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天峰国物語〜混じりの仔と蔑まれた私が次期女王候補になるまで〜  作者: 音下 希乃


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10/10

一枝 一葉 十節 緑髪の女性

 桜様の「二週待ってほしい」という言葉から一週が過ぎた。その間、私は普段通りの生活を心がけていた。


 ――桜様は「なんとかする」とは言っていたけれど、実際どうするのでしょう?


 膂力の巫術の書を捲りながら、私は私室で思考を巡らせる。この一週も書を細かく調べてみたが何の成果も得られていない。そのせいか、思考がするりと横滑りしてしまう。


 ――一番はどの時間にここを出るかですね。


 朝の拝殿は朝議に参加する役人であったり、食材や布、その他の商品を納入しにきた商人であったりと出入りが多い。その人混みに紛れて出て行くのも一つの手ではあるけれど、当然人の目も多くなり見つかりやすい。

 桜様がかぶっている帽子のような巫具がもう一つあれば多少はごまかせるだろうけど、と、視界の片隅に垂れ下がった香色の髪を耳にかけながら一つため息をつく。


 ――さすがにこの髪色は目立ち過ぎますしね……。


 天峰国の人々に多く見られる髪色は黒、紺、茶、緑と決まっていて、色が深ければ深いほど、暗ければ暗いほど良いとされている。その基準のどちらにも当てはまらないこの髪をどう隠すのか。これが課題その一だ。


 ――人目を避けるなら昼なんでしょうけど、私の不在を萩太郎が知ったら大声でわめき立てるでしょうし……。


 書庫殿にはちっとも来ないくせに、修練の時にだけは毎日欠かさず私室に突入してくる。付き人としてどうなのかと思わなくはないけれど、あの目や言動に一日中煩わされるのも嫌なので黙っている。


 ――あの日以降、萩太郎の態度は目に余る者になってますしね……。


 萩太郎を下したその日以降、彼の私に対する敵愾心は最高潮のままだった。次の日は「たまたまだろ」と軽口をたたいてはいたけれど、私が彼渾身の巫術を再び躱すと目に侮りが消え、代わりに憎悪と見まがうほどの闘争心をむき出しに迫ってくるようになっている。ふわりと微かに舞う青藍の光が見えていなければ、きっと私は五体満足で神託の儀を受ける事はできなかっただろう。


 ――この目の力に慣れてきたということでしょうか?


 そっと目の下に手を当てる。指先からは私の体温しか感じないけれど、そのぬくもりにほっとする。

 目と言えば、最初に萩太郎と戦った日以降、時の進みが遅くなることはなかった。巫術の光は変わらず見えているので、あれはやはりこの目とは関係のない何かが原因だと思うけれど、それを突き止めるには情報が少なすぎた。


「父様の親書待ちですかね……」


 アルメリア国へ親書を送ったのは三日前。国を通じての正式な親書ということで出すだけでかなり時間がかかってしまった。その分、出すまでの間で判明した事はすべて書いて送ることができたけれど、同じく親書として帰って来るのであればまだまだ返事が帰ってくることはない。


 ――神託の儀に間に合えば御の字、くらいですね。


 ならば、と意識を書に戻して開いたままだった頁に視線を落とす。

「少しでもこの目を使いこなせるように、今は情報を探すのが私の仕事、ですね」

 たとえ梨の礫だったとしてもここで止まる訳にはいかない。

 神託の儀まであと三週。

 今は少しの時間も惜しかった。


「……失礼いたします」


 書に集中してどれくらいの時間が経っただろう。私しかいない私室に、凜とした女性の声が水面に水滴を垂らしたように静かに広がった。

 はっとして扉の方を振り返る。そこには、女中服を着た私より少しだけ年上の女の人が立っていた。

 すらりと伸びた背に均等のとれた長い手足。豊かな濃い緑の髪を編み降ろして右肩に垂らし、伏し目がちな目は枠が細い眼鏡で覆われていて視線が読めない。それでも、佇まいに一切の隙はなくて、しっかり修練を積んでいるということが分かった。

 ただ、この人の事を私は一度も見たことがない。


 ――でも、この人の立ち振る舞いからしておそらく……。


 蘇るのは桜様が強調して言った、一番には、という言葉。

 私が頭の中で女の人の正体を考えていると、その女の人はどこを見ているか分からない目で私の顔を捉えた。

 顔はこちらを見ているのに一向に視線が交わらないことに違和感を覚える。


 ――私の目を見たくないのでしょうか?


