第62話
「うぅ……ううぅ……っ!」
キャロルはべそをかきながら、いまだに無意味な引き金を引き続けている。そんなことをやっている暇があったら、自慢の運動神経で走って逃げればいいのに、キャロルの精神は一度執着した『銃を撃つ』という行為から離れることができないらしい。もはや、いったい何のためにこの草原までやって来たのかも忘れているのだろう。
「キャロル、もうやめなさい」
私はキャロルから短銃を取り上げる。予想していたほど抵抗はされなかった。キャロル自身も、もうこの短銃には何の意味もないことを、心の奥底で理解しているのかもしれない。
武器を失ったキャロルは思考をリセットし、キョロキョロと周囲を見渡す。きっと逃げるルートを模索しているに違いない。私はため息を漏らしながら問いかける。
「ねえ、これ以上逃げて何の意味があるの?」
その問いが癇に障ったのか、キャロルは今の今まで逃げようとしていたことを一瞬で忘れ、私に食って掛かった。
「あんた馬鹿じゃないの!? 逃げなきゃ私も捕まっちゃうでしょうがっ!?」
「そうね。でも、逃げてどこに行くの?」
「どこって……知らないわよそんなの! とにかく、ここじゃないどこかよ!」
「その『ここじゃないどこか』で、どうやって生きていくの? 住むところは? 食べるものは? もうお世話をしてくれる人もいないのよ」
「うっ……」
「仮にこの場を切り抜け、奇跡のようなことが起こって、どこかの町で生活の基盤を築くことができたとしても、指名手配され、ずっと追手に怯える生活よ。そんな地獄に耐えられると思う? これ以上逃げるというのは、そういうことなの」
「う……う……うぅっ……!」
普通の人なら当然想像がつくことを説明してあげると、目の前のことしか考えられないキャロルでもやっと、逃げた先で自分を待ち受ける運命が理解できたらしく、逃亡する気をなくしたようだ。完全に棒立ちになり、雲一つない青空を見上げる。
そしてキャロルは号泣した。
「うわぁ~ん! ああぁぁぁ~っ! 酷いわ、クリスタ! どうしてそんなに私をいじめるの? どうしてよ? こんなの、酷すぎるわ! わああぁぁぁぁ……!」
この子に関しては、もう呆れるのにも慣れてしまった。ここまでのことをしておきながら、彼女の中では自分こそが悲劇のヒロインであり、私が恐るべきいじめっ子になってしまっているらしい。
たぶんこれまでも、追い詰められてどうしようもならなくなったときは、こうして泣いて喚いたんでしょうね。そうすれば、お兄様とお父様が守ってくれるから。すべての敵を、排除してくれるから。
そして、本当にあらゆるトラブルがなんとかなってきたのだろう。その成功体験通りの行動を、キャロルは今も繰り返しているんだわ。大いなる庇護者の手に生暖かく包まれてきた彼女は、『やりすぎたかもしれない』『自分が悪かったかもしれない』と反省し、人として成長するチャンスを一度も与えられなかったのね。




