第68話【完結】
私は微笑して答える。
「わかりました。そろそろお話を切り上げます。……それにしてもハンスさん。今さらですけど、安全なオルスタイン公爵領に来るのに、護衛なんて必要ないのに」
「そうもいきませんよ。平和な地域でも、どこかから野盗が流れてくることもあります。そういう万が一の事態に備えるのが近衛の務めですから」
その実直な言葉に、ブライスが大きく頷いた。
「その通りだね。ハンス、きみのように優秀で誠実な戦士がクリスタの近衛になってくれて、本当に頼もしいよ。これからもクリスタのことを守ってほしい」
「公爵様、私にはそれほど特別なことはできませんよ。一ヶ月前も、あなたが来てくれなければすべてが終わっていた。あの怪物じみたラスールを、射貫くような視線で黙らせたと聞きます、実際にこの目で、その場面を見てみたかったですよ。英雄が怪物退治をする瞬間なんて、そうそう出会えるもんじゃありませんからね」
「い、いや、僕はそんな大したものでは……」
「その英雄が、普段はこんなに優しく、奥ゆかしい。見事な男ぶりです。……これは、とてもかなわないな」
「かなわない? なんのことだい?」
「いえ、こちらの話です。それではクリスタお嬢様。お話はあと10分ほどでお願いします。私は外でお待ちしておりますので」
「ええ。わかったわ」
そしてハンスは、丁寧にお辞儀をしてドアを閉めた。……あと10分か。ブライスとの時間は、いつもあっという間に過ぎてしまう。以前と違い、いつでも会えるとわかっていても、別れの瞬間はどうしても寂しい。
そんな寂しい私に、ブライスは少しだけ改まって声をかける。
「……クリスタ。前にも話したけど、僕との婚約の話、考えてくれたかい?」
「えっと……それなんですけど、私、もう誰とも婚約する気はないんです。トラウマっていうほどでもないですけど、婚約騒動にはすっかり疲れちゃいました」
「えっ、でも、それじゃ……」
「ブライスさん、私はあなたのことを誰より愛してますし、あなたのことを、誰よりも知っています。……ちょっと生意気なことを言うなら、あなたも私を誰より愛してくれていますし、私のことを、誰よりも知ってくれていますよね?」
「もちろんだよ」
「なら、互いのことを知り合うための婚約期間なんて、あまり意味があることとは思えません。すぐに、結婚してしまいませんか? そうすれば、一緒のところに住めますし……」
超積極的な私の申し出に、ブライスは一瞬驚いたようだが、すぐに頷いてくれた。
「そうか……そうだね。よし、じゃあ早速話を進めていこう。ところでクリスタ。これから夫婦になるなら、そろそろ敬語と『さん』づけはやめてくれないかな? 実は、ずっと気になっていたんだ」
「そうなんですか? なら、言ってくれればよかったのに」
「相手に言葉遣いと呼び方を強制するのは、不躾な気がしてね。今だって、きみが嫌なら今まで通りでも構わないよ」
「いいえ、いやじゃありません。……いえ、いやじゃないわ。ブライス。私も、本当は貴族のお堅い所作なんて忘れて、もっと気安くあなたに接したかったから」
「厩舎の娘みたいに?」
「そういうこと」
そして私たちは口づけした。約束の10分をほんの少しだけ過ぎてしまったが、気の利くハンスはわざわざ急かしになどこない。私たちは、二人だけの幸福な時間を過ごし、これからの未来に希望を馳せた。
先程ブライスが言っていた通り、良き人との出会いは、人生で最高の宝だ。最高の夫に巡り合えた幸運を体いっぱいで享受し、叶うならばずっとこのままでいたいが、本日やらなければならないことは、まだまだ山積みである。ひとまず愛をお休みし、私は自分に発破をかけるよう、元気に言った。
「さあ、一日はまだまだこれから。今日も頑張らなきゃね」
終わり。