 その疑問を口に出す前に、目の前の女の人が口を開いた。


「天峰菜乃華様でお間違えないでしょうか?」

「はい。あの、桜様の侍女の方でお間違いないでしょうか?」


 出したままだったのに片付けられていた衣紋掛け。

 それを片付けてくれたのはきっとこの人だ。


「はい。申し遅れました。私、桜様の侍女を務めております、蘭と申します」


 失礼ながら、桜様から真名を名乗ることは許されませんでしたので、一文字だけ告げさせていただきます。

 そう言って女の人……蘭様は深く頭を垂れたのだった。



 ****


「では、本日は修練には出るなということですか?」

「そのように仰せつかっております」


 書庫殿の私室から蝋梅の庵に場所を移して、私と蘭様は向かい合って座っている。当然のように私を上座に座らせて茶器の準備を始めた蘭様に、庵の主である私はまた何もできなかった。

 ふわりと濃い緑の光が手足から舞っていたので、強化の巫術を使って急いで準備してくれたんだろう、そこまでして準備をしてくれている相手から仕事を奪うことは私にはできなかった。


 ――おそらく、あの日も蘭様がこうやって準備をしてくださったのでしょうね。


 衣紋掛けに掛けたままだった私の袿は、次の日に綺麗にたたまれて庵の片隅にそっと置いてあった。丁寧に桜の香が焚かれてあって、思わず桜様に触られた頬を思い出し熱くなったのはご愛敬だ。


 ――見られたのが女性で良かったです……。


 これで桜様の付き人が男性であったら私の外聞が大変なことになっていた。

 茶器に手を伸ばしてお茶を一口もらう。茶葉は同じ森半の物であるはずなのに、何故かいつもより優しい味がする。

 この味が蘭様の人となりを表しているような気がした。


「桜様の言伝は理解しました。ですが、私が居なければ萩太郎が騒ぎ立てると思うのですが……」

「それも桜様から『僕が足止めをするから気にしないで』と言付けられています」

「桜様が?」

「えぇ。……あいつは、都合の良いときだけ菜乃華様の付き人であることを利用しているのでちょうど良いと思います」


 桜様にお灸を据えてもらいましょう?と蘭様は殊更艶やかに笑った。

 どうやら、萩太郎は蘭様にも嫌われているらしい。さもありなん、とはこのことだろう。


 ――あれだけ傍若無人に振る舞ってますものね。


 困ったこと、と頬に手を添えて小首を傾げつつ、私は蘭様に尋ねた。


「では、この時間私は一体何をすれば良いのでしょうか?」


 桜様がわざわざ蘭様を私の元へ送り、さらに自分という囮を使ってまで捻出したこの時間。


 ――とても大事で重要な事に違いありません。


 桜様からのお願い、必ずやり遂げて見せます!と意気込んで蘭様をじっと見つめた。

 そんな私を見て、蘭様は視線を空に漂わせながらくすりと笑う。


「では、その身を私めに預けてください」

「……はい?」


 言われた意味が分からなくて、さらにこてりと首を傾げる。

 蘭様は、より笑みを浮かべて歌うようにのたまった。


「その後衣装では目立ちすぎます。街へ降りられるよう、私が手を尽くしましょう」


 では、始めますよ、と笑う蘭様はそれはそれはとても楽しそうだった。

無事10話まで投稿することができました。

ここまで読んでくださった読者様のおかげです。本当にありがとうございます。

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