一枝 一葉 一節 菜乃華
初投稿になります。長く楽しんでもらえる作品になるよう、頑張ります。
一本の大樹の下。
二人の少女は楽しそうに手を取り合って、ただ笑っていた。
笑っていたのだ。
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早朝。新年を迎えもうすぐ三月目になろうとする、まだ寒さが居座っている今日この日。
日が昇ったばかりで周囲もほの暗い中。
私は息を切らしながら山道を登っていた。
「はぁ……はぁ……」
ある程度は整備されていると言っても、道の上には大きめの小石がごろごろしていて、歩く度に靴の底から私の足の裏を刺激する。さらに、明け方の冷え切った空気は寝間着の上から羽織った菜の花色の打ち掛けを軽々と貫通してきた。
息をする度に木々から漏れる清らかな空気が私の肺を満たすけれど、同時に冷たい空気が私の肺を鋭く刺してくる。 それでも、私は、行かなきゃいけない。
「っ、ついた……」
拝殿を出てから十分。たどり着いた本殿の向こう、ご神木である白銀杉が見える。私が見上げてもてっぺんが見えないくらい大きな白銀杉は、初めて見たときからずっとほのかに白く輝き、根元の洞からはぐるぐると獣のうねり声のような空洞音がずっと響いている。最初にこの音を聞いたときは思わず父様に抱きついてしまったけれど、今の私にはその声を怖がる余裕なんて無かった。
本殿の直前一歩手前まで近づいて、私はその場に跪いた。そして、両手を胸の前で強く組んで目を瞑って全力で祈る。
「山神様、山神様、お願いします……」
七歳からずっと、繰り返している祈り。
今まで聞き届けられたことはないけれど、今日こそはきっと。
「私に、あなた様の巫術をお授けください…!」
ざぁざぁと風が周囲の木々を揺らす音。
小鳥たちが朝日に気づいて羽ばたく音。
私の渾身の祈りは、いつものように周囲の音に紛れて消えた。
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天峰国。かつて、この国には様々な小国の集まりであったという。その小国の一つで、とある少女が神と出会った。
神は少女の献身にいたく感心し、自身の力の一部を授けることにした。
神が巫であった少女に授けた神術。
それを巫術と呼ぶ。
巫術は神の力の一部であり、人の身では到底起こすことのできない奇跡の力であった。
少女が祈るだけで、怪我は消え去り、雨が降り、食物が育つ。
山神様と出会った少女、初代巫女姫である陽葵様は瞬く間に奉りあげられ、女王として周囲の人々に崇められるようになった。
やがて陽葵様の元に人が集まり、邑が村となり、町となり広がっていく。
陽葵様一人では人々の困りごとに対応するのが難しくなってしまうほどに。
そこで、陽葵様は山神に自身に授けられた力を他者に分け与えてもいいか?と問いかけた。
慈悲深い山神はそれを許可し、女王となった陽葵様の子孫に力の譲渡を許した。
陽葵様が産んだ五人の子供達のうち、三人は山神様が住まうこの神織山の守護に。
残り二人は平地に住まう民達の統治を。
以後、女王陽葵様の血族は婚姻により勢力を拡大し、それぞれの子孫が五大主家と呼ばれる貴族となり、数多の小国を一つにまとめ、統治を成功させる。
これが、私の住む天峰国の成り立ちだ。
「菜乃華、またそれを読んでいるのかい?」
椅子に座っている私の頭上から、呆れたような声が落ちてくる。
本に没頭していた私は、ぱっと顔を上げてその声に振り返った。
「父様!お帰りなさい!」
拝殿の東側、書庫殿と名付けられた建物の一室。ここには天峰国で発行された図書のすべてが治められている。
早朝の山神様参りを終わらせた私は、手早く寝間着から着替えて自分の住居でもある書庫殿に戻り日課の図書整理に励んでいた。つい、手元にあった図書に目を奪われてしまったのはご愛敬だ。
「ただいま、菜乃華。菜乃華は本当に初代様の話が好きだね」
「……うん、好きよ」
本当のことは言えないから、私は父様の言葉に大きく頷いた。
父様である天峰柊哉は、現女王である天峰白梅様の甥に当たる。父様の父様、私にとってのお祖父様が白梅様とご兄弟であったらしい。
そんな父様には強い巫術はないけれど、軽く風を起こすことができる。「雨に濡れた図書を乾かすのにちょうどいいんだ」と言うのは父様の言だ。
「そっか。……菜乃華は初代様みたいになりたい?」
「……ううん、お話が好きなだけよ?」
父様のその問いかけは、私が何故初代様の話を必死になってを読んでいるのか、分かっているんだろう。
それでも、父様の問いかけに正直に答えることはできない。しちゃいけない。
父様の瞳は深い森の色である新緑色だ。その目を悲しそうに歪ませてそんなことを聞いてくるから、私はそんなことないよ、と答えるしかできない。
「でも、今日も白銀杉にお参りに行っていたんだろう?……ごめんね」
「謝らないで、父様」
とっさに返した言葉がとても冷たく響いて、私自身も驚く。
まるで、父様を恨んでいるみたいに響いたその声を取り消すように慌てて声を上げた。
「私が巫術を持っていないのは父様のせいじゃないわ。もちろん、母様のせいでもない。でも、口さがない人は何を言っても無駄でしょう?だから、少しでも付け入る隙ができないように、お参りをしてるだけなんです」
「菜乃華……」
「大丈夫よ……だから、神託の儀までは見守ってもらえませんか?」
小首を傾げて苦しそうな顔をしている父様にへらりと笑う。
きっと父様には私の強がりなんてお見通しなんだろう。
それでも、私の唯一の家族である父様には悲しんでほしくないから。
私は顔が引きつるのを承知で笑う。
その視界の片隅、私の前髪から緩く婉曲して垂れたくすんだ金色の髪……香色の髪が嫌でも目に付いた。




