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猫は死ぬ  作者: 和田好弘
其の参:地獄の使徒
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01_少女は対峙する


 空にはふたつの月が煌々と輝いていた。おかげで、もうすっかり夜半というのに、地上は暗闇とはほど遠かった。


 とはいえ、明るい、といえるほどではない。


 大いなる平原。ほんの十数年前までは不毛地帯となっていた大平原。その広さは、小国であればすっぽりと収まるほどの広さだ。


 もっとも、この地が不毛となる原因となった神々の戦の傷痕が、この地に人は元より、あらゆる獣、草木すら立ち入ることを拒んでいたが。


 いまでもこの平原の中央には、女神の亡骸が転がっていると云われている。


 そんな不毛の地も、ついに神の力の残滓が薄れたのか、草が生い茂るようになった。外縁部には低木も生えてはいたが、いずれも1、2年で枯れてしまっている。


 そんないまも人の寄り付かぬ場所で、ちろちろと火が焚かれていた。近くの枯れかけの低木には馬が繋がれている。


 すっかり枯れた低木の枝を乱暴にへし折り、薪とした焚火でソレはハムと蕪を茹でていた。

 ぶつ切りにしたハムと乱雑に切り分けた蕪だけで、さした味付けはしていない。


 これを美味いと感じたことはない。だがソレにとってそれは二の次のことだ。理由はソレ自身にもわからない。だが、食事に関しては、絶対に蕪を外すことはできない。そして付け合わせの肉も。もっとも、肉に関してはなんでもよかった。


 十二分に火が通り、すっかりトロトロになった蕪にフォークを突き刺し、口に運ぶ。


 檻の中にいた頃には生煮えの蕪ばかりを食べていた。それとくらべたらなんと美味なことか。


 ふと、気配を感じ、ソレは視線を椀からそちらに向けた。


 いつの間にか、馬を繋いでいた場所に青年と少女が立っていた。馬は枯れかけた低木から解放されていた。

 ふたりの向こうを、別の馬と、得体の知れない生き物と共に歩いている。


「こんばんは、ノエリアさん」


 少女が声をかけてきた。


「……こんな時間にどうされました? 使徒様」


 務めて平静を装って答える。ソレはもう気付いていた。使徒が、自分を追って来たと。


 まさかこうも早く追跡して来るとは。いったいどのようにして成したのか?


 あの暗殺者でさえも、これだけの早さで見つけ出してくることはできないだろう。

 あの暗殺者が熱病にさえ罹っていなければと、つくづく思う。そうであれば、ここまで“実験”するたびに肉体を乗り換えることにはならなかっただろうに。


「エレンが殺されたの」


 マリアマリアが云った。ソレは黙ったままだ。バルトロメは眉をひそめた。


「ふむ。表情は変わらないか。驚かないのね」

「驚いていますよ。驚き過ぎて……。私が担当した子ですから」

「犯人はボルトンさん」


 ほんの少し、ソレの表情が緩む。


「――に思わせようとしたみたい。ボルトンさんの幽霊が、自分の遺体の場所を教えてくれたわ」

「……」

「それでね。事件後、みんなから話を聞いたのよ。で、出来なかったひとりが――」

「私、ですか」

「そう。でも髪の毛とか、痕跡はたくさん残ってたから、こうして簡単に追跡できたの」


 マリアマリアが歩き去る馬の方に視線を向けた。


「あれくらい離れたら大丈夫かな? さてと、あんたがなんであるのかは訊かない。多分、あんた自身も分からないだろうしね。

 あの“実験”の意味も訊かない。聞いたところで満たせるものは好奇心だけだからね。成すべきことにはまったくの不要なこと」

「つまり、私が犯人であると? 証拠もなしに随分と独善的では?」

「証言ならあるわよ。被害者であるボルトンの。残念だったわね。私、【使徒】なのよ。狂い堕ちていない死者となら、問題なく会話できるのよね。

 もし、ボルトンのあの状態を、エレンを殺した後に何らかの理由で衝動的に自殺したとするなら、不可能なことをしなくちゃいけないのよね。

 どうやって井戸に落ちた後に、あの重い井戸の蓋をしっかりと閉めたのかしらね? そもそもの話、なぜ? と疑問に思えることが大量に出てくるのよ。そんなものにこじつけ的な答えを捻りだすより、あなたが殺して証拠隠滅したと考える方が合理的だわ。

 なにせ最後にボルトンと会った人物であるし、なにより先にも言ったけれど、ボルトン本人の証言もあるしね。霊は嘘をつけない。少なくとも私たち相手には」


 マリアマリアが笑みを浮かべる。


「だから、実験はもうお仕舞い」


 マリアマリアの隣で、バルトロメがゆっくりと腰の剣を抜いた。彼がいつも佩いでいる東方騎馬民族が扱うシャムシールではなく、王国騎士団が正式採用している段平(ブロードソード)だ。


 焚火の側からソレは立ち上がった。そして後ろ腰に差していた銀のナイフを抜く。それは狩人カドマスが殺した暗殺者の持ち物。


「認めた、ということで構わないな」

「この女は理由もなしに【使徒】を嫌っていた。でもこれで、より一層嫌う理由ができた」


 バルトロメが動いた。


 リアの話を聞いてから、バルトロメは“ソレ”と相対した際の対処法をずっと考えていた。


 殺してはいけない。いや、死なせてはいけない。――ということ。


 こいつを捕えることは不可能であることは既に理解している。故に、始末するしかない。


 そしてそれを行えるのは【使徒】だけだ。


 ならば、その準備ができるまでの時間稼ぎが自身のすることだ、と、バルトロメは覚悟を決めている。


 なかなかに厄介な状況だな。だがまぁ、押さえつけられた状況で結果をだすことが“(こな)す”ってことだ。


 それに、幾つになっても格好つけるってのが男ってもんだろ。リア様に頼まれてるしなっ!


