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14-3 『ドキドキしてるの』

 角くんの方を見ずにグラスを持ち上げて『一口飲む』。手札に新しくきたカードは『8』。

 グラスを置いて、少しの沈黙。しばらくしてから角くんがようやく『ささやく』。角くんの声が耳に届いて、びくりと身体が震えてしまう。


「『君のことだけ見ています』」


 角くんのその台詞は『6』で、出せるカードは『5』か『7』以上。

 わたしの手札は『1』『8』『10』『12』だ。カードの残り枚数も少なくて、『一口飲む』で手札を増やしても状況はあまり変わらない気がするから、『8』のカードを出すことにした。

 台詞を言うのはやっぱり慣れない。恥ずかしくて目を伏せる。


「『ドキドキしてるの』」


 言ってから、なんだか本当にどきどきしているような気がした。これは台詞が恥ずかしいせいなのか、ゲームの雰囲気のせいなのか、それとも──角くんをそっと見上げると、視線を逸らされた。

 角くんは何も言わずにグラスを手に取って『一口飲む』。グラスをカウンターに戻した角くんが、薄く笑うのが見えた。

 わたしは慌てて正面を向いて『一口飲む』。引いたカードは『3』。


「『夢中なのです君に』」


 耳に入り込んでくるような角くんの声を真っ直ぐに聞けなくて、わたしは角くんの方を見れない。ドリンクを『一口飲む』。引いたカードは『2』。

 角くんのグラスが持ち上がって『一口飲む』のを横目で見る。それ以上振り向いて、角くんがどんな表情をしているのか確認するのは怖かった。

 角くんが出したのは『7』のカード。出せるカードは『6』か『8』以上。わたしの五枚ある手札の中から出せるカードは『10』か『12』だけ。『12』を出せば負けなので、実質『10』だけだ。

 わたしはグラスを置いて、目を伏せたまま台詞を『ささやく』。


「『あなたの夢ばかり見るの』」


 ふ、と角くんの息遣いが震えた気がした。


「『かならず』……」


 角くんの言葉がそこで途切れる。どうしたのかと振り向けば、わたしたちは真っ直ぐに見詰め合ってしまった。角くんが、困ったように微笑んだ。小さく首を傾けて『ささやく』。


「『かならず守ります君を』」


 視線を逸らして『一口飲む』。角くんの台詞は『9』のカード。出せるカードは『8』か『10』以上。新しく引いたカードは『11』で──『12』を出さなくて済むのは確かだけれど、なんだか追い詰められている気分だ。

 角くんはやっぱり何も言わずにまた『一口飲む』。出したくない、けど、出さないといけない。


「あ……『あなたから離れたくないわ』」


 台詞を言い終えてから、そっと見上げる。角くんは自分のグラスを置くと、顔を上げて真っ直ぐにわたしを見た。その瞳にきらきらと灯りが映っている。


「『もう』……『もう君を離しません』」


 角くんの瞳が輝くのを見て、まるで何かの物語みたいだと思った。そしてすぐに、ここがボードゲームの世界の中だと思い出す。それで、今まで遊んできたゲームにも、ずっと物語があったんだと気付いた。

 どれを選ぶか、何をするのか、その結果が次に繋がること、先を見通すこと、相手の考えを想像すること、その駆け引き、運も賭けも。全部物語だったんだ。

 角くんの瞳だけじゃなくて、なんだか世界全部がきらきらして見えた。

 今の角くんの台詞は最大値『12』のカード。わたしは『9』以上のカードしか出せない。『9』は最初の方で使ってしまった。『10』も『11』もさっき使ってしまった。どうして良いかわからなくなって、逃げるようにグラスを持ち上げて『一口飲む』。

 それで増えた手札は『5』。最後のレディカードだ。わたしの手札は『1』『2』『3』『5』『12』になった。グラスは空っぽだ。もう『一口飲む』で逃げることはできない。

 角くんのグラスも空っぽだから、きっと角くんももう『一口飲む』はできない。困って揺らしたわたしの視線を捕まえるように、角くんはわたしから目を逸らさない。そうやって見詰め合ったまま、角くんが『ささやく』。


「『ずっと一緒にいましょう』」


 その台詞は『10』のカード。わたしが出せるカードは『8』『9』『11』『12』で、手札にあるのは『12』だけ。

 角くんの手が、わたしの手から空っぽのグラスを取り上げると、それをカウンターに置いた。角くんがわたしを見る。その表情がいつもと違って見えるのは、きっとこんな場所にいるからだ。


