第三章:やる気マックス、品性ゼロ
数日後。
大聖堂の最深部にある、かつては冷え切った石畳だった『聖女の祈祷室』は、劇的な変貌を遂げていた。
「ヒャッハー! 最高! 最高すぎるよ大教会! 見直したわクソじじいども!」
そこには、最新型の超高画質魔導モニターを三画面並べ、特注のゲーミング座椅子に深く腰掛けたリリアーナの姿があった。
部屋には最高級の床暖房とエアコンが完備され、防音魔導壁のおかげで、どれだけ大声で叫んでも外には聞こえない。
「リリアーナ様、本日発売の新作オープンワールドRPG『モンスター・バスター・オンライン』の限定版です。エルト様が実家の流通網を使って、発売日の朝一に確保してくださいました」
ゲルダが真顔で、ピカピカのパッケージを恭しく差し出す。彼女自身も、仕立ての良い高級な侍女服に身を包み、心なしか肌のツヤが良くなっていた。
「ゲルダ、マジ有能! あ、あとでギルドのレイドバトル手伝ってね!」
「御意。私も給与が三倍になり、週休二日となりましたので、休日は全力でお供いたします。盾職はお任せください」
そこへ、コンコンと重厚な扉を叩く音がして、エルトが入ってきた。
「失礼いたします。リリアーナ様、体調はいかがでしょうか」
「あ、エルト! いや、エルト様! マジで命の恩人! 見てよこれ、結界の出力、今一二〇パーセントだから! 私、モチベーションさえあれば、ゲームしながらでも足の指で祈れるから!」
リリアーナが手元のコントローラーを動かしながら、ドヤ顔で言った。
実際に、大聖堂から放たれる聖女の結界は、かつてないほど強固に国を覆っていた。辺境の魔物たちは、そのあまりの忌避効果に、近づくことすらできずに退散しているという。
「それは何よりでございます。あなたの『やる気』が回復したことで、世界の平和は保たれましたね」
エルトは真面目に頷いた。しかし、リリアーナの姿をじっと見つめ、少しだけ眉をひそめる。
「……ただ、一つだけ懸念があるのですが」
「ん? なに?」
「リリアーナ様。あなた様の『やる気』と『結界の出力』は過去最高を記録していらっしゃいますが、それに反比例して、『聖女としての品性』が完全に行方不明になっていらっしゃる」
リリアーナは、スナック菓子の粉がついた指をペロッと舐め、炭酸ジュースを豪快に喉に流し込んだ。ゲプッ、と小さく不作法な音を立てる。
「そんなもん、最初から持ってないっての。私は清廉潔白の聖女じゃなくて、ただの廃ゲーマー聖女だからね」
「なるほど。品性は結界の維持に不要、というわけですか。合理的ですね」
エルトは納得したように、ぽんと手を叩いた。
「では、今後のスケジュールですが、明日は完全休日(※注:ゲームの発売日)とし、明後日の午前中に二時間だけ、結界の定期出力を引き上げる『定例祈祷』をお願いいたします。その後は、我が実家のコンツェルンが主催する、ゲーム大会へのゲスト出演が組まれております」
「えっ、公式の大会に出られるの!? やったー! 私、無双しちゃうよ!?」
目を輝かせるリリアーナを見て、ゲルダがボソリと呟いた。
「エルト様、聖女を私物化して実家のプロモーションに使うあたり、なかなかの策士ですね」
「滅相もない。これはウィン・ウィンの関係を築くための、健全なスポンサーシップですよ」
真顔で答えるエルトの横で、リリアーナは新しいゲーム画面を起動し、満面の笑みを浮かべていた。
かつて世界を破滅に導きかけた聖女のストライキは、一人の生真面目に狂った騎士の介入により、誰も予想しなかった『ホワイトな結界維持システム』へと昇華した。
世界の平和は、聖女の自己犠牲ではなく、適切な報酬と、快適なゲーム環境によって守られている。
「よーし、今日も世界を救いつつ、全ステージカンスト目指すぞー!」
