第40章 まだ十一段ではない
国際柔道連盟からの封筒は、
講道館気付で、届いた。
差出人の英語表記が、長かった。
山田は、三回、読み直した。
館長も、二回、読み直した。
武志は、一回しか、読まなかった。
読んでも、あまり、分からなかったからだった。
封筒の宛名には、
こう、打たれていた。
To Mr. Takeshi Kurogane,
11th Dan (Provisional)
武志は、その一行を見て、
即座に、首を振った。
「……まだ、ちゃいます。」
山田は、うなずいた。
「私も、そう思います。」
館長も、うなずいた。
「存じています。」
老師だけが、少し、面白そうだった。
「仮で、十一段、言うとるな。」
武志は、封筒から、目を離さなかった。
「仮でも、まだ、ちゃいます。」
館長は、封を切った。
中身は、招待状だった。
観察および意見交換の、依頼。
場所は、パリ。
正式演武では、ない。
講演でも、ない。
ただ、見せてほしい、と、書かれていた。
それが、いちばん、困る文面だった。
武志は、しばらく、黙った。
それから、老師を見た。
「……どうします。」
老師は、肩を、すくめた。
「お前が、決めろ。」
「まだ、十一段じゃないです。」
「知っとる。」
「じゃあ、行ったら、あかん気がします。」
老師は、少し、考えた。
それから、静かに、言った。
「ほな、十一段に、ならんまま、行け。」
武志は、困った顔をした。
館長は、少しだけ、笑った。
山田は、自分の机の引き出しの中に、
何年も使っていない、パスポートが、
まだ、入っていることを、思い出した。
武志は、招待状を、もう一度、見た。
その下の、名札を見た。
非公式観察研究員。
黒金武志。
まだ、十一段では、なかった。
でも、もう、段位だけの人間でも、なかった。
彼は、ようやく、封筒を、手に取った。
「……とりあえず、コーヒー、買ってから、
考えても、いいですか。」
老師は、うなずいた。
「外れ、引くなよ。」
武志は、少しだけ、笑った。
「そこは、まだ、雑です。」




