第7話「残骸の上の女王(第1部完結)」
生放送が終了した直後のスタジオは、
墓場のように静まり返っていた。
機材を撤収する
スタッフたちの手元は狂い、
誰一人として
神田葵と三浦由香の二人に
視線を合わせようとしない。
100万人以上の人間が
リアルタイムで目撃したのは、
正義の告発などではない。
二人の女が
互いの魂を食いちぎり合う、
醜くも苛烈な共食いの儀式だった。
「……終わったわね。」
葵は席を立ち、
着ていたジャケットの埃を払った。
スマホの画面には、
すでに警察からの任意同行の要請と、
銀行口座の差し押さえ通知、
そしてネット上に溢れかえる
「神田葵逮捕」のニュース速報が
並んでいる。
社会的死。
完全なる失脚。
15年かけて築き上げた
「神田葵」という巨大な城は、
跡形もなく崩れ去った。
葵はゆっくりと、
未だ仮面をつけたまま
微動だにしない由香へ近づいた。
「どうしたの、由香ちゃん?
念願叶って
私を地獄に叩き落としたのよ。
仮面を外して、
勝利の笑みでも浮かべたら?」
由香はゆっくりと立ち上がった。
その手は、小さく震えている。
「……私は、勝ったのよ。」
由香の声は、かすれていた。
「あなたから全てを奪った。
お金も、立場も、信者も、未来も。
……あなたはもう、二度と
社会の表舞台で
『悲劇の聖女』なんて名乗れない。」
「ええ、そうね。完璧な敗北だわ。」
葵はあっけらかんと言い放ち、
由香の顔に手を伸ばした。
由香はビクッと身体を強ばらせたが、
葵の指先は
静かにその黒い仮面を引っ掛け、
ゆっくりと取り去った。
現れたのは、
酷く蒼白で、
虚無に満ちた30代の女の顔だった。
目元には深いクマが刻まれ、
唇は乾ききっている。
そこには
「勝者」の晴れやかさなど
微塵もなかった。
「……なによ、その顔。」
葵は心底おかしそうに目を細めた。
「私を潰すために15年を捧げて、
手に入れたのは
その『空っぽの勝利』?
私を失った今、
あなたの明日には何が残っているの?」
「黙って……!」
「あなたはね、
私を殺すために
自分の人生を全部ドブに捨てたのよ。
復讐を果たした復讐者に、
次のページなんて無いの。……
あなたは今日から、
ただの
『過去に囚われた哀れな元・被害者』に
戻るだけ。」
葵は由香の耳元に顔を近づけ、
悪魔のような甘い声で囁いた。
「でも、感謝してあげる。……
あなたのおかげで、私は
『被害者』という
退屈な役柄から解放されたわ。」
「……え?」
「見てみなさいよ、この状況を。」
葵はスタジオの大型モニターを指さした。
そこには、
逮捕間近とされる自分を叩き、
罵倒し、
狂喜乱舞する
無数のネットユーザーたちの
書き込みが奔流となって
流れていた。
「世間は今、
私という
『最高の悪魔』を手に入れて
興奮している。……
ねえ、由香ちゃん。
悲劇のヒロインなんて、
世間には星の数ほどいるの。
でもね、
世界中から憎まれ、
恐れられ、
それでも言葉ひとつで人々を狂わせる
『最高の悪女』は、私一人なのよ。」
葵の瞳に、宿っていた
狂気の炎が苛烈に燃え盛る。
「あなたは
私を破壊したつもりでしょうけど、
私はね……
あなたという最高の演出家を使って、
自分のブランドを
『聖女』から『無敵の悪女』へと
バージョンアップさせたの。」
「あなた……狂ってる……!」
由香の口から、掠れた悲鳴が漏れた。
自分は
15年間の憎悪を燃やし尽くして
葵を殺したはずだった。
それなのに、
葵はその死体の上に立ち、
新しい「悪の王冠」を戴いて笑っている。
サイレンの音が、ビルの下に響き渡った。
赤色灯の光が、
ガラス窓を通じて
スタジオの壁を赤く染め上げていく。
警察の捜査員たちが、
スタジオの重い扉を開けて
踏み込んできた。
「神田葵だな? 任意同行を願いたい。」
葵は一切の動揺を見せず、
ゆっくりと両手を前に差し出した。
手錠がかけられる金属音が、静寂に響く。
葵は連行される間際、
立ち尽くす由香の横を通り過ぎるとき、
彼女の首筋にそっと息を吹きかけた。
「じゃあね、
私の可愛いプロデューサー。……
また会いましょう。」
由香は
崩れ落ちるようにその場に膝をついた。
葵の手首にかけられた手錠は、
まるで
彼女に贈られた
新しいアクセサリーのように、
赤色灯の下で美しく輝いていた。
社会的地位を失い、
犯罪者となった神田葵。
しかし、
警察車両に乗り込む直前、
集まった群衆と
報道陣のフラッシュの中で、
彼女が見せた「狂おしいほどの笑み」は、
翌朝のすべての紙面を飾ることになる。
『悪魔の誕生』——と。
共感で狂った世界に打ち立てられた、
ひとつの残酷な金字塔。
神田葵の「被害者ビジネス」は崩壊し、
ここに完全な終幕を迎えた。
だが、
彼女の「人の心を破壊する技術」は、
より深く、
より巨大な現代社会の暗部——
へと侵食を開始する。
読んでくださりました方々に篤くお礼申し上げます。
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【第1部:SNS・インフルエンサー編】は
完全な終幕を迎えました。
【第2部:メディア・精神医療編】を
準備が整い次第再開します。




