第20話
「キャロル、あなた……」
怒りを持ってキャロルに向き直った私。
その足元に、何かが飛んできた。
ついさっきまでキャロルが持っていた水差しだ。
それが乾いた音を立てて砕け散る。
破片が顔まで飛んできそうな勢いだった。反射的に腕で顔を庇ったので、なんとか傷がつかずにすみ、ひとまずホッとする。それから冷静になり、私はゾッとした。
水差しを投げたのはキャロルではない。エリックがキャロルから水差しをひったくるようにして、私に投げつけたのだ。その投擲の遠慮のなさは、たとえ目測を誤って水差しが私に激突し、怪我をさせたとしても別に構わないと思っていることを如実に表していた。
しかもエリックは、顔に憤怒の相を浮かべてはおらず、例の粘着質な微笑をたたえたままである。激昂もせず、冷静に暴力的なことができる彼に対し、私は言いようのない恐怖とおぞましさを感じた。
エリックは、ニチャニチャと笑っている口を、ニチャリと開いて言う。
「おっと、手が滑ってしまった。悪かったな、クリスタ。うん、綺麗な顔に傷がつかなくて良かったよ。でも、お前が悪いんだぞ。今にもキャロルに飛びかかりそうな顔をしていたからな。まあ、本当にキャロルに飛びかかろうものなら、この程度では済まさないが」
「うふふ、さすがお兄様。頼もしいわ」
そう言ってエリックの腕に自分の腕を絡ませるキャロル。
私にはもはや、この二人が人間ではなく、怪物か何かに見えていた。しかし、ここで怯んで逃げ帰ってしまっては、何のためにここまでやって来たのか分からない。私は萎えそうになる気持ちを勇気で奮い立たせ、言うべきことを言った。
「エリック、あなたのお父様に会えないというのなら、あなたでもいいわ。この前おこなわれた地方領主たちの会議で、あなたのお父様は私のお父様を公然と侮辱し、国王陛下からフォーリー家に与えられた軍馬調練の任が解かれるように仕向けたの。これは不当で、貴族としての誇りと道理に外れた行為だわ」
口に出すうちに、血を吐かんばかりに悶えていたお父様のことを思いだし、私自身も悔しさで涙がこぼれそうになる。でも、この二人の前で泣くなんて情けないことはできない。私は必死に、決壊しそうになる自分の感情と戦っていた。
エリックはそんな私を眺め、つまらなそうに言う。
「へえ、そうなのか」
キャロルもそれに続き、陰湿な鳴き声で囀る。
「まったく、ぐちぐちぐちぐちと回りくどいわねぇ。で、結局どうしてほしいのよ? 何かお願いがあって来たんでしょお?」
悔しい。
こんな二人にこれ以上言って何になるのか。
誠意もモラルもない相手に誇りと道理を語って何になるのか。
何にもならないだろう。
でも私は、最後まで言うことにした。
ここで黙ってしまったら、勇気と誇りすら奪われる気がして。




