二マス目──次の装置の前まで流れる。これでシフト二回。三箱目の『カカオ豆』が流れてきて、これでシフト三回。最初の『カカオ豆』は三マス目──三つめの装置の前。それで、一日の工場の稼働は終わりだ」
「え、なんか少なくない? それで止まっちゃうの?」
わたしの言葉に、兄さんがにやにやと楽しそうに笑う。
「そうなんだよ。それでだ、コンベアの上を流れて工場の端から外に出たチョコレートは全て倉庫に運ばれる。でも、一日三回のシフトだと工場の端っこまでいかない」
「そうだね」
「それで、最初からある三つ目の装置が重要になってくる。この装置はちょっと特殊で、『石炭』なしで稼働できるし、シフトの間に何回稼働しても良い。何箱でも動作できる」
「何ができるの?」
「『出荷』──チョコレートを工場から出して、倉庫に入れることができる」
「それだけ?」
「そうだな」
どういうことだろうかと首を傾けると、角くんがそっと口を挟んでくれた。
「注文の履行に使えるのは、倉庫にあるチョコレートだけなんだよ。工場に残っているチョコレートは、注文には使えない」
「そうか、注文を受けるために、工場のチョコレートを倉庫に移さないといけないってことか」
「そう、ばっちり。ついでに言うと『石炭』に変えることができるのも倉庫に移したものだけだよ」
そんな話があったと思い出して、わたしは口を開く。
「チョコレート一箱を『石炭』一箱にできるんだっけ」
「そう。不要なチョコレート──このゲームだと『カカオ豆』や『ココア』もチョコレートって呼ぶんだけど、その二種類は注文には使えないから、そのまま倉庫に移ってしまったら『石炭』にしてしまった方が良い。こうやって手持ちの『石炭』と三回のシフトで、どれだけ必要なチョコレートを生産できるかってことだね。パズルみたいで楽しいんだよ」
その角くんのにこにこと楽しそうな笑顔を見て、二人の言う「楽しい」は難しいやつだ、とその時になってわたしは気付いた。いや、なんとなくそんな気はしていたんだけど。
工場の稼働、わたしにできるだろうかと不安になって、まだがらんとした工場を見回した。それに、ゲームは一週間あるというのに、まだ月曜日が始まったばかりだった。