 右肩を前に突き出すように、一気にソレの間合いに踏み込む。


 まさかいきなり突撃して来ると思ってもいなかったソレは、対処に遅れた。これまでまともに戦闘ということをしたこがなかったことが、露骨に現れている。


 バルトロメが段平を振る。正し斬るのではなく、剣身の腹でぶっ叩く。


 右頬のやや下側に剣で叩かれ、後方へ逃れようとしていたそれはきりもむ様に回転しながら跳んだ。


 派手にバランスを崩しながらも転倒せず、ソレはなんとか体勢を立て直して、ナイフを構えた。その刃渡りは20センチほどだろうか。


 歯を食いしばろうとして、ソレは異常に気がついた。


 歯を食いしばることができない。下あごが骨折、いや、砕かれている。


 それは目をそばめるようにしてバルトロメを睨んだ。


 その様子に、バルトロメは息をひとつついた。これで目的はひとつ達成した。顎を砕いた感触を、バルトロメはしっかりと感じていた。これで、ヤツは舌を噛み切って自殺することはできない。


 あとは、あの手のナイフで自殺することを防ぐだけだ。


 ヤツは乗り移った体を殺すことで、次の体へと移動する。だが、現状ではまだ今の体に固執するはずだ。


 そう、バルトロメは踏んでいた。


 【使徒】へ乗り移るのはソレにとってリスクが高すぎる。【使徒】は神の神罰執行代行者だ。嘘でも冗談でもなく、神々とつながりがある以上、乗り移りなどしたらたちどころに露見するだろう。それどころか即座に神罰が落ちるはずだ。

 だがそもそもの話、乗り移れるかどうかすらも怪しいに違いない。


 そしてバルトロメ。一地方の治安維持隊の隊長などをしているが、立派な爵位持ちだ。であるならば、自由に活動できるかと云うとそうもいかない。貴族としての義務と云うものがあるのだ。

 なによりバルトロメは東方人の血が入っているため、その褐色の肌はあまりにも目立つ。それはソレの望むところではない。


 とはいえ、自身がバルトロメを殺すことが不可能であると判断したならば、躊躇なく自殺するはずだ。バルトロメの体を奪うために。


 やれやれ、地味に難易度が高いな。勝てそうだと思わせつつも、自殺をさせないように立ち回らないといけない。もちろん、マリアマリア様の儀式の邪魔をさせてはならない。


 出来ることなら両腕を切り落としてしまいたいところだ。そうすれば、どうあがいても自殺などできはしないだろう。


 距離を取り、体勢を立て直したソレはナイフを構えた。堂に入った構え。素人のものではない。そして顎の負傷の回復を後回しにする判断。


 また厄介だな。余程の手練れの技量を奪っているようだ。とはいえ戦士や剣士ではないな。もっとも、治療士として生きてきた人間の体じゃ十全に発揮できないだろうが……。


 相手の技量を測り切れない。殺す訳には行かない。そしてもちろん殺されるわけにもいかない。

 最悪は自殺されること。本来なら【憑依避け】の呪いを施して事に当たるべきであるのだが、とある理由からそれを施してはいない。


 ソレに自殺され、バルトロメが憑依されようものなら、マリアマリアは容易く殺されることだろう。彼女は不死者には滅法強いが、人にはからっきし弱いのだ。




 ソレはナイフを構え、バルトロメを見据えていた。痛みは消した。噛み締める感触がない。顎が砕けたとソレは理解した。


 治癒魔法は仕える。この“ノエリア”が学んできたことだ。これにより、今後は怪我はもとより、病に侵されてもどうにかできるだろう。


 これまでのように、怪我によって体を乗り換える必要はなくなるといえる。


 そういった意味で、ノエリアとなったソレは現状をよくとらえていた。なにより、ノエリアは知名度のない人物だ。どこにでも紛れて生きていくことができる。


 とはいえ、今回行った殺人事件に関わった人物でもある。だからこそ、魔法大国であるファラン王国へと行き、適当なそれなりに優秀そうな魔法使いに乗り移るつもりであった。


 だがそれをするには、目立つ存在であっては問題でしかない。【使徒】であるマリアマリアはもちろん、目の前のバルトロメもだ。男爵とはいえ、他国の爵位持ちがフラフラとしているというのは目立ってしかたがない、なにより東方人らしい褐色の肌は目につき過ぎる。


 最悪は馬に憑依してもいい。だがその場合、自身の知性がどうなるか不明であるため、できることならやりたくはない。


 だからこそ、ソレはここでこのふたりを始末しなくてはならないのだと、決意していた。


 その時、不自然な風が吹き抜けた。


 いや、風であったのだろうか? 


 その直後、周囲が一変した。月による青白い灯りが昼間のように変化した。それどころか、空が夕焼け空のように茜色に染まっている。


 ふたつの月がどこにもみえない。


「使徒様の秘術だ。世界は区切られた。これでお前は逃げられない」


 そういってバルトロメはソレに向かって一気に距離を詰めた。




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