「大須さんの手番だよ……応えて」


 ああ、角くんはわたしの手札がわかっているんだ、と気付いた。でもそうだ、残りのレディカードはもう手札の五枚だけ。角くんのことだから、これまでわたしが出したカードの数を全部覚えている。わたしが大きな数を使い切って『12』を出すしかない状況を、角くんはずっと狙っていたんだ。

 そしてきっと、わたしが負けを宣言しないと、このゲームは終わらない。

 角くんの視線に怯みそうになるのを堪えて、わたしは角くんを見上げる。こうやって負けを宣言するのは、なんだか自分から捉えられにいくみたいだと思ったら、鼓動が跳ねた。

 ルージュが塗られた唇を小さく開いて、『12』の台詞を『ささやく』。


「『わかったわ』……『あなたの勝ちよ』」


 角くんは何度か瞬きをして目を伏せた。勝利を喜ぶでもなく、どちらかと言えば少し困ったような表情で──つ、と手の甲に触れる感触に、びくりと身体を竦める。

 気付けば、カウンターに置いていたわたしの手は、角くんの大きな手に包まれていた。


「か、角くん……あの、ゲームだよね、これ」

「うん……ゲーム。ゲームだから」


 そう言いながらも、角くんはわたしの手を離さない。それどころか、わたしの指は角くんの指に絡め取られてしまった。

 そっちに気を取られている間に、気付けば、角くんとの距離がずいぶんと近くなっていた。角くんが、妙に真剣な表情でわたしの顔を覗き込んでくる。呼吸が苦しい。


「角くん、あの……もう、ゲーム終わりだよね」

「そうだね……俺の勝ちだよ」


 わたしはどうして良いかわからないまま角くんと見詰め合ってしまって──それはなんだか本当に、何か物語のワンシーンみたいだとは思ったのだけれど。




 気付けば、学校の狭い第三資料室──ボドゲ部(仮)(カッコカリ)の仮の部室だった。長机の上に投げ出されていた自分の手を慌てて引っ込める。まだ角くんの指の感触や体温が残っている気がして、胸の前で自分の手を握り締める。


「あの……」


 隣から角くんの声が降ってくるけど、わたしは隣を見上げることができない。言葉が続く気配を遮って、口を開く。


「全部ゲーム、だよね」


 言い訳のようにわたしが言えば、角くんは何秒かの沈黙の後、共犯のように返してくれた。


「そう……だね。全部ゲームの中のことで、ルールの通りに遊んだだけだ」


 長机の上を見れば、重ねて置かれたカードの束。その一番上はジェントルカードの『12』とレディカードの『12』で、カードの中の男女が寄り添うように並べられていた。

 自分の前に伏せられていた残りの手札を持ち上げて眺める。出せなかったカードは小さい数が多くて、その台詞はみんな冷たくてよそよそしい。『1』のカードなんか『ここおごり?』だ。その温度感に、少しだけ緊張が解けた。


「『ずっと一緒にいましょう』」


 角くんの声に、瞬きをして振り返る。いつもの制服姿のいつも通りの角くんは、机の上に並んだカードを見ていた。


「ゲームの続き?」

「そうだね……ちょっと言ってみただけ」


 わたしの問い掛けに、角くんはこちらを見ないままそう言った。そのまま、長机に置かれたカードを持ち上げて、レディカードとジェントルカードを選り分けて、片付けはじめる。その一番上に見えたのは、『ずっと一緒にいましょう』と書かれた『10』のジェントルカード。

 わたしも自分の手札を重ねて角くんに差し出した。その一番上は『2』のレディカードで、その台詞は──。


「『たいくつさせないでね』」


 見上げると、角くんはちょっと眉を寄せて困ったように笑った。


「それもゲームの続き?」

「角くんと同じ。ちょっと言ってみただけ」


 角くんは困ったように笑ったまま、小さく息を吐いた。その大きな手がわたしが差し出すレディカードの束を受け取る。他のカードと一緒に束ねて箱にしまう。男女が寄り添っているイラストの蓋を閉じる。

 もう一度小さく息を吐いた角くんが、背筋を伸ばしてわたしの方を見た。


「ありがとうございました」

「あ、えっと、ありがとうございました」


 二人で頭を下げて、それからそっと視線を上げたら目が合って、そこでようやくボードゲームの世界から帰ってきたような気分になった。力が抜けて、二人で笑い合う。

 もうすっかりいつもみたいに穏やかに微笑んでいる角くんの顔を見て、この先もきっと退屈はしないんだろうな、なんて少しだけ──ほんのちょっとだけ考えてしまった。

 けど、さっきまでの台詞は全部ゲームの中のこと。わたしの言葉も、角くんだって、全部カードに書かれていたものをそのまま言っただけ。

 だから全部ボードゲームの中の物語だ。今はまだ。


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