張り切った聖女の咆哮が、今日も聖女の祈祷室に響き渡るのだった。
世界観:
強力な魔物が跋扈する中、人間の生存領域を確保するため、神により、聖女に国を守る結界を作り出す力が与えられたとされる世界。
聖女の結界は、障壁というよりは、魔物への忌避効果が生じるでものあるので、辺境では結界の効果が薄くなり、魔物の出現率がUPする。
世界に漂う魔力を利用する魔導技術が発達し、文明は近代化している。
インフラは現代社会並みで、娯楽も発展しゲーム機的な魔道具もある。
しかしながら、魔物の脅威に対しては、聖女の結界に依存する歪な状態。
魔導技術が発展しているので、超頑張れば、聖女の結界がなくても人間の生存領域を維持できるが、魔物の討伐にコスト全振りなディストピア的管理社会が爆誕して、誰も幸せにならないやつ。
聖女の待遇が、本人のストライキを引き起こす程悪化したのは、ある意味聖女らしい聖女であった先代のせい。
先代聖女が自身の予算を削って、弱者救済に充てたため、先代聖女さまはご立派でしたからということで、当代にもその在り方が押し付けられた。
先代聖女の自己満足や組織の都合で、聖女への報酬や予算が削られたばっかりに、聖女業の持続性がお亡くなりになったパターン。
登場人物
エルト(主人公):
大教会から「行方不明の聖女」の捜索を命じられた生真面目な若き騎士。
生真面目故に、真顔でボケる。
神官長の弟の孫にあたるが、ちゃんと実力がある。
単独でも大概の魔物が狩れる戦闘巧者。
魔剣を扱う。
弓矢や銃器等の飛び道具もあるが、魔導式を刻める範囲が広いので、対魔物用武器については、剣や槍などの近接武器の方が威力が高い。
母方の実家は、国内有数の大企業で、実家が太いいいところのお坊ちゃん。
血縁の影響力や、実家の資産を武器に、大神殿の上層部に対する、聖女業の労働環境の改善交渉をめっちゃ頑張った。
リリアーナ(聖女):
世界を守る結界を張るため、私欲を捨てて祈り続ける「清廉潔白の象徴」……と国中から思われている少女。
孤児院に預けられていた孤児だったが、職員の親族であった亡き重度ゲーオタの諸々の遺品の寄付により、ゲームにドハマり→限界オタク・廃ゲーマーと化す。
アクションゲームやRPG、育成ゲームを特に好むが、人生ゲームも嗜んでいたため、聖女業の労働環境のおかしさにすぐに気づいた。
先代聖女の崩御により聖女の力を引き継いだばかりに、清廉潔白な聖女像を押し付けられる。
給料はない、休みもない、食事は質素を通り越して味気ない、と言う環境に早々に音をあげ、ゲーム、ゲームがしたい……とうわ言を呟き続けるまで追い込まれた。
自称できる侍女ゲルダの手引きで、大神殿から逃走。人死が出ない程度に結界の効果を弱めて、ストライキを決行した。
彼女を探しにきたエルトのおかげで、聖女業の労働環境が改善されたため、『やる気』はなんとか回復。なお、『品性』は行方不明。
ゲルダ(侍女):
リリアーナの護衛兼侍女。
常に真顔ながらもオンとオフが激しめの、自称、『できる侍女』。
リリアーナが追い込まれていることに気づくなり、大教会からの戦略的撤退を決め、実行したほんとにできる侍女。
大教会の上層部は、先代聖女が大好きすぎて思考停止していたが、ゲルダは、万が一リリアーナが壊れた際に何が起こるか予測できていた。
国中に魔物が溢れかえらなかったのは、このひとのおかげ。
先代聖女のとばっちりで、聖女付き侍女の給料も不当に減らされていたので、先代聖女コノヤローとか思っている。
資産運用していたので、ゲルダの生活費は確保できていたが、聖女付き侍女の給料の低さのせいで、ゲルダの前任達の定着率はとっても悪かった。
エルトの交渉のおかげで、ゲルダの給料もちゃんと上がりました。




